第6話 ある公爵令嬢の婚姻・その六


 久しぶりにお嬢様と剣を交えるのは楽しかった。見合い(決闘)の立会いを重ねるうちに、私ならこう動くのにと、頭の中でよく考えていた。

 昨今の王妃教育には剣の鍛錬も、本当に加えたのかもしれない。

 動作に無駄がなく、切り返しも以前より早くなっている。

 ダニエル様が勝てるようになるには、当分時間がかかりそうだな。

 お嬢様はいつになく真剣だ。

 そう簡単には、勝たせてくれるつもりはないのだろう。

 幼い頃から、負けるのは大嫌いだから。

 私も手加減は出来そうにないけれど。


 しかし――


 大きく振り下ろされた剣を、剣で打ち返した時に――

 模擬剣が折れたのだ。

 私のほうの。

 剣が使えないのなら、決闘を続けることは出来ない。

 と、言うことは「私の負け」。


 立ち会っていた皆さんも、静まり返ってしまっている。


(お嬢様…………)



 お嬢様は乱暴に目を擦って、上半身を起こした。

 まだ、私の上からはどいてくれない。

 大きく深呼吸して、呼吸を整える。

 少しだけ赤くなった瞳には、怒ったように睨まれた。

 そして硬い表情のまま、

「じゃあ、勝者として命令するわ。レオン・フィアルーカ次期侯爵として、私と結婚しなさい!」

 上からの命令口調で、プロポーズにはまったく聞こえないが。

 私は口を開けたまま、その場で固まった。

 夢か。いつからの夢だ。

 婚約解消が決まって、また、お嬢様のお世話と、見合いの準備とダニエル様と、その他細々とした雑用に、家令の補佐と、疲れているのか、いや、疲れる程の仕事量ではない、まだ足りないくらいだ。

 今、何が起こっている。何が聞こえた、お嬢様はなんと言ったんだ。

 嘘だ。しっかり聞こえた。駄目だ、思考を放棄したい。

 

 コホホン。


 遠くで、聞き覚えのある咳払いのような音がした。

 状況を把握するのに、思いのほか、時間を取ってしまったらしい。

 微動だにしない私に、お嬢様も困惑している。

 すがるような瞳が痛々しくて、今にも壊れそうだ。

(ああ、参ったな……)

 そんなことは、命令されなくたって……。

 私も上半身を起こし、お嬢様を膝の上に抱え直した。

「かしこまりました。これからは一生お傍を離れません」

 手を取り、敬うように静かに答えた。


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