下
「私は、ピーナッツでいられれば幸せなのに」
苦い息と一緒に言葉を吐き出すと、梨香は「うーん」となにかを考えているようだった。首をかしげてしばらく黙り込んだあと、店内をグルリと見回し「あっ」という声を出す。
「見て、あれ」
顎をしゃくる方向に目をやると、横並びに座るふたりの女性の姿。ひとりは還暦を超えていそうで、もうひとりも成人してずいぶん立つように見える。ふたりはお揃いの服を着て談笑しながら、ひとつのパフェを仲良く分けあっていた。
「知ってる? ああいうの、『ピーナッツ親子』っていうの」
内緒話をするように顔を近づけてきた梨香が、小声で続ける。
「あ、いや……そうだって断言するわけじゃないよ? でも、ピーナッツみたいにいつも一緒で、お互いに依存して自立できないの」
「ふぅん」
興味がないふりをした相槌を打ったけど、心当たりがあった。
母は大人になってからも私をちゃん付けで呼ぶし、なにかにつけて一緒に出かけようと誘ってきた。それに「似合うと思って」という言葉とともに手渡される、お揃いの服や小物。ワンルームで暮らし始めてからそういうことはなくなったけど、そこには別のピーナッツが待っていた……。
「はぁ」とため息を尽つきながら、もういちどふたりに目をやった。そこに亮との姿が重なって、私は静かにうつむくことしかできなかった。
ランチタイムが終わって梨香とも別れ、背中を丸めながら家路についた。頬を撫でる風が、ざらついて感じる。たぶん、ささくれた心を通り過ぎていったからだ。
なんだか疲れてしまて、家に帰ったらすぐ横になりたかった。だから家に着くなり靴を脱ぎ散らかし、床にバッグを投げ捨て、ベッドに飛び込んだ。
顔面から着地したのは、ふたつ並んだ枕の右のほう。
「亮……」
鼻で呼吸をするたび、シャンプーとほんのりとした汗の残り香が飛び込んでくる。
「亮……、亮……っ」
枕に顔をうずめたまま、名前を呼んだ。返事がないから、何度も、何度も。
気付けば私は眠りに落ちていて、目覚めたときには部屋がうっすら暗くなっていた。
「寝ちゃってた、か……」
あの日みたいに、ボソリと言った。けれど返事もなければ、洞窟みたいに空いた場所には誰もいない。その方向に手を伸ばすと、ヒヤリとした感覚だけが伝わってきた。
「ピーナッツ、か。相棒のいないピーナッツって、こんな気分なのかなぁ……」
そんな言葉が感情の堰を切った。
「亮、戻ってきてよ……。亮、戻って、きてよ……」
亮の香りがする枕に顔をうずめ、呟く。まるで恋する乙女がおまじないでもするように何度も、何度も。
枕から顔を離して見渡した部屋は、カーテンの隙間から差し込んだ夕日でオレンジ色に染まっていた。それは空中を漂うホコリを照らし、鱗粉となって私を責める。
亮はいまごろ、どんな気持ちでいるんだろう……。考えれば考えるほど空いた空間が虚しく思えて、涙が頬を流れていった。
ピーナッツケイヴ 文月八千代 @yumeiro_candy
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