第十五話 正体

「なぜサラちゃんは戦っているのかしら?」

研究所ラボの地下にあるお風呂場。

「サラでいいよ、おねえさん」

わたしとサラ、異形の子たちそしてニシキは揃ってこの大浴場にいた。

「自由」

「え?」

頭を私に洗われながら言った。

「自由のためにわたしたちは戦っているんだよ。あのゴミAIを壊すためにね………ッ」

ゴミという表現に苦笑してしまう。あれに一体何があるというのか。

「アイの何が嫌なの?」

もちろんわたしとてあのうざい人工知能AIのことを好きというわけではないが、壊したいと思うほど憎むような感情を持っているわけでもない。

「おねえさんは知らないんだ。AIの牢獄ここの本当の姿を……………ね」







湯船につかる。チャプン、と体を動かせば波紋が幾重にも広がった。

「本当の姿って、どういうこと………」

ブクブクブク、と遊んでいたサラは僅かにうつむくと話しだした。斜め向かいにいるニシキは目を閉じている。

「今日、わたしたちが戦ったあのアンドロイドはね、『Android for prisoner capture』、通称A.P.Cと呼ばれる囚人捕獲用――対囚人用なんだ」

大型から小型まで。武器を装備し鎧のような装甲を纏った姿が思い出される。

「アイツラは……、なんていうんだろ。ケイサツ?……みたいなやつでわたしたちをハイジョすることしか考えてないんだ」

「ハイジョって一体……」

AIの牢獄ここに容れられた時点で社会からは排除されたも同然ではないか。だが、なぜこんな小さな子供に。

「おねえさん」

どこか暗く彼女は私を呼んだ。

「お兄さんは知ってると思うけど」

顔を上げゆっくりと狂気的に微笑んだ。

「コンバラリアって知ってる?」

「………………ッ!!!」

全身が泡立つのを感じた。コンバラリア。奇跡の薬。

「それは一体何なの………ッ!?」

「ミコト?」

ニシキが私の名を呼ぶ。

「………なのよ」

「ん?」

「わたしがここに来ることになったのはそれのせいよ」

叫んだ声がやけに大きく響いた。ニシキもサラも驚いた顔をしたまま固まっている。その異様な反応にたじろいてしまう。

「……………え?なによ」

心なしか水で遊んでいた合成生物キメラまでも動きを止めてしまったように感じる。

「……っおい!まさか使ったわけじゃねぇよなッッ!?」

「飲んじゃった?打っちゃった?」

バシャバシャと水面が波打つ。慌てて動いた拍子に先程の戦いの傷が痛んだのだろう。「……ッイ」とニシキは顔を歪ませた。

「体は…………ッ、おかしくねぇかッ?」

「なにか変な気分になってたりはっ?」

怒涛の勢いで質問攻めにされる。

「う、打ってもいないし、飲んでもないわよ!私はただ……、取材をしただけよ」

やっとのことでそういうと二人は「なんだぁ〜〜」と言って体の力を抜いた。

「………飲んだり打ったりしてたらどうなってたの?」

しん、と静まり返ったお風呂場に声が残る。僅かな沈黙の後ニシキはコンバラリアについて話し始めた。





「コンバラリアが奇跡の薬と呼ばれるのには理由がある。一つ目はその薬の効能。二つ目はそれの材料」

お風呂から上がって研究所ラボ内、寝室。

「そして三つ目は相反する代償だ」

ダンスホールのような部屋全体にふかふかのベッドが隙間なく置かれている。

「ふんふん。三つもあるのー?」

わたしに頭を拭かれておいたサラは疑問を示した。

「ああ、そうだ」

言いながらニシキは胴体に包帯を巻き付けていく。やはり昼間の戦闘に巻き込まれたのだろう。あのアパートで見た彼が切り裂かれる様が脳裏に蘇る。

「なんて言ったらいいんだろうな……。キセキっつーのは人それぞれ違うだろ?」

「ええ」

わたしは首肯した。

「だが、仮にだ。『キセキ』という曖昧で不確かな人によって様変わりする、そんなものが、この世に存在するために定義が必要だとすれば、どうする?」

奇跡の定義。

「んーーー?でも、ないんでしょ。そんなの」

サラはベッドに転がり目を瞬かせた。

「……無いからこそ、作ったんじゃないかしら」

「そのとおり」

私の漏らした呟きにニシキは満足気にニヤリと笑った。

「ないんだったら作りゃいい。曖昧で不確かな『キセキ』を表すモノ定義を」

ギュッと包帯を巻き、ジャキンと刃を鳴らしてニシキはハサミで裁った。

「…………それが、奇跡の薬コンバラリアなのね」

「ナニがキセキなのか、みんな、ちがうんでしょ?だったらソレってなぁに?」

するりとニタっと口のついた合成生物キメラ――ワームがよってきた。サラは頭をなでながら尋ねる。

