逢魔が時の配達
きと
逢魔が時の配達
山と山の間に夕日が沈んでいく。その美しい光景を、仕事そっちのけで写真を撮っている男の姿があった。
某運送会社の制服を身にまとったその男は、
一通り写真を撮った浅水は、息を吐いてから腕時計を見る。時刻は、17時半を少し過ぎたところだった。
「っと、急がないと」
次の客からは、18時くらいに来てほしい、という注文が入っている。配達先は、もう10キロほどの場所なので、時間的には余裕があるが、急ぐに越したことはない。
浅水は、中型のトラックに乗り込んで、すぐに走り出す。
周りの田園風景を見るとつくづく実感するが、この辺りには本当に農家しかいない。それほど大きくない地方都市のさらに外れの方になると、こうなるのは必然なのだろうか?
どこまでも続く畑とたまに現れる家を見ながら、浅水は思い出す。
――そう言えば、先輩が行方不明になったのって、この辺りだっけ。
つい2週間ほど前の話だ。浅水の先輩社員である女性、
安曇は、浅水と同じくくらいの身長で、髪の長い女性だ。スタイルはお世辞でもいいとは言えないが、それが髪型と上手くマッチしており、
そんな彼女が、最後に配達したのがこの辺りの家だったはずだ。実際にトラックが見つかったのも、ここ辺りから数キロ離れた場所だった。そして、時間もちょうど今と同じく夕方ごろだったと予測されている。
安曇のことを思い出していた浅水の頭に、ふと浮かぶひとつの単語。
昼と夜が移り変わる時間で。
化け物や魔物に警戒する時間帯だ。
もし、安曇が本当にこの逢魔が時にいなくなったとしたなら。
「……まさかな」
浅水は、小さく
最後の配達先にたどり着いたのは、17時50分と少し早めの到着だった。
だが、時間のことよりも
「……農家に転職しようかな」
思わず目の前の豪華なエサに食いついてしまいそうになるが、農家は楽な仕事ではない。天候次第で作物がダメになるし、酪農は動物相手なので一日も休みがない。逆に農家からすれば、運転して目的地に荷物を運ぶ運送業はとても楽に見えるだろう。隣の
それに、浅水は
いつまでも
浅水は、ひとまず細長い荷物を重ねて4つ持とうとする。だが、意外と重いし、なかなかバランスが取りにくい。中身はどうやら、左右対称の物ではないようだ。
仕方なく細長い荷物は、2回に分けることにして住居と思われる建物へと向かう。入口まで着くと、表札とインターホンがあった。ここが、住居で間違いなかったらしい。
浅水は、豪邸の持ち主が相手ということで、少しだけ緊張しながらインターホンを鳴らす。しばらくすると、インターホンから声が聞こえてきた。
「……はい?」
「宅配便です。サインをお願い
「ああ、どうもありがとうございます。少々お待ちください」
配達員をしていると、
1分ほど待つと、扉が開く。現れたのは、
「すみませんねぇ。年を取って歩くのが遅くなってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。ええと、
「ええ。サインはどちらに?」
言われて浅水は、伝票を取り出し、九鬼にペンを渡す。九鬼は杖を靴箱に立てかけて、ペンを受け取り、サインを書く。杖がないとどうしても
ペンを浅水に返した九鬼は、杖を
「ええと、お兄さん。少し頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「見ての通り、私は杖をついているので、荷物を運べないんですよ。もしよろしければ、荷物をあちらの
そう言って、九鬼はゆっくりとガレージ程の大きさの建物を指さす。
正直言って、
「もちろん、いいですよ」
と笑顔で答えた。
九鬼からの頼みは、入社したばかりの浅水なら断っていただろう。でも、そうしなかったのは、
『いい? 浅水。私たち配達員はね、荷物を届けるだけじゃないのよ。例えば、割れ物だったら一言、気をつけてくださいくらいは言う。荷物を重たくて運べない女の人がいたら、部屋に入っていいか許可を得て、中まで運んであげる。そう言う
