逢魔が時の配達

きと

逢魔が時の配達

 山と山の間に夕日が沈んでいく。その美しい光景を、仕事そっちのけで写真を撮っている男の姿があった。

 某運送会社の制服を身にまとったその男は、浅水あさみずという。身長は、男性にしては低い方で、体重は標準体重より少しだけ上。だが、お腹が出ているわけではなく、シルエットはすらっとしていた。髪は、今は帽子に隠れていて分かりにくいが、短く切りそろえてさわやかだ。だが、残念ながら顔は中の中なので、彼女はできたためしはない。

 一通り写真を撮った浅水は、息を吐いてから腕時計を見る。時刻は、17時半を少し過ぎたところだった。

「っと、急がないと」

 次の客からは、18時くらいに来てほしい、という注文が入っている。配達先は、もう10キロほどの場所なので、時間的には余裕があるが、急ぐに越したことはない。

 浅水は、中型のトラックに乗り込んで、すぐに走り出す。

 周りの田園風景を見るとつくづく実感するが、この辺りには本当に農家しかいない。それほど大きくない地方都市のさらに外れの方になると、こうなるのは必然なのだろうか?

 どこまでも続く畑とたまに現れる家を見ながら、浅水は思い出す。

 ――そう言えば、先輩が行方不明になったのって、この辺りだっけ。

 つい2週間ほど前の話だ。浅水の先輩社員である女性、安曇あずみが配達を終えて帰社する間に行方が分からなくなったのだ。当然、会社でも話題になり、警察にも届け出た。捜査が始まってから、すぐに使っていた会社のトラックと携帯電話は見つかった。だが、必死の捜査も実を結ばず、今も彼女は見つかっていない。

 安曇は、浅水と同じくくらいの身長で、髪の長い女性だ。スタイルはお世辞でもいいとは言えないが、それが髪型と上手くマッチしており、大和撫子やまとなでしこのよう見た目だった。そして、優秀で厳しい人だった。周りの同期どころかさらに上の先輩社員でも、怖がられるような人物だった。でも、出来の悪い浅水を見捨てずに何度も仕事を教えてくれた。それが、何度も言われたことでも根気強く。だから、浅水は安曇が早く見つかることを祈っているし、もしできるのであれば、浅水は自分で見つけたいとも思っている。

 そんな彼女が、最後に配達したのがこの辺りの家だったはずだ。実際にトラックが見つかったのも、ここ辺りから数キロ離れた場所だった。そして、時間もちょうど今と同じく夕方ごろだったと予測されている。

 安曇のことを思い出していた浅水の頭に、ふと浮かぶひとつの単語。

 逢魔おうまが時。

 昼と夜が移り変わる時間で。

 化け物や魔物に警戒する時間帯だ。

 もし、安曇が本当にこの逢魔が時にいなくなったとしたなら。

「……まさかな」

 浅水は、小さくつぶやくとアクセルを踏み込んだ。


 最後の配達先にたどり着いたのは、17時50分と少し早めの到着だった。

 だが、時間のことよりも浅水あさみずは、目の前の家の大きさに圧倒されていた。まず、車が3台あるし、畑仕事で使うであろう特殊な乗り物がさらに5台。そして、豪邸ごうていといっても差し支えない建物のほかに倉庫があるし、それとは別に、用途が分からない小さな建物もある。小さい、といった離れもあくまでもこの敷地の他の建物と比べての話で、車が数台は入るガレージくらいの大きさだ。下手をすれば、浅水が住んでいる1DKの部屋より大きいかもしれない。どうやら、相当もうかっているらしい。

「……農家に転職しようかな」

 思わず目の前の豪華なエサに食いついてしまいそうになるが、農家は楽な仕事ではない。天候次第で作物がダメになるし、酪農は動物相手なので一日も休みがない。逆に農家からすれば、運転して目的地に荷物を運ぶ運送業はとても楽に見えるだろう。隣の芝生しばふは青く見えるのだ。

 それに、浅水は安曇あずみとまた一緒に仕事がしたい。転職を選択する理由はなかった。

 いつまでもっているわけにもいかないので、浅水はトラックの荷台の扉を開ける。この家に届ける荷物は全部で6つ。細長く軽い荷物が4つ。この中で一番重く、縦に持つと浅水の胴体と同じくらいの大きさの箱が1つ。そして、引っ越し用の段ボールを半分にしたくらいの物が1つ。これは、ボーリング玉くらいの重さだった。

