第十四話 休憩

 また。なにか夢をみていた。

「〜〜〜〜♪」

 優しい歌声が耳に響く。


 ――だれ?


「きょうはね、とってもすてきな日なんだよ」

 それは今まで聞いたことがないくらい優しい声。

「あなたもいつか、いっしょに祝えるといいね」


 ――祝う?

 ――一体なにを?


「〜〜〜〜♪」

 その声はまたなにか歌い出す。

「わすれないよ。わたしはずっと――――」

 声が遠ざかる。その優しいひだまりを失ってしまう。


 ――いや

 ――いかないで




「置いていかないでェッッッ!!」

 悲鳴に近いような声を上げわたしは目を覚ました。私の声を聞きつけ足音が近づく。

「ミコト、大丈夫かッ!?」

 走ってやってきたアイツは心配そうな、怒っているような、なんとも言えない顔をしていた。

「…………ニシキ」

 彼は「ん?」と片眉を吊り上げた。

「熱は?」

「熱………?なんの話?」

 カツカツと靴音を鳴らしニシキはわたしが寝かされているベッドに近づいてきた。ギシッとベッドがきしむ。ニシキが片膝を乗せ、すっと顔を近づけた。

「熱は、引いたな」

 わたしの前髪を上げ彼は自分の額を当てた。

「………ちょっと、何してるのよ」

 額と額がくっついているせいで、彼の顔が近い。

 目線を下に向け小さく文句を言う。

「……………っ」

 チラッとニシキの方に目を向ければ端正なその顔に笑みが浮かんでいた。

「………………………なに?」

「ん?別に」

 ベッドから降りると「顔洗ったら下に来いよ」と言いドアから出ていった。

「なによ」

 熱が下がったどうのこうの言っていたが今の方が熱があるのではないだろうか。それくらい、頬が熱かった。







 ドアを出て左。鉄屑や廃材で器用に作られた階段を降りると巨大な実験器具が大量に置かれた場所に出た。

「――い〜〜や~〜だぁ!!」

 降りると同時少女の嫌がる声が聞こえた。

「〜〜ッグダグダ言ってネェで言うこと聞けッッ」

 声の方へ急いでいくとニシキと白髪の少女が取っ組み合いをしていた。

「ちょっと、何してるのよ!?」

 間に入り仲裁すると二人は私の方を向いて言った。

「あ!おねえさん!」

「顔洗ってきたかッ」

 ピタッと動きを止めて同時に言う様を見て思わず笑ってしまった。

「ねーーえ、おねえさん!お兄さんがひどいんだよっ!」

 スルリとニシキの腕からすり抜け彼女はわたしの足に絡みつく。

「おねえさんとなら入ってもいいけどー」

「……………ニシキ?一体何をしたのかしら」

 わたしの言葉の端々に怒気を感じたのだろう。彼は顔を引きつらせ弁明し始めた。

「イヤ、違うんだ。………あーー、なんつーか、ね。ソイツきったねーから風呂………に入れようとしたんだが」

 ちらりとニシキが少女の方へ視線を送ると彼女は頬を膨らませプイッとそっぽを向いた。

「……………こんな調子で」

「わたしお兄さんとは一緒に入らないからっ」

 へ~~~っと舌を出しタタタッと∣研究所ラボの奥へ駆けていった。

「…………………………」

「そんな目で見るなよ」

 無言で彼を見据えれば、なんとも言えない気まずい空気が流れた。

「このロリコン」

 精一杯の軽蔑をし、踵を返し研究所ラボへと向かえば彼の「うまくいかねーな」という独り言が僅かに耳に届いた。




「ん〜〜〜〜!これすっごくおいしいっ」

 瞳を輝かせながら少女はテーブルにのせられた食事に手を付ける。

「確かに美味しいわね」

 ニシキお手性の野菜カレーだ。ナス、かぼちゃ、パプリカ。素揚げされた色とりどりの野菜に半熟に焼かれた目玉焼き。スパイスのいい匂いと癖になるような味がどこか中毒性を感じさせる。

 昼も過ぎた夜のはじまり。今日知り合った人たち、得体のしれないが優しいモノたちと囲む食卓は、今まで感じたことがないほど温かく心地よいものだった。

「……………んっ」

 口の端についたルーを拭おうとすると「ほら」と言ってニシキが拭った。

「ちょっと、それくらい自分でできるわよ」

「どうだか」

 これではまるで子供のようではないか。

「うふふっ」

「何がおかしいの?」

 ニコニコしながら少女は言った。

「仲いいね、おねえさんたち。い〜な〜、わたしもなかよくして〜」

「きゃ〜」と言って少女は私の胸に飛び込んできた。その拍子にコップが傾きニシキが慌てて抑えたのは言わずもがなだが。

「ずっと続けばいいのにね」

 ポツリと彼女は言葉を漏らした。

「明日になったらいかなくちゃ…………」

 わたしの胸に顔を埋めギュッと袖をつかむ。怖いのだろうか。それとも違う何かがあるのだろうか。昼間の戦闘の様子を見ている限り、恐怖といったものは感じられなかった。むしろ――

「ねぇ、あなたはなんてお名前なの?」

 そっと頭をなで私は訪ねた。顔を上げわたしと目を合わせると微笑んでいった。

「サラ。サラだよ、おねえさん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る