最終話 特別な人たち
地元テレビ、地元新聞社、ネットメディアが、ごったがえしている。
新年の賑わいが過ぎても、
むしろ今日という一点に向けて、年越しからボルテージを上げてきたようにすら思える。
三中や西鳳での関係者、碇酒造の人々、各界のメディア――
冬の夜の澄み空にかがり火が
興奮、緊張、
人々の顔には、それぞれが今日の発表にかける想いが表れている。
……庭でかがり火を焚ける個人宅って、あるんだな……
俺はドン引きしていた。
かがり火だけじゃない。
運動会のテントのようなものがあちこちに立てられ、来場者に酒まで配っている。
ここは間違いなく、祭の会場だった。
そして碇邸を正面にして左右に作られた会見場。
その左には俺と
「夜も更け、残り1時間となりました! ついに今夜、今年の下半期直木賞が発表されます!」
地元テレビ局のリポーターの声が、スピーカーを通じて響き渡る。
ローカル番組の実況生中継。運命の瞬間は、全国のお茶の間にも流れるらしい。
俺も碇も27歳の冴えない青年……まだ青年だよな?……なので、それぞれの隣で華を添えてくれている志築と白戸さんに、メディアは命を救われた想いだろう。実際、その二人に俺たちは作家生命を何度も救われている。
「では再び、おさらいしましょう! 今回の
ポケットモンスター阿久津/碇 で出ないかな。ダメだ、どっちも買いたくねえ。
「それぞれの先生の来歴と、今回の作品についてご紹介しましょう! まず、碇哲史郎先生! なんと、直木賞候補選出は今回で3回目! 前作、6年の沈黙を破り世に出た3作目『
集まった人々が声を上げ、手を叩き、盛り上げる。
碇はニヤニヤ顔でおすまししている。わずかに背が伸びたように思ったが、少し姿勢が良くなったからだろう。
「書けばすごい、書けば売れる、出版界の至宝!
数もすごいが、内容の方が狂気に包まれている。
あいつの読書記録――読書感想文――書評は、一度書けば書きっぱなしで、更新されない。つまり世界は、あいつが読書記録を付け始めた小6の頃に、あいつがどんなものを、どれだけ読み、どのように分析し、自分の言葉でまとめあげていたかに触れてしまった。
自分の頭の良さに自信があった小学生たちは、絶望したという。塾で毎日数ページの文章について解説されていた自分たちと、毎日数百ページを読み込んで『自分の感想のコレクション』をしていた碇少年では、ものにしている言葉と論理がちがいすぎた。それが、公開資料として視覚化されてしまった。教育志向の親から「どうして碇さんみたいにできないの」と大人向けの小説を押しつけられ、碇のことを恨んでいる少年少女も出ているとか。
いいじゃん、碇。お前らしい。もっとやってやれ。
ちなみに、発覚した経緯も碇らしい。そこまで小説を網羅しておきながら、読書家なら必ずと言っていいほど読んでいる『熱砂の王』『月と太陽の影』『薄暮の戦士』の3冊が、読んだ本に登録されていなかったからだ。なぜ書評家『テツ』は、碇哲史郎の作品だけ読まないのか? 読書傾向からして、真っ先に読みそうなものだが。読んでるんじゃないか? 読んでるけど、感想を書いてないだけじゃないか? どうして? もしかして……自分が作者だから……? そこからは、ネットの特定班が一気にいった。『密告フェス』について『品質を誇れる作品では一切ない』と書きながらも『彼が、ありがちな勘違いから早く目覚めて、彼のポテンシャルを解放することを切に願う』と、まるで友を
「続きまして、阿久津仁先生! 作家としては、碇先生よりも3年先輩! 出版した作品の数では大きく溝をあけて圧倒的! 中高生から圧倒的な支持を受けるエンターテイメントの
デスバ島と言えば、女主人公、殺しあい、裏切り、疑心暗鬼、エロス、友情だ。
だけどそれを裏切ってやろうと思った。俺自身が、もう十代少女の裸にぜんぜんテンションが上がらなくなっていたというのも大きい。まして中学生の女子でエロを引っ張るのは、もうやめたかった。
で、最初に考えたのは「100年生存」だ。
100年生き残れば島から解放。
4世代ぐらいにわたる文明勃興と世代交代、一つの国を建国してしまう話にしようと思った。もちろん、その中にも今までのデスバ島のエッセンスは盛り込む。異世界転生が流行っている文芸領域では、建国ものは一つの鉄板らしい。だが、いくつか読んだそれらは俺的に生々しさが物足りなかった。俺なら、もっとくる建国ものを書けると思ったのだ。
