第12話 体育祭。(後半)


《 side 夏樹孝明 》


 体育祭は、あっという間に終わった。


 今年優勝したのは、三年だった。


 そして今、十五時半過ぎ。生徒会は体育祭の片付けと校内の確認作業に追われていた。


「あー、負けたのは悔しいが楽しかったなぁ!」


 タケがテント片付けをする傍ら俺に話しかける。

 どうやらよっぽど楽しかったらしい。


「だな」


 それに短い言葉で相槌を打つ俺。


 来年の今頃は、進路で忙しく学校行事を楽しむ時間なんてないのかもしれない。だから行事を楽しめるのは今年まで。


「つーか、夏樹が矢野呼んだときはびっくりしたなぁ!」


 思い出したようにしゃべりだすタケは、ケラケラしていて、


「なんでびっくり?」

「てっきりお題に好きな子とか書いてあんのかと思って!」


 あー、そういえば生徒会室でそんな話したっけ。


「……それ去年のお題だろ」

「まぁそーなんだけどさぁ、男子校っつったら定番っつーか! そういうのあった方が盛り上がるって実行委員も分かってんじゃね」


 たしかに、それが書いてあった方が盛り上がるんだろうなぁ。


「あー……そうだな」


 去年に引き続き好きな子というお題は、今年も含まれていた。


 実際、俺が引いたのがそれだったからだ。


 紙開いた瞬間〝好きな子〟って書いてあってびっくりして固まっちゃったんだよなー。


 まあもちろん、すぐに頭に浮かんだのは〝矢野くん〟だった。


 俺は、矢野くんのことが好きだ。


 多分、受験日のあのとき矢野くんを見かけたあの日から──…


 もしも仮に答えにくいお題を引いても大丈夫なように走る前にズボンのポケットから予備の紙を取り出していた。矢野くんの元に駆け寄る前にそれと入れ替えたわけだけど。


 矢野くんは〝一番仲良い後輩〟として呼ばれたと思っている。


 ほんとは〝好きな子〟として呼びたかったけど、体育祭という不特定多数の人前で矢野くんを好奇の目に晒すわけにはいかないから。


 だから、それは俺だけの秘密だ。


「それにしてもお前、矢野のことすげー可愛がってるよな」

「……そうだっけ」

「ああ。て、自分で気づいてねーの?」

「あー…うん、まあ」


 たしかに矢野くんに目をかけてる。そりゃ好きな子なら当然だ。

 けれど、周りのやつに気づかれると厄介なんだよなぁ。


「あっそ。でもさ、お前好きな子いるんだったらもうちょい自重しろよな」

「なんで?」

「あんまり矢野と仲良すぎたら勘違いされるぞ」


 勘違い……か。実際、駅前の女の子と矢野くんは同一人物だから勘違いされることはないけど。


 周りは、それを知らないし。


「そうだな、気をつける」


 適当に返事をする。


 矢野くんを可愛がってるのは、事実だ。


 だから、借り物競走のときだってどんなお題が出たとしても矢野くんを選ぶつもりだった。


 まぁ、先生とか仲良い同級生とかだったら仕方ないけど。


 そんなことより俺には気になることがある。


 それは、数週間前の生徒会室での出来事だ。


 タケに駅前で女の子といたところを尋ねられた。それに俺が、好きな子だと答えてから矢野くんが俺のことを少しだけ警戒している気がした。


 ──気のせいかもしれない。


 そう思って普通に接していたけれど、気がした、というのが確信に変わった。


 この前、生徒会からのプリントを渡しに行ったときだってどこかよそよそしく感じたし、さっき借り物競走が始まる前だって俺から距離をとるような態度だった。


 多分、矢野くんは俺が言ったあの言葉を気にしている。


 〝好きな子だから〟


 俺としては、直接本人に言ってしまいたかった。


 矢野くんが好きだよって。


 でも、避けられるのは悲しい。


 もっと一緒に過ごしたいし、ふつーに話だってしたい。今まで通りの関係でいたい。


 まぁ全部、俺の身勝手な言動が招いた結果なんだけどなぁ……


 男同士なんてふつー考えないのが現実だ。


 俺だって、対象は女だった。


 ──今年のニ月の受験日に矢野くんを見かけるまでは。


 男なのに可愛くて、そんなふうに思う自分に困惑して、もやもやした。


 そして四月になり、新入生が入ってしばらくして生徒会メンバーを一年から入れるってことになり、やって来た中にいたのが矢野くんだった。


 そこで、俺は再会を果たし、そして自分の気持ちがはっきりしたんだ。


 矢野くんのことを好きになって、半年。


 そろそろ我慢の限界が近づいていた。


「あー……やばいなぁ」


 思わずぽつりと呟くと、


「やばいってなにが?」


 横からタケが独り言に突っ込むから。


「そろそろ自制効かないなぁって」

「自制? なに、夏樹。喧嘩でもしてんの?」

「……いや、してないけど」

「じゃあ自制って何だよ!」


 作業を中断させて俺を食い入るようにガン飛ばすから、


「……いーや、なんでもない」


 どうせタケに言ったら言いふらされるのがオチだ。


 俺は、矢野くんに迷惑かけるつもりはない。


 自分の胸だけにしまっておくか、と作業を再開させると、


「っんだよ! 気になるだろ!!」


 盛大にタケの声が響いたが、それを気に留める余裕もなくて。


 これからどうすればいいか一人勝手にもやもやしていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女装した俺が、なぜか先輩に気に入られた件について。 水月つゆ @mizusawa00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