第3話 ある公爵令嬢の婚姻・その三


 あれからもう十年が経つ。

 女優をしていた母が、観劇に来ていた貴族の父に見初められて、子供を授かった。だが母は、女優を捨て切れずに、私を残して家を出て行ったと聞いている。

 元々、父には正妻がいたが子宝に恵まれなかった。5歳まで我が子のように可愛がってくれた義母も、弟が産まれると、豹変した。

 食事が変わり、部屋が変わり、侍女や家庭教師も辞めさせて、どんどん孤立させられて。

 私が十歳の時に原因不明の病で、生死の境をさまようことになって、見て見ぬ振りだった父も、やっと手を差し伸べてきた。親類縁者を頼り、ロックヒューストン公爵令息の従者となり、私はこうして生きている。


 公爵家の皆様は、最初から私を優しく迎えてくれた。

 ダニエル様は、緊張して無表情で立っていることしか出来なかった私に、初対面から愛らしい笑顔で、持っていた何かの尻尾のオモチャを差し出してくれた。当時のお気に入りだったのを後から知って、とても嬉しかったのを覚えている。

 お嬢様は……奥様のドレスのスカートに隠れて、なかなか出てきてくれなかったな、ふふっ。「綺麗な男の子が来て、恥ずかしくなっちゃったのよ」と奥様は笑って言ったけれど…………その頃、私は自分の容貌を疎ましく思っていて、鏡を見るのも嫌だった。

 義母の豹変の原因となってしまったこの顔。口さがない者たちが、私と弟の容姿を比較していたらしい。私は、美しく儚げと賞された女優の母に生き写しなのだそうだ、弟は父に似ていたらしい。一度しか会わせてもらえなかったから、もう記憶がぼんやりしている。

 あいさつもちゃんと出来ず、常識も教養もない、暗い無愛想な子供。

 それを変えてくれたのは公爵家の皆様と、一緒に働く使用人仲間だった。頑なで人との距離感がわからない私と、根気強く関わってくれた。

 物陰から覗いていたお嬢様も慣れてくると、ダニエル様と私の勉強に参加されるようになり、剣の稽古が始まると一緒に交ざって振り回していた。余程、弟を取られたくないのだと、必死な態度がお可愛らしく。護衛として、一緒に出掛けることも増えた。

 お嬢様は本当に美しくなっていった。

 アルターニス王国の天女とうたわれた、前国王の姉君を祖母に持つお嬢様は繊細で可憐に成長し、周りを魅了した。中身は弟が大好きで剣が得意な、ちょっと短気で意外と恥ずかしがりやの公爵令嬢なのだが。


 だから、王太子に目をつけられてしまった。

 隣国の第三王女と婚約中だったが、相手が病に倒れると、一方的に婚約を破棄し、お嬢様と無理やり婚約を決めてしまったのだ。

 そして、自身のことは棚に上げて、お嬢様の周りに使用人だろうと男がいることを嫌った。特に私のことを毛嫌いしていて、私の素性を調べさせて、お嬢様の居ない所でよく罵ってきた。

 そんな私を旦那様は気にかけて、執事見習いとして、領地視察の同行を許してくださったり、経営に必要な勉強や課題を与えてくれた。余計なことを考える時間も減って、充実した日々に感謝しかない。

 ダニエル様も時々ついて来たが、いつも難しそうな顔をしていたな。

 婚約解消は喜ばしいことだったが、今度は決闘で結婚相手を決めるなんて、頭の痛いことだ。

 出来れば、ダニエル様のように政略結婚であっても、お互いを想い合う相手と結ばれて欲しいのだが……。


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