しかし、志築から「100年生存したらって……寿命が先にこない? それって島を出られないのと同じだから、みんな頑張らないような……デスバ島8と同じ感じで、仲良しだけ残そうとする殺しあいになると思う」と突っ込まれて、目が覚めた。あっぶねー……完全にその通りだ。物語じゃなく、作者にだけ都合のいい嘘話を書いてしまうところだった。
そして出来上がったのが「10年生存」だ。がっつり建国ものではなくなったが、中学生たちが無人島で10年を生き延びないといけないということで、今までにない面白みはある。直接的な対決は減ったものの、女主人公、殺しあい、裏切り、疑心暗鬼、エロス、友情があるので、デスバ島シリーズの発展作と銘打っていいと思っている。3代目主人公は
「なお、阿久津先生もつい最近、センセーショナルな出来事がありました! なんと直木賞にノミネート後、様々な国民的ゲームのシナリオを氏が匿名で書いていたことが明らかにされたのです! なんと、神シナリオだったあのゲームも、あのゲームの神シナリオだったところも、ぜんぶ阿久津仁! デスゲームやサスペンス専門の人だと思われていた氏が、実は非常に
まったくだ。
デスバ島10年が直木賞候補になった直後、今まで関わってきたゲーム会社から「実績を公開していい」「公開してくれ」と打診が来たのだ。今まで「絶対に公開してはいけない」だったのに。降って湧いたような俺の話題性にあやかりたいらしい。「デスバ島を書いている阿久津」ではゲームブランドの価値を下げるかもしれないから作者非公表だが、「直木賞候補の阿久津」なら価値を上げそうだからヨロシクということだ。現金なものだが、全然にかまわない。俺が小説を書いて生きてこれたのは、ゲーム業界でできた仲間たちが俺を使ってくれて、食わせてきてくれたからだ。当然の恩返しとして、俺は許可を与えられた参加作品の担当部分をすべて公表した。
「それではお二人に……お互いの作品について、感想を聞いてみたいと思います! ……当然、読んでますよね?」
「はい」「一応」
「では阿久津先生からどうぞ!」
「……『雷神の筆』、全力でネタバレしても?」
「それは、それはかなりまずいかと!」
「冗談ですよ。『雷神の筆』……ま、いいんじゃないですかね。けっこうヤバイこと……業界の闇みたいなの、書いてて笑いました。でもちゃんと、色々な文字書きの人生をテーマにしたミステリ短編集だし。わざわざ東京まで行って、いろんな出版社とか大ベテランの先生とかに取材して書いたんですよね。うちにも来て、泊まっていったし。俺なら、そんな冒険みたいなこと、おっかなくてできません。『熱砂の王』のデミスみたいで、かっこいいじゃないですか。いい度胸してると思いますよ、碇センセイ」
俺はつとめてぶっきらぼうに言う。
ま、いいんじゃないですかね……
嘘だ。『雷神の筆』は最高の作品だ。『熱砂の王』よりもずっとずっと好きだ。
俺もそんな話が書きたくなって抜け出せなくなるような、魅了されて、くるおしくなる作品だ。今までの直木賞の作品と比べて、何ら
「実に挑発的な態度! これぞ、これこそが阿久津仁先生です! では碇先生、デスバ島10年の感想をお願いします!」
碇は待ってましたと言わんばかりに、ニヤニヤ顔でマイクに顔を寄せる。
「あ……好きです。今までで、一番好きです。阿久津くんの作品は全部初日に読んでるけど……どんどん文明的になってますよね。最初は2人での生存競争、次は8人での
「碇先生、ちょっと! ちょっと長い!」
「え……まだ見所は……」
地元テレビ局の人が慌てているのを見て、俺はマイクで割り込む。
「お前さ、俺の本ばっか嬉しそうに話してどうすんだよ。こいつ、中学の掃除時間で、ずっとデスバ島の感想語ってるんですよ。リボルバー拳銃がよかったとか、走れメロスで
会場が笑いに包まれる。
みんなが『千年の孤高』を分け合い、頬を染めながら大笑いしている。箱崎先輩のギャハハという声が一番大きい。
「それではここで、この二人を語ろうとすれば必ずお名前が出てくるお二方、星月社文芸部の
「星月社文芸編集部の副編集長をしている白戸です。ずっと、二人の担当編集をしています」
