第18話 エピローグ


 後日、心廻はかつてケイトとドミニクの二人と出会った映画館近くのカフェに再び訪れていた。

 座した自分の目の前の机には、自分用のジンジャーエールとファミリーサイズのフライドポテトが広げられていた。

 ただ一人でそれを食べる訳ではなく、体面には相席する相手がいた。


「さて、今回も俺の奢りだ心廻君。食べながらでいいから存分に話そう。俺達がこたえられる範囲は全部話す」


 全身がギプスと包帯でグルグル巻きになりながらも、自身で注文したサンドイッチを器用に掴む青年、ドミニクと。


「むぐっ、もぐっ、………っぐん。………ふむ、なかなかいけるな、米粉パンケーキとやら………」


 フードメニューを制覇する勢いでガツガツと食する、が並んで座っていた。


「いえそんな、………いや、やっぱり何で生きてるんですか!?ケイトさん!?」


 心廻的には聞きたいことは山ほどあるが、まず始めにナズナとの告白で風のように現れ消えた筈の目の前のプラチナブロンドの美人について突っ込まずにはいられなかった。


「いや、ちゃんと一回死んだぞ、心廻少年。………あ、すいません!この季節フルーツのカスタードケーキっていうのを一つください」


 問われた当人は、さも何もおかしくはないという態度で、普通にカフェ店員に追加注文をこなしていた。

 それを横目にドミニクはため息を一つ零すと、補足した。


「ケイトは、………まぁ、心廻君の不死性と似たようなものだよ、こいつは残機制で限りがあるけど」

「同じ身体が複数ストックしてるだけだよ、記憶は据え置きでね」


 ───だから、君が前に来た時ジンジャーエールを注文してたことも覚えているよ。と補足する。

 数日前の他人の注文を覚えているのは、記憶どうこう以前に何で覚えているのか、前回同様に心廻は、若干引きつつキリがないので次の疑問に映る。何よりも知りたいことを尋ねる。


「ナズナは、………ナズナはどうなったんですか?」


 そもそも今日この集まりはそれを教えてもらえるとドミニクから聞いて、心廻はこの場に訪れていた。


 ナズナの告白を受けたあの夜の後、目を覚ますと胸の中にいた筈のナズナは、居なくなっていた。

 家中をくまなく探したが、どこにもおらず心廻は動揺したが、後ほど目覚めたドミニクと釜無が見かねて、後日説明するからと一旦家に帰らせられた。

 心廻が未成年という都合上、彼らの判断が全うだったし、自分の預かり知らぬ部分も把握している体だったので、その場は渋々受け入れた。

 故に心廻は、ナズナの行方がどうなっているのか気が気でなかった。(ちなみに釜無は今日この場にいない、彼女はそういう説明は他人に任せられるなら任せるたちだった)


「あー、それなんだが心廻君………」


 ドミニクは手にもっていたサンドイッチを皿に置き、奥歯に物が挟まったように、慎重に言葉を選ぼうとする。


「ん?、伊豆ナズナは死んだよ?」

「………………は?」


 驚愕で言葉を失した。


 ────


 最初は意味が分からなかった。

 ………だってそうだろう、彼女の自殺とも呼べる告白は、止めた筈だ。

 一世一代の少女の告白を受け止めた筈だった。そう彼女と言葉を交わしたと思っていた。なのに、


「なんでナズナが死んだって言うんですか?」


 無意識に一段低くなった声で絞り出すように尋ねた。

 何を根拠にそう断言できるのか。あの綺羅星の夜の顛末を知らない貴女が何故?と嫌味な部分滲み出てしまう。


「顛末はドミニク経由で聞いているよ。実際君はよくやったと思う。尊敬だってしてる。だから誠意として包み隠さず打ち明けよう」


 我を失いかけている心廻に、気分を害した様子はなくケイトは丁寧に答える。


「曲がりになりにも元死の裁定者である彼女が己の全てをかけて心廻少年を殺そうとしたのなら、それはある種、自分の死も裁定したことになる。己の権能によって彼女の存在は過たず消えた。だがそれも一時的なものだ。彼女にそこまで決定力はない。しばらくすれば、戻ってこれるだろう」


