第19話 EX:ネクロマンチスト

 夢を観た。

 心廻じぶん以外誰もいない劇場で自分のものではない人生ものがたりが映像としてスクリーンで流れている。

 主演たる少女は心廻も見知った相手であり、その少女とまみえることはもう二度とできない。

 故に自分は、無言ただスクリーンの物語を、少女の足跡を見続ける。


────


「分からないのか!?心臓を失いうろになった悲しみを!」


 少年の絶望に塗れた声が聞こえる。大事な愛犬の亡骸を抱き、私を弾劾する姿が目に焼き付いて離れない。

 何度も何度も思い返しては、その度に己の浅慮を呪い、自分を刺し殺してしまいたい衝動に駆られる。

 ───だがそれは逃避だ。結局のところ私はそれの何が悪かったのか理解できても本質的には共感できなかった。

 ただ一つ、彼を泣かせてしまった。その痛みで私は走り続ける。


 愛する心廻に全てを捧げるために、彼の未来のために。


 ────


 彼の愛犬を、家族をゾンビにしてしまったあの日からしばらく経っていた。

 それまで私は、私を『遺人わたし』として構成するものを断ち切っていた。

 まず『死霊魔術』の技術書を破棄した、私のような『死霊使い』が生まれる可能性など存在してはいけない。

 それを止めようとする家族をも殺した。激戦だったが、不意を突けば何とかなった。「『死霊使い』にとって死は通過点でしかない」と常日頃から言っていたのに、彼らの最期は惨めだった。

 ………親殺しは大罪だが、人間の死体を弄ぶ人でなしなのでその応報だ。そう納得してその手を汚した。無論自分にもその沙汰は遠からず下されるだろうが。


 そして私は私を育んだものを捨て去り、最後に丁寧に身支度を整えたのち、彼に謝りに行った。

 バリーを抱きかかえて泣く彼に、その場限りの言葉では誠意を示すには不十分であったし、反省の証は行動で表すのが、一般的な人の作法だと聞く。


 だからは私はこれからプロポーズをするかの如く、スーツの代わりに淑女然としたクラシカルなワンピースに身を包み、花束を携えるが如く、全てを捨てて得た誠意を携え、彼の自宅へと向かった。


 心廻の自宅はなんて事のない街では珍しくないごく普通の一軒家だった。

 時は夕暮れ、茜色に染まる空の下、私はインターホンを鳴らした。

 しかししばらく経っても誰もいない、日を改めるべきかと考えていると、家の中からドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。

 すわ荒事か?と途端に私は焦燥感に駆られ、家の中で不法侵入する。一応未成年であるし心廻ならば理解してくれると言い訳の理屈をねて庭の大窓から部屋の中を覗き込む。

 室内はなぜか真っ暗だったが、夜目を凝らして何とか様子を伺えた。

 眠っているのか気を失っている心廻が横になっており、ご両親がそのすぐ側で立っていた。……だが様子がおかしい。机の上に何かが載せられた銀色のトレイと一緒に心廻が横たえられており、ご両親その手に持っていたものが決定的に不味いものだった。見た目はさばき包丁のようだが、遺人が窓越しでも感じ取れる程に神秘を放っている。

 嫌に禍々しいそれは、側から見ると心廻はまな板の上の鯉で、今にも捌かれてしまうのではないかとい不安を感じさせる。

 二人は何かを話しているようだった。


「神秘が規定量に達した。感情値を見るとやはり、毒殺した犬の件が効果的だったらしい………」

「十年長かったわね………眠っているうちに、『聖遺物』まで加工しましょう」

「慎重にな『神骸』は我らの悲願だ」


 ………不穏な内容が聞こえてきた。少なくともそう判断できるほどの欠落した倫理覗かせる言葉を心廻の両親は発した。

 バリーのことは老衰だと思ったがそうではなかったらしい。

 誰かにとって大切なものを利己の為に殺すことは、許されない事だが………私には糾弾する権利はない。権利を持つ彼も実の親に家族を殺されたことなども知らない方がいい。


 それよりも心廻のことだった。───『聖遺物』、聞き逃す訳にはいかない単語が聞こえた。

 『神骸』の意味は分からないが、『聖遺物』とは『神秘』を宿した道具のことだ。もし仮に心廻が『神秘』に関わりがあるとしても呼ぶのは『遺人』で『聖遺物』では無いはずだ。

 困惑と、分析で身動きができなくなっていると、私が覗きこんでいた真っ暗な部屋中を月が雲から姿を現し、大窓を抜け室内を月明かりに照らされる。


 そして私は見てしまった。物々しい『神秘』のさばき包丁は既に血に塗れ、心廻の横たえられた身体は赤く染まり、そしてその横の銀のトレイには、赤色と鈍色に光る心臓が置いてあることに。何が起きたか答えは明白だった。