 浅水は、ひとまず細長い荷物を重ねて4つ持とうとする。だが、意外と重いし、なかなかバランスが取りにくい。中身はどうやら、左右対称の物ではないようだ。

 仕方なく細長い荷物は、2回に分けることにして住居と思われる建物へと向かう。入口まで着くと、表札とインターホンがあった。ここが、住居で間違いなかったらしい。

 浅水は、豪邸の持ち主が相手ということで、少しだけ緊張しながらインターホンを鳴らす。しばらくすると、インターホンから声が聞こえてきた。

「……はい?」

「宅配便です。サインをお願いいたします」

「ああ、どうもありがとうございます。少々お待ちください」

 配達員をしていると、横暴おうぼうな客に出会うことも多かったが、この声の主は丁寧ていねいな対応だった。変にこじらせたお金持ちでなくてよかったと、浅水は息を吐く。

 1分ほど待つと、扉が開く。現れたのは、つえをついた優しい顔つきの老婆だった。

「すみませんねぇ。年を取って歩くのが遅くなってしまって」

「いえ、大丈夫ですよ。ええと、九鬼くきさんでお間違いないでしょうか?」

「ええ。サインはどちらに?」

 言われて浅水は、伝票を取り出し、九鬼にペンを渡す。九鬼は杖を靴箱に立てかけて、ペンを受け取り、サインを書く。杖がないとどうしてもふるえてしまうようで、文字は少しゆがんでいた。

 ペンを浅水に返した九鬼は、杖をつかみ直して口を開いた。

「ええと、お兄さん。少し頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「見ての通り、私は杖をついているので、荷物を運べないんですよ。もしよろしければ、荷物をあちらのはなれに運んで下さらない?」

 そう言って、九鬼はゆっくりとガレージ程の大きさの建物を指さす。

 正直言って、浅水あさみずはめんどくさいと思った。だが、

「もちろん、いいですよ」

 と笑顔で答えた。

 九鬼からの頼みは、入社したばかりの浅水なら断っていただろう。でも、そうしなかったのは、安曇あずみの教えがあったからだ。

『いい? 浅水。私たち配達員はね、荷物を届けるだけじゃないのよ。例えば、割れ物だったら一言、気をつけてくださいくらいは言う。荷物を重たくて運べない女の人がいたら、部屋に入っていいか許可を得て、中まで運んであげる。そう言う心遣こころづかいが巡り巡ってあなたの成長につながるの。利を求めるだけが、商売じゃないのよ。肝にめいじておきなさい』

 九鬼の頼みを断れば、浅水はさっさと会社に戻って帰り支度をしていただろう。でも、それではダメなのだ。この利益を求めない行動も、きっと自分のためになる。そして、安曇がいない今の会社を支えることにもつながるはずだから。

 鍵を取ってくるから先に行っててほしいと九鬼から言われて、荷物を持ったまま離れの前に立つ浅水。空は写真を撮っていたころに比べて、薄暗くなっていた。

 しばらく待っていると、ゆっくりと九鬼が杖をついて歩いてくる。

 九鬼は、浅水に一言待たせてしまったおわびびを言うと、離れの鍵を開けた。離れの中は、カーテンをしているのか、空と同じように薄暗い。目の前には、すりガラスの扉があった。浅水はひとまず玄関に入ると、九鬼にたずねる。

「荷物は玄関に置きますか? よろしければ、奥までお運びしますが」

「いいんですか? それではお願い致します」

 というわけで、靴を脱いで離れに上がる。すりガラスの扉を開けると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 部屋は、大きな和室だった。何畳なんじょうなのか浅水には見当もつかないが、例えるなら時代劇で殿様が鎮座ちんざするあの長い部屋を少しだけ縮小したような場所だった。そして、異質を放っているのは、部屋の一番奥。あれは……、

祭壇さいだん?」

 かなりの大きさの雛人形を飾るような棚。棚の一番上のど真ん中には、何をモチーフにしているのか分からないが不気味な大きな木彫りの像。その一段下には、大きな赤い皿と、赤い蠟燭ろうそく。さらに一段下には、中くらいの四角い皿と、そのわきに細長い皿が4枚。そのどれもが赤かった。そして、余ったスペースには、真ん中の像と同じような何かわからない木彫りの像がいくつも並べられていた。

