幻の十字キーを打て!(13)

「星野先生……いや行平ヒトミって云えばいいのかな。今頃なにしてるんだろうなあ」


 県立御美玉中央高校の屋上にて。あすくのつぶやきは、地方都市・御美玉の雲ひとつない青空に吸い込まれていった。

 早朝。登校時間帯というのに早くも夏の本領を見せつける快晴のもと、じんわりと上昇する気温を肌で感じながら別斗、ライフガードで喉を鳴らしつつ『まるごとバナナ』を頬張る。下を見やれば生徒たちが各々一群を作り、校門から校舎へ向かって歩いてくる光景が絶え間なく。

 朝飯をついばみながら屋上で駄弁ろうぜ、と申し出たのは別斗の方で、それというのも積もる話、誰もいない落ち着いた場所で話がしたいというのが2人の目論見だった。他の生徒はもちろんのこと、特にジャレ子にはゲーム対決関連の話題は聞かせたくなかった。ジャレ子は昨日から元気に復活してはいるが、思い出したくもないことを刺激する真似はしたくない。

 行平ヒトミとの対決から、3日が経とうとしていた。教室では相変わらず、3人が経験した一連の出来事などなかったかのように日常が続いていた。


「行平ヒトミの消息、ソソミ先輩は知らないって云ってた。別斗、おまえはどうだ?」

「さあね。先輩が知らねえんじゃあ、おれにもわからねえよ」

「信じられないよ、あんなきれいな人が『2Pカラー』だなんて」


 ミスターQの愛人なのかな。なにを想像しているのか、やたらため息をつくあすくに、別斗は乾いた笑いで相づちを打つ。


「それより、おまえはさすがだよな。よく絶体絶命のピンチにコントローラーを逆向きにしてプレイしたな。とっさに思いついたのか?」


 うーんと別斗は斜め上を向き、


「思いついたってか、ちょうどそのときソソミ先輩からメールの着信があってな。おれはちょっと時間を稼ぐつもりで返信しようとしたんだよ。そのときフッと思ったんだ、逆にしてみようって。『ギターブレークス』をジミヘンの真似してプレイしてたから、もしかしたらできるんじゃねえかって」

「それマジか?」

「ああ、偶然ってすげえよな」


 今度はあすくが斜め上に視線を走らせ、


「いや、それはあり得ないぞ」

「んだよ、つまんねえウソなんかつかねえぞ。ほら、証拠見せるか?」

「いや、違う。あそこのヤリ部屋みたいな地下室、圏外になってて通信できなかったはずだぞ?」


 これには別斗も目を見開いた。実際にガラケーを取り出し、メールの着信履歴を確認する。ソソミからきた件の時刻をあすくにも見せ、彼はしきりに眼鏡をクイクイ押しあげている。

 ほらな?


「ほんとだ。不思議なこともあるもんだな」

「もしかしたら、ソソミ先輩だからこそ為せた技かもしれねえな」


 ああ、あり得るな。2人はただただソソミの起こした奇跡に驚愕し、改めてニャンテンドーの奥深さを思い知ったのだった。

 そうして2人が深く肯きあっていると、


「ああ~。別斗、あっくん、こんなとこにいたんだ~」


 勢いよく開け放たれた鉄扉から、お馴染みの気の抜けた声が轟く。


「なにしてんの~?、屋上なんかで~」

「別に。いやなに、ここから登校する女子生徒を眺めて、あすくとパイパイの点数をつけあってたんだ」

「やだあ~、ほんとにやってそう」

「やってねえわ。それより、おまえこそそんなに慌ててどうしたんだよ?」


 ジャレ子は喉になにかがつっかえたように肯き、


「そうそう、あのね~、さっき職員室の前を通ったらさ~、星野先生を見かけたんだよ~。もしかして今日からまたここで教師はじめるんじゃないかと思ってね~」

「それマジか!」

「別斗、まさかまたおまえとの対決を目論んでるじゃあないか?」

「それはねえだろ。だって行平サン、負けたとき組織抜けるような気配ぷんぷん出してたぜ」

「とにかく行ってみようぜ」


 と3人は階段2個飛ばしで職員室へ急いだ。

 職員室の前では同様に、ウワサを聞きつけた生徒一団が家政婦のように覗き込んでいる。

 そんなモブどもを押しのけ、別斗たちは堂々と職員室へ入っていった。見渡すまでもなく、星野アスカはすぐに見つかった。自分のデスクで艶めかしい脚線美を見せつけるかのように組みつつ、おーいお茶を飲んでいるではないか。


「行平サ……いや星野センセェ! なにしてるんすか!?」

「あら荒巻くん、おはよう。教師に向かってなにしてるってとんだご挨拶ね。今日の授業で使うプリントを作成してたんじゃないの」


 優雅に返す行平は意に介すことなくプリントの束をトントンする。


「じゃなくって。あんた教師の仕事続けられるんかよ?」

「ああ、その点は心配ご無用よ。この3日間で然るべき対処をしたから」

「対処?」

「そう、本物の星野アスカ先生に許可頂いて、私が今日から晴れて星野アスカ(公式)になったの」


 実にあっけらかんとしているが、とんでもない話である。これにはさすがの別斗たちも真面目にドン引きした。

 ずり落ちた眼鏡を押し上げ、あすくが唾を飛ばしながら、


「それ反社会的な行為じゃないですか!」

「いやあねえ、大丈夫よ。そうならないように配慮はしたから」


 別斗、


「じゃあ裏のプロゲーマーはもうやめたんすね?」

「まあね、なかなか食い扶持がいい仕事だったんだけど、そこまで愛社精神があるわけじゃなかったし、ミスターQのオヤジギャグセクハラもウザかったから、きれいさっぱりやめてやったわ」

「なんかノリ軽いっすね。本当に大丈夫なんすか?」

「なんとかなるわよ。つーか、これからっしょ」


 じゃそういうわけで。颯爽と立ち上がり職員室を出ていく星野アスカ。


「厄介事がますます増えちまったな」


 その飄々とした背中を見送り、別斗はやれやれと頭を掻いた。



〈了〉


あとがき

Special thanks/Jimi Hendrix

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eの魂 Norrköping @rokaisogai

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