「それはいつなんです?」


 ケイトの説明に心廻は当然の疑問を返す。


「こればっかりは分からないとしか、数日か数年かはたまた数世紀か」

「なっ…!」

「おい、ケイト!またお前って奴は………」


 ケイトの遠慮ない、いっそ不躾な物言いをドミニクは咎める。相方に叱られては流石に罰が悪いのかケイトは言葉を続ける。


「なら探したまえ、伊豆ナズナが現代に舞い戻った時、いの一番に迎える為に」


 他の見知らぬに先を越されては誰かじゃ癪だろう?とケイトは発破をかける。確かに彼女の言う通りかも知れない。


「まぁ、私としてはわざわざそんな事しなくて良いと思うがね。むしろ君を害した者達だ。さっさと忘れて普段の日常に戻ってもバチは当たるまい」


 ケイトは心廻に助言をしつつも明け透けな所感を言う。無責任なとも言える言動もかえって本心の表れだと心廻でも察せられる。


「臓腐クロエと伊豆ナズナ、彼女らは、愛に殉じてその身を投じた。例え崇高な少女達の愛といえど彼女達をどう思うか君の勝手だ」


 ケイトの隣に座るドミニクは気遣わしげにこちらを見つめてくるが、彼女の物言いには何も言わない。言い方はともかく内容には大方同意見なのだろう。


「抱え込むべき傷か、消え去っていく糧か。君のしたいようにすればいい。彼女等は怨敵であり恩人だ。………何、薄情だとは思わないさ。踏みしめた大地の行く末を憂う者などいないだろう?」


 話しながらケイトは無造作に卓上のポテトを摘まむ。付け合わせにケチャップかマヨネーズ、どちらを浸けるかで迷っているのか、ポテトがふらふらと振り子のように二つの間で揺れていた。


「歩んだ事には変わりないのだから」


 だが結局ポテトは何もつけられずケイトの口の中へ放り込まれた。目を移すと皿の上のポテトはまだ山盛りで残っていた。


 ───


 話もひと段落し、先ほど注文した料理運ばれてくる。注文した当人は手元のスイーツを頬張るのに忙しく、代わりにドミニクが受け取っていく。渡された皿にはワッフルやスコーンにドーナツ、どうやらまだ食べ足りないらしい。おまけにバニラアイスが乗ったフラッペが次いで運ばれてくる。暴力的ともいえる甘味にコーヒーへ冒涜を感じつつ、心廻は目の前の二人へそもそもの疑問を口にした。


「そういえば、結局貴方達の正体って何だったんですか?」


 そういった瞬間、ケイトが顔を上げる。頬張られたスイーツを一息で嚥下し、待ってましたと言わんばかりに顔を綻ばせる。


「よくぞ聞いてくれた!改めて初めまして心廻少年。我ら現世に残った『神秘』を蒐集する者。表向きは治療研究事業企業、真の姿は『聖遺物』による被害を無くし、回収する『神秘』の秘密結社『Line Life Sciencesライン・ライフ・サイエンス』、通称『LLS』の特派員。『ブリキ』のケイト、『半魚』のドミニク。以後お見知りおきを!」

「……………えっと、」


 急に怪しい人からそのまま怪しい自己紹介を聞いてしまい、心廻は絶句する。


「そして心廻少年、君を『LLS』日本支部に勧誘しよう!」

「…………」


 ………今度こそ言葉を失うほかなかった。


「やっぱり引かれてるぞケイト………」


 相方の奇行と羞恥に耐えかねたような面持ちでドミニクはため息交じりにツッコミを入れる。


「なに!?それは困る!心廻少年、お姉さんがなにか奢ろう………!」


 いつかと同じようなことをいうケイトに心廻は苦笑を返すしかなかった。

 その後、紆余曲折を経てナズナに関しての情報を最優先で回してもらうことを条件に心廻は『Line Life Sciencesライン・ライフ・サイエンス』日本支部なる胡乱げな組織に所属する運びとなった。


 自分の中でナズナとの関係は未だに定まりきっていない。恋心なのか親愛なのか、もう一度会って見なければ分からない。そう、彼女と再び会いたい。これが目下で心廻が一番やりたい事だ。


 ならば全力でやろう。

 自分に未来を与えてくれたもう一人の少女に報いるためにも、怨敵も恩人も決め切るのには、まだ心廻は少女達を、世界を、知らないのだから。


────


 人気のない路地、日の光が入らず薄暗いそこは、町の住民ですら用がなければ近づかないその道で、コツコツと未成年特有の歩幅が短い足音が響いていた。

 その靴音を鳴らす人間の姿は一言で表すならば、「美しき少女」もしくは「可愛らしい人形」。

 年端のいかない可憐な少女であった。

 ウェーブがかった艶やかな金の髪は、さらさらと絹のように肩口まで延び、少女の歩みの度にふわりと揺れていた。

 レースがあしらえらたフリフリとガーリーな意匠がされたワンピースは少女の純真無垢さを引き立てている。

 

 およそ美しい外見とは似つかわしくない路地を少女は悠然と歩む。

 だがその歩みは目の前に立ちはだかった女性によって止められた。

 長い黒髪はローポニーテールで一つにまとめられ、セーターの上にパーカーを羽織り、タイトジーンズを履いた姿は、見る人に少女とは対称的に男勝りで姉御肌な印象を抱かせる。だがよく見ると所々に包帯やガーゼの応急手当がされた跡があった。

