第4話 ある公爵令嬢の婚姻・その四


「スーリーマークス伯爵令息は、辞退されると?」

「はい、たった今、連絡が来たばかりです」

 侍女が、慌ただしく執務室に入ってきた。

「見合い当日に辞退の連絡なんて……まあ、いいでしょう。お嬢様はもう、園庭に?」

 この部屋からは見えないが、打ち合う音が微かに聞こえる。

「はい、ダニエル様を相手に、少し肩慣らしすると」

 本日もやる気満々のお嬢様ですか。

「わかりました。私がお伝えに行きますので、あなたも仕事に戻ってください」

「はい、どうぞよろしくお願いします」

 いつもより深々と頭を下げる侍女が、少し気になったが、本日の予定変更を伝えるべく、足早に部屋を出たのだったが――。


「待ちかねたわよ、レオン」

 闘技場の中心で、お嬢様は仁王立ちで待っていた。

 いつもより早い時刻を針は指していたような……時計がくるってしまったか、後で確認しておこう。

「お嬢様。本日の見合いは中止です」

 歩きながら伝えると、

「大丈夫よ、問題ないわ」

 お嬢様がソワソワしている。

「えっ」

「フィアルーカ侯爵は次期当主を、に指名したの」

 足が止まる。

「……どうして」

 十年前に捨てた名前だ。

長患ながわずらいの弟は義母と静養するために、うちの領地にある保養施設に入ることが決まってね。本日正式に受理されたわ。ロックヒューストン公爵家と陛下の署名入りだから、断ったら不敬罪になるわよ」

 隣でダニエル様が書簡箱をぶんぶん振っている。

 そういう扱いをしてはいけない箱なのだと、また一から教えて差し上げなければ。

「お嬢様、勝手なことをなさらないでください」

「もう、決まったことよ。さあ!」

 足元に、模擬剣を投げて寄越してきた。

「あなたにも資格が出来たわよ。剣を取りなさい、レオン」


 ――「では、侯爵家と伯爵家。二十七歳以内のご令息とお会いになりますか?」

 ――「ええ。私に勝ったら、結婚してあげるわ」


 記憶が断片的によみがえって、息が止まる。

 あの時の笑顔も脳裏に浮かんだ。

(まったく、公爵令嬢のすることですか……)

 息苦しさで、思考もまとまらないが。

 私はゆっくりと、いつもよりも重く感じる模擬剣を掴み取った。



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