 瞬間、。否、。血が沸騰し、自分でも信じられないほど殺意が膨れ上がる。

 何かにこの殺人衝動を植え付けられたかのような不自然さと気持ち悪さを感じながら、それでも心廻の安否には代えられないと意識を目の前の惨劇に戻す。


 すぐさま、使役していた人型のゾンビを数体召喚し、窓ガラスを叩き割らせる。


「ッ!」

「なんだ!?」


 突然の騒音に中の二人は驚いている隙に、ゾンビ共々室内に入り込む。


 そこからはすぐだった。

 突然の事に動揺する二人をゾンビ達の物量で抑え込み制圧する。

 『神秘』を宿すさばき包丁で抵抗され、ゾンビが切り伏せられた時は、少し驚いたが、一体倒しても物量差を覆すことはできない。

 そして、拘束するよりも殺すだけなら戦いというものは簡単だ。


 後悔は無かった。心臓を抜き取られ、死体と化した心廻を見て、慈悲も残す余地は私の中で微塵もない。

 ゾンビ達を操り、心廻が失われた激情をただ八つ当たりのようにぶつける。

 我に返った時には、ご両親の身体の四肢はひしゃげ、首や足があらぬ方向へ曲がっていた。

 呆然と立ち尽くしながら、自分の手に視線を移すと、奪った『神秘』の包丁が握られている。腹の部分が月明かりを反射して己の顔を写す。

 その顔は、喜びも悲しみもなく、ただただ無表情で相手の顔を見つめ返していた。


 ───やっぱり、私はこの世にいちゃいけない存在だ。


 脳裏によぎるのは、骸となった犬《バリー》を抱きしめ泣き崩れてる心廻の姿。

 ………もし、彼の身体なら私でも涙を流せるのだろうか。


 ちらりと心廻の骸へ視線を向ける。

 そして今度こそ驚いた。


「く、ぁ……ぇ…ッ」


 心廻の身体は心臓が抜かれた状態でこちらを見ていた。

 霞む視界を懸命に凝らし、喉を震わせ、生きようともがいている。

 それを見て私は、私は………


「心廻みたいに、何かを愛することはできないや、ごめん]


 呟きながら心廻に近づく。意識が混濁してるのか、横たわる少年は何も反応を返さない。もしかしたら気絶してるのかもしれない。ならば残された時間は少ない。


 まず始めに私はトレイに乗せられた心廻の心臓を元に納める。これで傷が塞がる訳ではないが、代わりの心臓はないし、血管を縫合するのには必要だ。


「なッ!?」


 だがここで予想外の事が起きる。体外へ飛び散った大量の血液が心廻の心臓を中心に集まっていく。否、血液だけでなく、この場の『神秘』も、もしかするとそれ以上の範囲から心臓に吸収されていく。


「これは………人でも『遺人わたしたち』でも手に余る!」


 これでは心臓を速やかに抜かなくてはならない。

 本来はこの後血管を縫合し、無理やり死滅した血液ヘモグロビン使役ゾンビ化させ、全身に巡らせることで、応急処置をするつもりだったがこれでは叶わない。

 しかし加速度的に増加する『神秘』は現実へ影響を及ぼし、心臓自体が膨張し始める。このままではどんな作用に転化しても街を吹き飛ばす程の超常現象に発展してしまうかもしれない。


 私は慌てて心廻の身体から心臓を抜き取る。

 これで暴走する『神秘』の核たる心臓が無くなったことで、心廻が神秘に引っ張られ、人の枠を逸脱する事を防がれた。

 だがこれで解決とはいかない。


 ────私が心廻の心臓を抜く。

 この動作は『死霊使い』のゾンビを製造する呪術的要素を持つ。このままでは心廻はゾンビになってしまう。


「どうしよう……このままじゃ」


───心廻がゾンビになっちゃう、と私は焦る。

しかしそれでも良いのでは?──と悪魔のささやきが脳裏をよぎった。


 そうすれば、不死となった彼と私は半永久に共に在れる。

 自分でも驚くほど熱さと粘性を帯びた感情が胸の内から溢れ出る。

 目の前には瀕死で横たわる心廻、暴発しそうなおぞましき『神秘』の心臓。そうだ、これだけの窮地、きっと彼もわかってくれる。

 甘い誘惑に自分を言いつくろいながら納得しかけた時、あの日心廻に糾弾された時の言葉が思い起こされた。


────分からないのか!?心臓を失いうろになった悲しみを!