「お二人は、それぞれどのような作家なのでしょうか?」
「どちらも……本当に手のかかる作家です。どっちも……問題児です」
白戸さんの言葉に、会場が沸く。
「最初の頃の阿久津くんは制御不能。碇くんは書けるのに書かないから制御不能。ほんと……志築さんがいなかったら、こんなに本は出てないですよ。僕は志築さんを、密かに影の編集長とあがめていました。彼女の言葉がないと、この二人は動かないんですよ」
今日の白戸さんは、対外的なできる男モードではない。
ほとほと疲れ切っている中年男性モードになっている。つまり、素だ。
「担当作家同士での戦いとなって、お心苦しいと思います。あえて、あえて言うとすれば……どちらの先生の作品が
「いや、どっちでもいいです。とりあえずどっちかが直木賞とれば……僕は編集長です」
急に顔を作り、カメラに向かってニヤリと笑う。
すっごく悪い顔。ネットで中継を見ている人たちは、確実に画像保存しているだろう。
白戸さんは会場のどよめき混じりの笑いをハハハと痛快に笑い飛ばし、
「この二人は、賞を取っても取らなくても、書き続けますから。面白い物語を待つ一ファンとしては、今日のことは大事ではないんですよ。面白い話をありがとう、二人とも。これからもずっと楽しみにしてるよ」
そう結んだ。
大きな中継カメラが、白戸さんから志築に向く。
俺の隣の志築が、俺や碇よりも柔らかな態度で話し始める。
「志築麻衣と言います。二人とは中高と一緒で、今は宮国市役所で働いています」
今日の志築は、白戸さんを含めても一番大人びている。聖女の貫禄がある。
「私ができるのは昔話ぐらいですが……二人とも、中学の頃から変な男子でした。最初の印象は……碇くんの方が変でした。阿久津くんは、背伸びして変なふりをしようとしていた普通の男子でした。正直、二人とも好感が持てる男子ではありませんでした。碇くんは何を考えてるのか全然わからないし、阿久津くんは考えてることがわかりやすすぎて……」
「二人と同じクラスで、学級委員をされていたんですよね?」
「はい。ですから、デスバ島が出た時は最悪でした。学級委員の女の子が、作中でとにかくひどいことされていて。外見も設定も私と似ていて、当然、学校ではそうじゃないかという噂も立ちました。仕方なく髪型を変えて、
会場が、志築の話に聞き入っている。
「でも……高校でも一緒のクラスになって、見ていて気づいてしまったんです。この人たち、すごく面白い話を書くって。決して楽な道じゃないのに、一生懸命、苦手を克服しながらでも書こうとするって。高校で二人がしていたことは、部活や勉強と言うより仕事でした。面白いものを作って世に出し、親しくない遠慮もしない人たちに見せて、その評判を問う仕事。作家の中では、彼らは上手くいってる方なのでしょうが……それでも、側で見ていた私は、彼らの創作がぜんぜん
拍手が、さざ波のように広がっていく。
そしてすぐに、
俺は考えている。直木賞を取ったら、志築にプロポーズしようと。
東京から帰る。だから、一緒に宮国で暮らそうと。
よかったら子供を作って、夕飯の後、みんなで同じ本の話をしようと。
ミステリ、サスペンス、ホラー、ジュブナイル、ノワール、幻想、伝奇、SF、ピカレスクロマン、ハードボイルド、時代、歴史、私小説、純文学……
たぶん、志築も待っている。
そのためには、この怪物――
俺たちが蘇らせてついに完成した、文芸の申し子を超えなければならない。
俺自身の物語の、最大最強のボスを。
「それでは、間もなく受賞作発表の時間となります! 果たして栄光は誰の手に!?」
「碇……『雷神の筆』、すごすぎた」
「『デスバ島10年』、泣いたよ。阿久津くん」
「でも、俺はお前の先を行く」
「いいよ。僕は君の上を目指す」
会場全員の声が揃って、大きなカウントダウンが始まる。
志築が、祈るように手を組む。
「二人とも、頑張れ」と、俺たちの天使がつぶやく。
暗い海から山の
庭の隅に立つのぼりがはためき、
「出ました! なんと! 今期の直木賞は――」
天高く、星々は強く輝いて――
宮国の夜空に、新たな物語の
(ノックバック 完)
ノックバック 糸魚川鋼二 @koji_itoigawa
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