忘れられない味


「ごちそーさま! 店長また来るね、新作楽しみにしてる!」

「おーよ、こっちもつぐみちゃんのおかげでメニュー開発が捗るよ! またいつでもおいで!」


 食事を終え、俺と木場さんは飲食店レマールの出口で熊野御堂店長に別れを告げていた。


「デカデカライオン君も、来てくれてありがとうな!」

「ごちそうさまでした、美味しかったです」


 俺はそう言って、店長にぺこりと頭を下げて退店した。木場さんの元気なごちそうさまと同時に扉は閉まり、ウインドチャイムがチリリンと鳴る。

 俺が先導して階段をゆっくり降りながら、今日食べた物を胃と口と頭の感覚を循環して思い出す。

 まさか牛のキンタマ食う羽目になるとは思わなかったが、悪くなかった——好物とまではいかなかったけど、食事として今後出されたら抵抗する事なく普通に食うだろう。


「ねぇ、デカデカライオン君」

「ん?」


 階段の途中で木場さんに話しかけられ、俺は足を止めて振り返る。見上げると彼女は両手を腰に回し、嬉しそうな表情をしていた。


「今日はありがとうね、ご飯付き合ってくれて」

「いやいや、感謝するのは俺の方だよ。すっげー満足感だし、面白い経験させて貰ったし」

「私、嬉しかった」

「何が?」


 俺がキョトンとしていると、二段後ろにいた木場さんが一段降りて俺と目線を合わせる。


「私が食べる物に最後までゲテモノって言わなかったの、デカデカライオン君がはじめてだよ」

「木場さん……?」

「食文化や価値観が違うだけなのに、人は簡単にゲテモノって言って理解を放棄しちゃう。だから私が食べたり勧めたりすると皆、ゲテモノで片付けちゃうのに、デカデカデカライオン君は違ってた。……誘って本当に良かった!」


 木場さんは、照れ隠しの様に俺の背中を押した。人一人やっと通れる狭さの階段なので俺はおっと、と降りるしかない。そのまま二人で雑居ビルの外に出た。


「じゃあね、デカデカライオン君! 今日はありがとう!」


 木場さんは手をピンと伸ばしてブンブン振る。外は陽が沈んでジジ、と街灯が点き始める時間だった。俺も感謝を示して控えめに右手を振り返す。そして、木場さんはその場を去っていく。


「……」


 俺はまだ手を振ったままだ。それだけでいいのか。彼女の好物を知って、彼女と飯を食って十分なのか? 俺の腹は——それで満足したのか?


「木場さんッ!」


 俺は腹から、満たされていない声を出す。これだけじゃ足りない。食いたい。食い足りない、彼女と同じ物を——もっと、もっと食いたい!


「また、一緒に飯食おう! 木場さんしか知らない奇抜な飯……また、俺に味合わせてくれ!」


 俺は木場さんに注文するように言った。俺はまだまだ知らない。その妙な味を、食感を、美味さを、不味さを。

 俺はきっと好きになる、木場つぐみが好きな飯を。そして彼女が好きである事を——何度も、何度も幸せに噛み締めて。

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俺の恋は、妙な味がする 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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