もうひとつのプロローグ
第43話
会場となった国立スタジアムは、まだライブが始まる前だというのに――詰めかけたファンたちの歓声で溢れ返っていました。
モニターには、空撮カメラのライブ映像が表示されています。
五万人を超える観衆が、アリーナとスタンド席を埋め尽くしています。何度見返しても、現実とは思えないような光景です……。
これから始まるのは【シークレットシーク】結成四年目にして迎えた、ファイナルライブ。
わたしたち三人は、モニター越しの映像をそろって見つめていました。
「いやぁ、しかし……すごいことになったよねー、おとみん」
「うん。なんだか、あんまり実感湧かないよね」
「みなみ、今から緊張しすぎてヤバいっすよ……マジ心筋バクバクっす……」
「あはは……みなみちゃんは、最後まであがり症だね」
「いやいや、おとみんが強心臓すぎるんすよ……あかねちんは? ビビッてないすか?」
「アタシ? いや、ないない。数万人規模の人ライブなんて、何回もやってきたワケだし?」
「言うわりに、めっちゃ指先震えてるっすよ……」
「う、うっさいっ! 余計なとこ見んなしっ!」
……ふふっ。やっぱり二人とも、面白いなぁ。
この二人とユニットを組んでしばらくは、こんなに仲良くなるなんて思いもしませんでした。
だって仲間っていうか、ライバルというか……いや、「敵」に近かった気がするので。
だけど、とある夏を境に――わたしたちシクシクは、メンバー同士で競い合うこともなくなりました。
わたしたちのプロデューサーが、売り方を大幅に転換したんです。
それからはお互いの距離も縮まっていって。そうしたら、売り上げも人気も、どんどんうなぎ上りになって。
――昨年には、念願の紅白出場も果たすことができました。
そして、今。
わたしたちは無事、三人そろって……ゴールテープを駆け抜けることができそうです。
「――いよいよだね。わたしたちも……ここまでやってきたんだね」
「……ちょ、なんすかおとみん! 急にしんみりっすよ!」
「えへへ。……なんかね。いろいろあったから、余計に」
「ま、確かにねー。イロイロあったよね。アタシら」
「四年もやってると、そりゃあるっすよ……。結局、最後までクリーンだったの、みなみだけだったってオチっすけどね!」
「……アタシのは、あれはねぇ、しょーがなかったのよ。若気の至り!」
「いやいや、さすがに彼氏バレは激マズっすから」
「うぐ……でも、おとみんだって! 彼氏っぽい子はいるじゃん⁉」
「ああ、そういえば、おとみんもそうだったっすね。確か、アイドル辞めたら付き合うんすよねー? その約束、まだちゃんと生きてるんすか?」
「うんっ。昨日も連絡とったし、ばっちりだよ」
「……はぁ。ホント、ウチらのリーダー様は要領がいいというか、なんというか……」
「まあ、おとみんも最後まで『らしい』っすよね」
控えめに、わたしはくすくすっと笑います。
ライブが始まる直前の、三人でするこんな感じのやりとりの時間が……わたしはたまらなく好きなのでした。
『シクシクのみなさーん。本番三分前でーす!』
イヤーモニターを通じて、不意にディレクターさんの声が耳に届きます。
「お。……いつものアレの時間、っすね」
「まったく。あんなのやらないでも、アタシは最後まで集中できるっつの!」
「とか言いながら、素直に右手は貸してくれるんすよね」
「いい加減にしないとそろそろぶっ飛ばすからね、みなみ……⁉」
「あーはいはい、すんませんっす」
「もう……二人とも? 最後なんだから、ちゃんとやる!」
わたしが目配せをすると、みなみちゃんもあかねちゃんも、それぞれのやり方でアイコンタクトを取ってくれます。
「……いくよーっ! シークレットシーク――」
「「「ふぁいとー、おーーーーっ‼」」」
わたしたちの声が、ステージ裏に高々と反響しました。
空高く掲げられた三つの手のひらを合わせて、お互いにハイタッチ。
弾けるような笑みで、わたしたちは顔を見合わせます。
振り向いた先には――煌々としたライトに照らされた、巨大ステージ。
――みんな、ちゃんと観てくれてるかな?
パパ。ママ。
詩音さん。
こころさん、京太郎さん。ひなたさん。
それに、悠くん……。
わたしね、やっとここまで……歩いてこれたよ。
残す道のりは、もう目と鼻の先の距離しかないけど――、
「……ちゃんと観ててね、みんな」
誰にも聞こえない声で、そっとつぶやいてから。
大切な大切な、二人のパートナーを引き連れて。
今にも届きそうな大舞台へと――この小さな一歩を、わたしは踏み出しました。
幼なじみの都落ち わなび @isaka246
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