 少女は小ぶりな口を開き、鈴のような声を響かせた。


「あら、初めましてかしら『鎌なし』さん?」

「………何の用だ?」


 『鎌なし』と呼ばれた、否、心廻達に『釜無』と呼ばれてい女性は殺気だった剣呑な面持ちで問いには答えず要件だけを聞いた。


がどうなったか見に来たの。必要ならば引き取りに。………といってももうは起こった後だし、行く先は決まった後みたいだから見ようによっては無駄足かもね」

「………『神骸』を作ったのはお前か!」


 神へと至る万能の遺骸『神骸』、そんな『神秘』においてもおおそれたモノを作るには、大掛かりな設備とそれを準備する巨額の資金がいる。

 日本の辺鄙な地の一世帯だけで作るなど絶対に無理だ。

 だがそれを実現しうる強力なスポンサーがいるなら話は別だ。そしてこの少女にいたってはそれだけに収まらない。


「そうね、設計は私がやって、素体にんげんと作業は彼等に任せたわ。設計だけといっても完成させるのに数十年掛かったから個人的に気になってはいたのよ」


 平然と人体実験を行ったことを自白した少女はおよそ倫理感が欠如している物言いだった。それだけではなく、もし少女はその見た目以上の年月を生きているのならば、それは人に非ざるものだ。一笑に付すにしてもその少女らしからぬ成熟した物言いには説得力があった。


「自分の作品を取り返しに来たってか?」

「失敬な、今更ちゃぶ台返すつもりはないわ。無粋だもの」

「………どうだか」

「あの子は人の道を選んだ。なら私の中で『救うべき人間』に他ならない」


 そう毅然と告げる。少女性の化身のような幼子が救世を謳う。その言葉に釜無は何も言わない。ただ黙って少女の言葉を受け止める。


「しかし今更母親面するわけでもないけど、心廻あの子、中々に数奇な運命。………面白い。失礼、酷な人生になりそうね」

「彼はナズナの置き土産だ、お前に手は出させないぞ」

「そうではなくて、私は神骸として彼を生み、稀代の『死霊使い臓腐クロエ』肉体と未来を生み、貴方も言った元『死の裁定者伊豆ナズナ』は彼の精神と心を生んだ。いわゆる三者三様の『神秘』の縁を受け継いだ優良品種 《ハイブリッド》なわけでしょ?この先の苦労が目に浮かぶよう」

「お前をここでとっちめれば、苦労の原因は一つ減るだろうよ」


 全身から包帯が覗き見るからに満身創痍ながらも、釜無は目をギラつかせ、他者を寄せ付けない。ハーネスで留めていた手斧を背中から取り出しいつでも振り下ろせるよう構える。 

 殺気を放ち臨戦態勢に入る釜無に、少女は僅かに目を細めただけで、逃げるそぶりも見せず悠然と立っている。

 傍から見たら、凶器を携え襲い掛かろうとする不審者と襲われそうになっている少女という図だが、冷や汗を流しながらも釜無は油断なく、少女を見据えていた。

 高まる緊張感の中、先に口を開いたのは少女の方だ。


「よしなさい、弱いものいじめは嫌いだし、ケガをしてるなら猶更、向かう先は私じゃなくて病院よ。『ブリキ』のなら貴方の戸籍も上手い具合に誤魔化してくれるでしょうに」

「借りは作りたくないし、今私の目の前にいるのは『神秘』の陰謀家、世紀の大悪党、『天使の娘フローレンス・フロイライン』とあっちゃ逃げるわけにはいくまいよ」

「その名前は好きじゃないの、『あの人』は決して天使と呼ばれることを良しとはしなかったから………今は『夜鶯やおう娘々ここ』って名乗ってるの」

「娘々の意味分かって名乗ってるのかそれ………?」

「字面が可愛いから気にしてないわ………そうね、救世を謳うペテン師とは呼ばなかった事に免じてここは大人しく帰るわ。本当は心廻かれを一目見たかったけどしょうがないわね」


 そう言うと、夜鶯娘々は踵を返し、元来た道を帰ろうと、てくてくと歩きだした。

 襲い掛かることはできた。だがもし実行に移したら必ず自身は死ぬであろう脅威に釜無は動けない。

 構えた手斧は少女の姿が見えなくなるまで、下げられることはなかった。


────


 釜無の視界から消えた後も夜鶯娘々は人気のない路地をその小さな足で粛々と歩いていく。


「そう、救わなきゃいけない。心廻かれも救えなかったも、苦難と苦痛と屈辱に塗れた世界を全部変えなきゃいけないの」


 その悲壮な覚悟すら感じさせる独り言を誰も聞き届けることは無かった。ただただ少女は小さな一歩を踏みしめていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る