あまりにも脳筋で、あきれるほど楽しい。



 勇者を辞めるため、ドラゴンを倒す。

 もしくは勇者を辞めさせるため、ドラゴンを倒す。


 ……何かが違う。そうじゃない感が強過ぎる。

 それでもニースは本気だ。ドラゴンを倒しに行くつもりでいた。


「ニース、ドラゴンがどんな存在か、分かって言ってるのか?」

「おう、モンスターの中で一番強い奴だろ」

「俺が万が一負けてしまえば、ドラゴンは人に勝てると判断してしまうんだ」


 アイゼンの言う事はもっともだ。

 協会がドラゴンを「伝説上の存在だ」と騙していたのも、それが理由だった。


 本当にドラゴン退治に向かわれ、むやみに刺激されては困る。

 だから、ドラゴンはおとぎ話だと吹き込んできた。


 ただ、ニースはこんな時だけ頭が働く。

 発想力だけは豊かなのだ。


「オレ勇者じゃねえもん。勇者が負けなきゃいいんだろ?」

「そうか、ニースがアイゼンの代わりに戦うという手もあった」

「勇者アイゼンさんのために戦うという事ですね、僕もお供しましょう!」


 脳筋組はドラゴン討伐に向かう気満々だ。


「ドラゴンってどこにいるんだ?」

「待て待て! そんな危ない所には向かわせられない! 俺のためだなんて」

「何言ってんすか。オレ、ドラゴン倒さなきゃ島に帰れねえんだぞ」

「あ、ああ、自分のためね。ごめん、なんか恥ずかしい早とちりした」


 会長と側近も、負けるのが勇者じゃなければ別に構わないと言い出した。

 負けた時の事を本人の前で堂々と語るのもおかしいが、むしろニース達を支援すると表明する。


「ボクも連れて行ってもらえないだろうか! 魔法もきっと役に立つ」

「そうだな。オレはヒールが得意なだけで、他の魔法は使えねえし」

「僕も、大きくなる事だけに集中してしまい、魔法までは……」

「それに世界を知って城に帰っても、ボクは何にも活かせない。せめて国への貢献に繋がる何かをしたいんだ。兄達の活躍と遜色ない何かを」


 三男坊に、王族としての活躍の場はあまりない。

 ジェインはお飾りの王族として生きるくらいなら、何か大きな事をしてみたくなった。

 会長達は、王族の支援があれば心強いと言い出す始末。


 これではまずい。全員火あぶりだ。


「待ってくれ! ドラゴン退治に失敗したら、全員火あぶりなんだぞ!?」

「負けた時点で命ねえよ、つかオレ負けないもん」

「いや、行かない俺の命まで巻き添えなんだが」


 ドラゴン退治に行った場合、もし運が良ければ生き残れる可能性がある。

 ニース達に任せても同じことが言えるものの、命を託すのはあまりにも心細い。


 何よりアイゼンの性格では、他人に任せて自分だけ助かる事が許せない。


「行っても、行かなくても、どうせ……ドラゴンに炙られるか、王室に炙られるかの違い、か」


 まさかの味方が追い詰めて来る展開に、アイゼンは大きくため息をついた。

 しかし、ため息とは裏腹に、アイゼンの中で今までにはなかった気力が生まれていた。


 アイゼンが勇者になったことで、故郷の村は目覚ましい発展を遂げた。

 困っている人々の役にも立ってきた。

 勇者として、出来る事はもう終わったと思っていた。


 しかし、勇者になった時の目的の1つは、まだ果たされていない。


「そうか、そうだった。俺は……今までの勇者が成せなかったドラゴン退治を夢見ていたんだ」


 アイゼンの目に、勇者になりたてだった頃の光が戻った。


「会長。俺の後は勇者の代理を何名か募って欲しい」

「え?」

「ドラゴン退治に向かっている間、当然ながら困っている人々の役には立てない」

「それはそうだが……」


 勇者としてドラゴン退治に加わる事は出来ない。

 けれど、アイゼンは自分も一介の冒険者として活躍したくなった。


 ドラゴン退治もできて、かつ万が一の際、勇者が負けたという構図にもならない。

 そのような策が必要だ。