「人それぞれ違う、とたしかに俺は言ったが。もとをたどれば同じだろ?」

「んんーーー?どういうことー?」

ああ、そういうことか。

「自分にとっての『幸せが訪れる』。それを奇跡と定義したのね」

ふぅ、とため息をついてしまう。なんだろう。この、どこか物悲しい気持ちは。

「定義はそうだ」

「シアワセってなに?」

わからない、といったように彼女は首を傾げた。

「……さぁな。まあ、それはおいといて。定義を『幸せが訪れる』として初めて、この世に具現化、見えるようにするための核ができる」

つまり、ようやく指針ができたということだろう。

「薬の効能、材料、相反する代償。これら三つを絡め合わせて初めて、『キセキ』が産まれる」

「ふむふむ……、それで?結局コンバラリアってなんなの?どうやって作るのー?」

サラはパタパタと足を立たつかせている。コンバラリアキセキが何なのか。その定義はわかった。だがその薬の実態とは。

「どうやって人間わたしたちは奇跡を産み出したのかしら?」

「コンバラリアは『コンバラトキシン』や『コンバロシド』と言われるスズランの毒を素に作られる」

ムカデの機械人形オートマタがグラスに入ったジュースを持ってきた。それぞれお礼を言い受け取る。サラはブドウ、ニシキはレモン、わたしはリンゴだった。

「…………、その毒にカルタヘナという少し前に発見された鉱物と血を混ぜるんだ」

カラン、とグラスの氷が鳴った。

「血を……………?」

驚きしばし呆然としてしまう。ただでさえこの話にあまり頭が追いついていかないというのに。

だが、カルタヘナという鉱物は聞いたことがあった。二十余年前のことだった気がする。巨大地震により崩落した山の斜面から洞窟が現れた。その奥にあったのは自ら発光する不確かな鉱物。遠目から見れば黒く輝いているのだが、一瞬一瞬色が変わっていく。そんな鉱物だという。

「誰の血?」

「誰だと思う?」

問いかけたサラの言葉をニシキはそのまま彼女に返した。

「うーん」と首をひねり熟考したあと彼女はあっと気づいたように頬を紅潮させた。

「ニンゲン………、でしょっ」

「あたり」

ニシキも唇の端を吊り上げた。

人間の血。ブルッと悪寒がした。

「あとはもう、科学者様の腕次第だ」

スズランから抽出した上質な毒。存在も何もわからない鉱物。紅々と溢れる生命の源。

コンバラリア奇跡の薬の完成だ」

そういうとニシキは凄絶に嘲笑った。

「おねえさん、ソレがなんだかわかったでしょっ?」

大きな瞳を向け彼女は言った。

「………………ええ」

少なくともその薬がどうできるのかはわかった。

「材料、はわかったわ。ソレはどういう効果があるの?」

人々がそれをほしがる理由。彼はバフっとふかふかのベッドに寝そべると目を閉じた。

「至って、単純だ。なんのひねりもない。ソレの効果はな、己の思うがままに遺伝子を組み換え、合わせることができる。…………ただ、それだけだ」

「それだけッ!?十分じゃない!!」

十分すぎる。どこがそれだけなのだろうか。

遺伝子組み換え。随分昔から重宝されている技術の一つだ。だがそれには莫大な時間と膨大なお金。そして何より、そこまでかけたにもかかわらず成功する確率が極めて低いという、ハイリスク、ノーリターンだった。

「ふふふ。ジュウブンだよねぇ!でもね、おねえさん。『キセキ』には『ヒゲキ』が必要なんだよ」

シーツをかぶりサラは言った。

「だってそうでしょ?自分にとっての『幸せが訪れる』がキセキなら、誰かにとっての『不幸が訪れる』がヒゲキでしょっ?」

キャラキャラと笑っている。

「ソレについて、よくわかったか?ミコト」

片目を開けてニシキは言った。わたしは小さく首肯する。

「ええ。よく、わかったわ」

その薬のことについては。わたしはニシキ、サラの顔をしっかりと見据え言った。

「でも、どうしてあなた達がそこまで詳しいのかしら?」

一瞬の間のあと、二人は吹き出すように盛大に笑った。

「……ク、クククク……、ハッハハハハハハ!」

「アハッ………、キャハハハハハハッ」

なに。なぜ急に笑いだしたの。

「……………えっと、ふたりとも―――」

「…………ったことがあるからだ」

「え?」

なんて。

「使ったことがあるからわかるんだよ」

暗くドロつくように彼は言い、同調するかのように彼女もまた愛らしく微笑った。








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AIの牢獄 夕幻吹雪 @10kukuruka31

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