九鬼の頼みを断れば、浅水はさっさと会社に戻って帰り支度をしていただろう。でも、それではダメなのだ。この利益を求めない行動も、きっと自分のためになる。そして、安曇がいない今の会社を支えることにもつながるはずだから。
鍵を取ってくるから先に行っててほしいと九鬼から言われて、荷物を持ったまま離れの前に立つ浅水。空は写真を撮っていたころに比べて、薄暗くなっていた。
しばらく待っていると、ゆっくりと九鬼が杖をついて歩いてくる。
九鬼は、浅水に一言待たせてしまったお
「荷物は玄関に置きますか? よろしければ、奥までお運びしますが」
「いいんですか? それではお願い致します」
というわけで、靴を脱いで離れに上がる。すりガラスの扉を開けると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
部屋は、大きな和室だった。
「
かなりの大きさの雛人形を飾るような棚。棚の一番上のど真ん中には、何をモチーフにしているのか分からないが不気味な大きな木彫りの像。その一段下には、大きな赤い皿と、赤い
浅水が気味悪がっていると、九鬼が口を開いた。
「すみませんねぇ。
どうやら、祭壇は九鬼が信じる宗教に必要なもののようだ。
――まぁ、なんでもいいか。
宗教には興味がない浅水は、適当に
「それで、どこに荷物を置きましょうか?」
「そうですねぇ、祭壇の左端でお願いします」
言われて、浅水はテキパキと荷物を運ぶ。一番重い荷物とボーリング玉ほどの重さの荷物を一度に運ぼうとしたが、落としそうになったので断念。結果として、4回トラックと離れまで往復する羽目になった。
最後にボーリング玉ほどの重さの荷物を運んでいる時、浅水はふと思う。
――確か、人間の頭ってこのくらいの重さだっけ。
あの不気味な祭壇を見て、思考が
「よろしければ、開けてみますか?」
「へ?」
「信じている神様のことですから。できれば深く知ってもらって、
流石、年齢を重ねているだけあって
「じゃあ、一つだけいいですか?」
浅水は、細長い荷物の1つの前にしゃがみ込む。
――さて、鬼が出るか蛇が出るか……ってな。
そんな期待と怖さが混じりあった気持ちで段ボールを開く。
緩衝材にされていた新聞紙の奥にあったのは、人間の腕だった。
「……………………………………………………………………………あ、………え?」
思考が止まる。頭が真っ白になる。
これは、マネキン人形ではない。本物の腕だ。
ギギギッと油が切れた機械のように首を動かして、他の荷物を見る。
引っ越し用の段ボールを半分にしたくらいの大きさの箱は。
ボーリング玉くらいの。
重さ。
一番重い中くらいの荷物は。
ちょうど浅水の胴体と同じくらいの。
大きさ。
「っ!?」
浅水の頭に、強い衝撃が走る。衝撃を与えたのは、言うまでもなく九鬼だった。
浅水の頭から生温かい液体が流れてくる。それを見た九鬼は、歩くのに必要なはずの杖を落とし、すたすたと歩いて、祭壇の正面に立ち、手を合わせる。落ちた杖には、赤い液体が付着していた。
「ああ、我が神よ。新たなる
ふらふらと浅水は立ち上がろうとするが、足元はおぼつかない。それでも、逃げなければ。九鬼がこちらを見ていない今のうちに。
転びそうになりながらも、玄関に辿り着く。
その時、扉が開く。
そこにいたのは。
「……警察!?」
紛れもない、警察官の男だった。
――やった! 俺は、助かったんだ!
思わず、涙が出てくる。生きているというのは、ここまで尊いものだったのか。
警察官は、浅水に
思い切り、浅水の頭に警棒を振り落とした。
浅水は、喜びのあまり見えていなかった。
警察官が突然ここに現れた不自然さも。
そして、狂っているのは九鬼だけではないという可能性も。
遠のく意識の中で、浅水は声を聞く。
「
「いつも通りに」
次の日、とある地方都市の行方不明者の人数が1人増えた。
逢魔が時の配達 きと @kito72
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