「各国から選抜で1名選出し、勇者としてその国の護りに就かせるのはどうかなと」

「ということは、万が一の際は、その中から勇者を……」

「ええ。討伐が成功したなら、勇者の仕事は国の護りとしてもいい」


 アイゼンが勇者を退く事は、おおよそ噂として広まった。

 次の勇者の座を狙う者は大勢いる。


 勇者制度の中身を変えるのであれば、今のタイミングが一番良い。

 最初から役割を明確にしていれば、勇者の仕事から小間使いを排除できる。


 ただ、それには問題点もあった。


「もしドラゴンを退治出来たなら、アイゼンが勇者扱いされないかい?」


 ジェインの疑問はもっともだ。

 仕事としての勇者職と、皆の英雄としての勇者は異なる。

 どちらが称えられるかと言えば、もちろん後者だ。


 しかし、そんな問題点はニースの言葉であっさり解決されてしまう。


「ドラゴンを倒したか倒してねえか、誰も分かんねえんだからいいじゃん」


 ドラゴンなど、誰も生きている姿を見ていない。

 代替わりの度に討伐に向かった事にされる勇者でさえも、ドラゴンは存在していないと思っているくらいだ。


「そうか、人々はドラゴンがいると信じているけれど、誰も見ていないんだ」


 ドラゴン退治に向かえない理由はなくなった。


「マァーォ」

「ネッコ、ドラゴン倒したら一番にお前に喰わせてやっからな」

「グルル……」


 4人と1匹は協会本部で今後の方針を固め、清々しい思いで建物を後にする。

 これからはもう勇者ご一行ではない。ドラゴンを討伐するための冒険者としての旅が始まるのだ。


「さて、と。これでアイゼンも晴れて元勇者だな」

「ああ。明日にでも各国で勇者の募集が行われる」

「アイゼンさんが元勇者になったって、僕の中での勇者はアイゼンさんです!」

「おい、もう違うってのに勇者呼ばわりとか失礼だろ」

「では、僕の英雄です!」


 アーサーが誓いを新たにしたところで、ニースが鞄から大金を取り出した。


「まあいいや。んじゃ、報奨金で装備買おうぜ!」

「そうだね。今はこんな汚いお金しか用意できないけど、使ってしまえば分からない」

「おいおい、別に盗賊から盗った訳じゃない。資金洗浄のように言わないでくれよ」

「100万エル以上あるんだぜ? な、盗賊って金になるだろ!」

「捕らえるのが、だ。誤解を生むような発言もやめてくれ、もう胃が痛くなるのはこりごりだ」


 胃が痛む事も、アイゼンは自身のネタとして笑えるようになっていた。

 どうせなら全員で装備のデザインを揃えようか、ドラゴン退治の前に少し寄り道をしようか。

 アイゼンの口から、そんな前向きな言葉も生まれてくる。


 かつてアーサーは、アイゼンとの出会いによって、自分の人生を決めた。


 アイゼンとジェインは、ニースとの出会いによって人生が変わった。


 ニースの人生もこれから変わる事だろう。


 けれど、ニース自体はきっとずっと変わらない。


「あ! 見ろよあれ!」


 ニースが街路樹の幹で何かを見つけた。

 近寄ってその何かを嬉しそうに摘まみ上げる。


「このつる! このこぶみたいな芋ね、食えるやつ」


 退治屋ニース、王子ジェイン、元勇者アイゼン、忠犬拳闘士アーサー、猫モドキのネッコ。


 旅に出た理由も境遇も、性格も得意な事も全部バラバラ。

 でもなぜかどこか収まりがいい。


 こうして、そんな4人と1匹のドラゴン退治の旅は、ようやく始まった。




【Nice】あまりにも無謀で、あきれるほど強い。  end.




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【Nice】あまりにも無謀で、あきれるほど強い。 桜良 壽ノ丞 @VALON

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