第8話 最終話 地底湖ってロマンがあるよね

 俺は橘 尹尹コレタダトレジャーハンターだ。

 姉、尹尹コレチカの娘、姪の柚木 尹尹イチカと遺跡に来ている。

 なんやかんや空の宝物庫を見つけて、猫だか猿だかから逃げて、笑っちまうようなバカげた罠から逃げた先で、ただ今絶賛落下中だ。


 笑っちゃうくらい滑り落ちていく。

 穴の下には針の山でもあるのだろうか。

 せめてもの救いは穴が曲がりくねった斜面だったくらいか。

 下の状態次第だが、生き残れる可能性は0じゃない。


 ……かもしれない。

 ズボンが摩擦で焼き切れる、程のスピードも出ない緩やかな斜面。

 だからと言って止まれるほどでもない。

 結局は為す術無く滑り落ちるしかなかった。

 イチカの方は大丈夫だろうか。


 どれだけ滑り落ちたか、突如スポンっと穴から飛び出した。

「まじかよ……」

 衝撃に備えていたが、予想外な場所に放り出された。

 硬い岩壁も針の山も溶岩も、そこには何もなかった。

 そう、何もない空中へ放り出された。

 散々滑り落ちて来たが、穴を抜けてもさらに落下していく。

 飛べない俺は、為す術もなく落ちていく。


 ザボッと鈍い音と共に水に沈む。

 勢いよく水中へ沈んでいく。

 どうやら深く、水が溜まっていたようだ。

 運良く、水面に叩きつけられることなく、絶妙な角度で水面に当たり沈み込む。


 かなりな高さから落ちたと思うが、折れたり中身が出たりはしていない。

 多少の痛みはあるが、無事を確認して水面へ浮かび上がった。

 そこは巨大な地底湖のようだった。

 何がいるか分からない湖を岸まで泳ぐ。

 本当に運が良かった。

 少しズレていたら硬い岩に叩きつけられていたな。

 まぁ、水面でも死ねるような高さだったが。


 陸に上がって、あらためて周囲を見回す。

「なんだろうな。水晶みたいな……」

 周りは高い岩壁に囲まれた空間だった。

 その壁に水晶のような石が無数に埋まっていた。


 それらは淡く、緑色に光っている。

 一つ一つは淡く小さな光だが、大小あちこちから顔を出している無数の光る石に照らされ、薄暗い程度に明るかった。

 そして何より、地底湖の水面に浮かぶ巨大なソレが気になる。


「これってやっぱり……」

「海賊船……よね」

 俺の独り言に、後ろから言葉が続く。

「久しぶり。御無事で何より」

「うふふ、流石に死んだと思ったけれどねぇ」


 権藤 政樹

 穴から落ちた、女装したおっさんは生きていた。

「宝物庫は空だったよ」

「なら……お宝は、あそこよねぇ」

 二人で湖に浮かぶガレオン船を見上げる。


 海賊がお宝を積み込み、何故か出航できなかった。

 そういう事だろうか。

 だが、多摩の奥地の遺跡が海に繋がってたりなんてするものだろうか。

「海まで大分あるだろうに」

「だから出航できなかったんじゃない? まぁ、どうでもいいわ。余計な事は気にしないわ、お宝さえ手に入ればね」


 やっぱり、このおっさんも宝は諦めていないようだ。

「それを、大人しく見ているとでも?」

「用心棒はいないようだけど? まぁ、さっきは死ぬ思いもさせてもらったし、貴方その辺の岩でも舐めてなさいな」

 穴に落ちた事、大分お怒りの様だ。


 こんな所で蹴り倒され、床を舐めてのびるのはゴメンだね。

「宝は渡せないし、痛いのも嫌いなんでね」

 このおっさんにはイチカでも、無傷では勝てないと言っていた。

 なら、アイツに相手させる訳にはいかないよな。


 構えも何もなく、俺はおっさんへ向かって走る。

 姉貴やイチカと違い、俺は何も格闘技は習っていない。

 姉貴にはずっと殴られ泣かされてきたもんだ。

「無謀すぎるわね」


 正面から突進する俺に、権藤の足が伸びる。

 上から叩きつけるような回し蹴りだ。

 おっさんの目前で俺の右足が、強く地を蹴り上げる。

 最後のひと伸びで打点がズレる。


 僅かに打点のズレた権藤の足に、額を、頭を突き上げる。

 権藤の右回し蹴りに、体を傾け、頭で迎撃する。

 奴の足首、くるぶしの辺りを突き上げる。

 そのまま体を捻るように、体ごと、体重をこぶしに乗せる。

 特別、何も習っていない俺に出来る事はただひとつだけ。


 まっすぐ行ってぶん殴る。

 体ごといった右のこぶしが女装したおっさんの顔面に突き刺さる。

 カウンターぎみに決まった全霊を込めた拳が、おっさんを地底湖へ殴り飛ばす。

「すまないね。相手が男なら、負けた事はないんだ」


 ははっ、新記録じゃないか?

