中
「そんなラブラブだったのにケンカして、部屋に来なくなったんだ? 亮くんは」
ランチコースを締めくくるシャーベットを口に運びながら、友人の梨香が言った。今日は相談に乗ってもらうため、会う約束を取り付けていた。
私は梨香をチラリと見ながら、静かに頷く。
「ケンカっていうか……」
「ただのワガママかも」と言いかけ、口をつぐんだ。言葉をゴクリと飲み込んだ私は、まだ湯気の立つカップを手に取り、琥珀色の液体を口に含む。そしてさっき梨香にしたばかりの話を振り返るため、ゆっくりと目を閉じた。
ケンカ――いや、騒動があったのは、二週間前の金曜日。仕事から帰って、いつもどおりの夜を過ごしていたときのことだ。
私の質問を調べるためスマホを取り出した亮が、細い指先でブラウザのアイコンをタップした。私は「早くこの指で触れられたい」なんて思いながら、スワイプする動作をじっと眺めていた。
新しいタブを開いて、閉じて。そんな動きを何度か繰り返し、タブを閉じた瞬間。先に開いていた古いタブが画面に表示された。そこには再生を途中で止めたことがわかる、アダルトビデオの再生画面。それを見た瞬間、私の心にモヤがかかった。大事なところを隠している、モザイクみたいなモヤが。
「それ、なに?」
いったいどんなアダルトビデオを見るんだろう? と興味があるだけだった。慌てて画面を消そうとする亮の腕を払い、画面を覗き込んだ。
それから私は、瞬間湯沸かし器になっていた。沸騰するように腹を立て、壊れた蛇口のように亮を罵り、責めたてた。
はっきりいって、なにを言ったのか覚えていない。ただ私の言葉を無言で受け止める亮の顔が、ひどくうんざりしていたことだけ覚えていた。そして
「なんていうか、悪かったよ……。でも、そこまで言わなくてもいいだろ」
という言葉。そのあとしばらく黙っていた亮は、「帰る」と呟いた。
上着を羽織ってバッグを手に、部屋を出ようと歩き始める。その背中はなにか言いたげに見えたけど、声をかけるなんてできなかった。あの鱗粉が、部屋を侵食しているような気がして、苦しくなって。
だから亮とはそれっきりだ。
金曜日を迎えても部屋に来ることはなかったし、毎日届いていたLINEも途絶えた。なんとなく「元気?」と送ったメッセージにも、未だ既読はついていない。
だから亮とはそれっきり、なのだ。
けれど私は、「まあ、いっか」なんて思っていた。
亮との付き合いはそれなりに長いし、ケンカも何度も経験している。今回みたいに亮が出ていくこともあったけど、いつもピーナッツの殻に収まっていたから……。
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