「………そうだね、それは君が一番嫌いなことだろうね」


 そうだ、彼は限りある生を悲しみはすれど、終わりなき時間を望んでいるわけじゃない。人として懸命にできるだけ長く生き、人としての尊厳を持ってその幕を引きたいのだ。………ならば、


「やっとわかったよ。為すべきことを、私の贖罪が」


 

 心臓を抜かれても血を巡らせる心臓があるならば、それはゾンビではなく血の通った人間だ。代わりの心臓も、例え死滅したとしても、『死霊使い』なら稼働させ続ける事など訳も無い。死はただの通過点でしかないのだ、迷うことはない。

 『神秘わたし』の心臓で生き延びることには拒否感があるかもしれないが、現実でもペースメーカーなるものが存在するのだ。これぐらいなら許されよう。


「………安心していいよ、これで君は『神骸』になんてならず『人間』として生きて行ける」


 これで私は死んじゃうけど気に病むことはない。どうせ謝ることもできず喧嘩別れのままの間柄だ。


「………なんて言っても失う事に怯える君には、この事実は荷が勝ち過ぎるかもしれない」


 でも君にはこの夜の出来事は醜すぎる。

 そうして使役したゾンビで身体を抑え込みながら、己の胸から心臓を無理矢理引き抜く。自身の身体から飛び散った血が跳ね、私の頬を伝い涙痕を残す。血を吐く激痛の中、それでも私は微笑みを絶やさない。


「けれど私は貴方に救われたから、変われたからいいの。これは私の愛の証明。死んでも注ぐ私だけの愛の心ネクロマンティック・ラブ


 そうして、臓腐クロエという少女は息絶えた。


 ────


「どう?お気に召したかな?」

「………何をだ」


 いつの間にか、隣の席にはアルビノの少女が座っていた。気配は完全にしなかった。いや、今も認識はできてはいるがそれも酷く希薄で辛うじて感じるのみだ。


「『神秘』に身を置く『遺人』の醜さを。結局私達は心廻の言う通り、あるべき場所から逸脱した、この世に存在してはいけないもの」

「そういう話じゃなかっただろ。伽藍だとお前を詰った当人おれこそが空っぽだった。これはそういう話だろ」


 そう、勘違いした人間もどきのただの滑稽な話とその伽藍の人形を愛した少女がそれを目一杯の愛を捧げてしまった物語だ。


「………そもそもお前はこの後、ゾンビとして普通に生き延びてたけど、あの騒動は結局何だったのだ?」

「知らないよ、『心臓わたし』の記憶はここまでだし……まぁあっちの私の考えは察しが付くよ。……多分心廻の『願望機』を抑え込むのに限界だったんでしょ」


 ───あれは確かに『願望機』足りえるけど、そのために世の理を塗りつぶしてしまうものだったからね。

 そう少女は正確な意味では別存在である自身の行動を、あの夜の騒動を推察する。

 もし、もしそうなら、臓腐クロエという少女はその生を、その死後すらも心廻にささげたことになる。その少女の献身に思わず感嘆の言葉を零してしまう。


「………途方もないな」

「そうだね、あっちの彼女の思いの丈は私にさえ分からない。それはあの子だけの恋だった証左。六年間、心臓こころを捧げてさえ残ったその身に迸る慕情で、少女はその恋を完遂させたんだ」


 かつて臓腐クロエと呼ばれた心臓しょうじょはもう一人のしょうじょへ賞賛の言葉を口にする。あくまで恋に殉じ切った彼女と自身は別なのだと。


「君が言ったんだ、死んだらそれでお終いだって。だから君に心臓を捧げた」


 今や己の一部である心臓しょうじょは不安げな面持ちで、だが確固たる意志を赤い瞳に乗せながら問うてくる。


「それでも………それでも心廻は今でもゾンビが………人の生に反目する『死霊使いわたしたち』の存在が許せない?」

「………あぁ、それでも俺は許せない」

「そっか………でもやっぱり私は貴方に救われたから変われたからいいの。これから貴方の人生を支えられるのならこれ以上の喜びはないし」


 臓腐クロエはそう苦笑して、過去スクリーンと同じ言葉を再び吐く。そして話はもう終わりだと言うかのように席から立ち上がりその場を離れようとする。

 心廻は、僅かに逡巡する。やがてこれだけは伝えようと決心したように、それまできつく引き結ばれた口を開く。


「なぁ、ちょっと待ってくれ」

「………なに?」


 声を掛けられるとは思ってなかったのか、クロエは少し驚いたように振り返る。


「いや、何というか結局このままお開きだと収まりが悪いというか………」

「言いたいことがあるなら言ってよ、こっちまでモヤモヤする」


 こちらの歯切れが悪い様子にクロエは怪訝そうに眉を顰める言葉を催促してくる。我ながら情けない、次の機会はもうないのだと意を決して、かつて宿敵であり恩人でもある少女にその言葉を口にする。


「ちゃんと言えてなかったから改めて、

「………ッ、うん、どういたしまして」


 クロエは一瞬呆けた顔したが、言葉の意味を理解すると涙を滲ませながら泣き笑いのように破顔する。

 そうしてその言葉を最後に少女の気配は完全に消え、夢の終わりを告げるかの如く劇場を映す視界がぼやけていく。

 さぁ過去振り返る夢は終わり、生きるための明日が待っている。心廻は意識が微睡んでいくのに任せて眠りについた。


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ネクロマンティック・ラブ! ニアエラ @niaera

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