 3mは飛んでるな。

 大きく地底湖へ飛んでいくおっさん。

 突如、湖からザバァっと水柱が突き上がった。

 その巨大な水柱の中にナニカいる。


 ヒュッと背中に冷たいものがはしった。

 ソイツは水面を飛ぶ虫を捕らえるように、権藤をひと呑みにして水中に消えた。

 岸まで降り注ぐ水飛沫を残し、そのナニカは消えていった。

 いやぁ、正直ビビった。


 脚も見えたぞ。こっちに上がってこないだろうな。

 来たら泣くぞ?

 宝物庫に残っていたインゴット。

 四つ足のナニカ。


 サンショウウオのようにも、見えた気はするが大きすぎるだろう。

 そこの巨大ガレオン船と変わらない大きさに見えたぞ。

 あれか? ドラゴンとかか?

「どうやって船まで行くか……」

 泳いで渡る訳にはいかなくなったな。

 まぁ、泳いでいっても甲板へ上る手段がないが。


「ただにぃ!」

 ガレオンを見上げていると、後ろから俺を呼ぶ声がする。

 どうやら無事だったようだ。

 どこを通ったのか、俺を探して一人で降りて来たようだ。

 ……凄いな。


「よぉ、無事だったかイチカ」

「無事だったかじゃないよ! 一人で落ちて行かないでよ!」

「無茶いうなよ、床が無ければ落ちるだろ。それより見ろよこれ」

「もう。なにこれ、でっかぁ。どっから乗れんの?」

 アレを見て、最初の疑問がそれか。


「今、それを考えてたんだよ。それにな、湖にも何か居るぞ」

「え~、どうにかしてよぉ。わぁ~、壁の石綺麗だねぇ」

 こどもか。

 ゴゴゴ……と、嫌な音が響く。


「これは……ヤバイか?」

「何? ナニコレなにこれ、崩れるの? 崩れるでしょ絶対」

 恐怖を煽る地響きは鳴りやまないどころか、耳をふさぎたくなるほど大きくなっていく。湖には得体の知れないナニカがいて、飛び込む訳にもいかない。

 ガラガラと音をたて、一部の壁が崩れる。

 壁の向こうには……大河があった。


「は? ……なんだあれ」

「すごぉい。川が流れてるぅ」

 無邪気に感動しているイチカだが、ありえないだろ。

 国内では考えられない程の川幅の地下水脈が、壁の向こうにあった。

 その水路の壁にも、光る石が埋め込まれていて、ぼんやりと光る道が続いていた。


「なんだ、あの川幅は。メコン川くらいあるんじゃないか?」

「ただにぃ、例えが分かり難いよ。あっ、船が……」

「ああっ、流れていく……」

 湖面に泊まっていた船が、地下水の大河へ出航していく。


 だが、それどころではなかった。

 崩れた壁は広がり、天井まで崩れ出した。

「ねぇ、ヤバくない?」

「ヤバイなんてもんじゃないな」

 崩れた天井の穴から大量の水が降り注ぐ。

 目の前の巨大な地底湖に、巨大な滝が出来た。


「もう、意味がわからん」

 上にも湖だか何かがあったようだ。

 川か湖の下の空間にいたようだな。

 凄い勢いで水が降り注いでいる。

 その尋常じゃない水量に、目の前の水位がみるみる上がっていく。


 不味いぞ。

 飲み込まれたら、あの大河で何処までながされるか。

 いや、水中にはヤツもいるんだった。

 だが、人なんてちっぽけなものが、自然に抗えるはずもない。


「イチカ!」

「ただにぃ!」

 イチカを抱き寄せ、共に水に呑まれる。

 しがみつくイチカを抱きしめたまま、激流に流されていった。


「なんでだ?」

「どうなってんだろうねぇ。夢だったのかなぁ」

 水面に見える明かりに向かって泳ぎ、浮き上がると地上の湖にいた。

 ここは見た事がある。


「奥多摩湖じゃないか?」

「へぇ~」

 さて、だからといってどうしたものか。

 取り敢えず体中が痛くてしんどい。

 仰向けに浮いた俺にイチカが跨って座っている。

 イチカライドオンで湖に浮かぶ俺達。


「あっ、夕陽だぁ。綺麗だねぇ」

 夕陽に照らされ、湖を漂う二人。

 恋人ならまだしもなぁ。

 ふと、何気なくイチカを見る。


 短いスカートから伸びる脚。

 そのスカートの中まで見えていた。

 おしめを替えてやってた頃は、無邪気で可愛かったのになぁ。

 まったく年頃の女の子が、こんな短いスカートなんて。


「まったく、はしたない。そういえばお前パンツ……」

 おや? 目線を上げるとイチカが睨んでいた。

 その顔は、夕陽に照らされ真っ赤に染まっていた。

 それにしても、何やらお怒りのご様子。


「しんじゃえばかぁ!」

「んぼぉっ!」

 イチカの怒りの拳が、湖底へ沈めとばかりに、何故か振り下ろされる。

 理不尽な暴力を無防備な顔面に受け、俺は夕焼けの湖に沈んでいった。


 今回はお宝も逃し、たまたま失敗だった。

 だがだが、まだまだこの世界には遺跡も不思議も宝も、いっぱい眠っている。

 まだ見ぬ宝を求め、トレジャーハンターの仕事は続く。

 ……と、いいなぁ。


注) おしらせ

 三部作完結しました。

 よろしければ続きも、コレクションからどうぞ。

https://kakuyomu.jp/users/koog/collections

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