 浅水が気味悪がっていると、九鬼が口を開いた。

「すみませんねぇ。不気味ぶきみでしょう? でもこれが、私たちの信仰なんです」

 どうやら、祭壇は九鬼が信じる宗教に必要なもののようだ。

 ――まぁ、なんでもいいか。

 宗教には興味がない浅水は、適当に相槌あいづちを打つ。

「それで、どこに荷物を置きましょうか?」

「そうですねぇ、祭壇の左端でお願いします」

 言われて、浅水はテキパキと荷物を運ぶ。一番重い荷物とボーリング玉ほどの重さの荷物を一度に運ぼうとしたが、落としそうになったので断念。結果として、4回トラックと離れまで往復する羽目になった。

 最後にボーリング玉ほどの重さの荷物を運んでいる時、浅水はふと思う。

 ――確か、人間の頭ってこのくらいの重さだっけ。

 あの不気味な祭壇を見て、思考が物騒ぶっそうになってようだ。そして、思う。この荷物を祭壇まで運ぶということは、祭壇に必要なものなのだろうか。ということは、この中身も木彫りの像なのかもしれない。荷物を置いてあらためて祭壇を見ると、映画やゲームみたいで何だかワクワクする。先程まではどうでもいいと思っていたが、荷物の中が少し気になるな、なんて浅水が思っていると。

「よろしければ、開けてみますか?」

「へ?」

「信じている神様のことですから。できれば深く知ってもらって、偏見へんけんを無くしていきたいんですよ。それに、気になるなって顔に出てましたよ?」

 流石、年齢を重ねているだけあってするど洞察力どうさつりょくだった。勧誘されているのかもしれないが、ここで断るのも悪い気がする。

「じゃあ、一つだけいいですか?」

 浅水あさみずの言葉に、九鬼くきは柔らかく微笑ほほえむ。

 浅水は、細長い荷物の1つの前にしゃがみ込む。ふたをしているガムテープをゆっくりとがしていく。

 ――さて、鬼が出るか蛇が出るか……ってな。

 そんな期待と怖さが混じりあった気持ちで段ボールを開く。


 緩衝材にされていた新聞紙の奥にあったのは、人間の腕だった。


「……………………………………………………………………………あ、………え?」

 思考が止まる。頭が真っ白になる。

 これは、マネキン人形ではない。本物の腕だ。

 ギギギッと油が切れた機械のように首を動かして、他の荷物を見る。

 引っ越し用の段ボールを半分にしたくらいの大きさの箱は。

 ボーリング玉くらいの。

 重さ。

 一番重い中くらいの荷物は。

 ちょうど浅水の胴体と同じくらいの。

 大きさ。

「っ!?」

 浅水の頭に、強い衝撃が走る。衝撃を与えたのは、言うまでもなく九鬼だった。

 浅水の頭から生温かい液体が流れてくる。それを見た九鬼は、歩くのに必要なはずの杖を落とし、すたすたと歩いて、祭壇の正面に立ち、手を合わせる。落ちた杖には、赤い液体が付着していた。

「ああ、我が神よ。新たなるにえをありがとうございます……。ありがとうございます……」

 ふらふらと浅水は立ち上がろうとするが、足元はおぼつかない。それでも、逃げなければ。九鬼がこちらを見ていない今のうちに。

 転びそうになりながらも、玄関に辿り着く。

 その時、扉が開く。

 そこにいたのは。

「……警察!?」

 紛れもない、警察官の男だった。

 ――やった! 俺は、助かったんだ!

 思わず、涙が出てくる。生きているというのは、ここまで尊いものだったのか。

 警察官は、浅水にまぶしい笑顔を見せると。

 思い切り、浅水の頭に警棒を振り落とした。

 浅水は、喜びのあまり見えていなかった。

 警察官が突然ここに現れた不自然さも。

 そして、狂っているのは九鬼だけではないという可能性も。

 遠のく意識の中で、浅水は声を聞く。

司祭様しさいさま。この贄はどう致しますか?」

「いつも通りに」


 次の日、とある地方都市の行方不明者の人数が1人増えた。

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逢魔が時の配達 きと @kito72

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