頭脳ドリンク

どっぐす

頭脳ドリンク

 届いた荷物に入っていた小さなビンを、れんは手に取った。

 ラベルを見る。


「頭脳ドリンク、か」


 有名な製薬メーカーから新発売になった、栄養ドリンクである。

 蓮は一度も飲んだことがなかったが、夜に飲むと翌日は頭が冴える気がすると評判だ。テレビCMの雰囲気が若干うさんくさいとも一部で言われているが、まあまあ売れているらしい。


 畳の上に置かれている座卓の前に座ると、蓮はビンのふたを開けようとした。

 そのとき、押入れが突然開いた。


「ちょっと待って!」


 現れたのは、中学生くらいの、おかっぱ頭の男の子だった。

 普通ではありえない現れ方に蓮は驚いたが、すぐに深呼吸をして落ちつきを取り戻した。


「君は?」

「ぼくはお兄さんから見ると、二十年後の未来に生きている人間だよ」

「へえ。俺に何の用?」

「自由研究で食品のことを調べててさ。それでお兄さんにアドバイスしたくなって」

「どんな?」

「その頭脳ドリンク、ぼくの時代では『絶対に飲むな』って言われてるんだ」

「ふーん、そうなんだ?」

「うん。医学の進歩で体に悪いということがわかったから。『医者が勧めない飲み物ランキング』一位が、その頭脳ドリンクだよ」


 二十年後の未来の子は、胸を張って言った。

 すると、勉強机の一番下の引き出しが開いた。


「ちょっと待て!」


 そこから出てきたのは、やはり中学生くらいの、短髪の男の子だった。


「君は?」

「俺は二十五年後の未来から来たぜ」

「あっそう。何の用?」

「その頭脳ドリンク、飲んでも大丈夫だぞ」

「ふーん。でもそこにいる二十年後の子はダメって言ってたよ?」

「そんな時代遅れの子供の言うこと聞いたらダメだって。そいつの時代より医学は進歩して、その頭脳ドリンクは毒じゃないってことがわかったんだ」


 二十五年後の未来の子は、ニヤニヤ笑いながら言った。

 すると、天井の板が一部外れた。


「ちょっと待った!」


 その穴から落ちて着地したのは、これまた中学生くらいの、少し髪が長めの男の子だった。


「君は?」

「僕は三十年後の未来から来た」

「何の用?」

「その頭脳ドリンクは飲んじゃダメだよ」

「ふーん。そこの二十五年後の子は飲んだほうがいいって言ってたけど」

「三十年後は医学が進歩して、やっぱり有害だったとわかったのさ」


 三十年後の未来の子は、髪をかきあげながら言った。

 すると、部屋の畳が一枚、めくれるように浮き上がった。


「ちょっと待ってください!」


 その下から現れたのは、またまた中学生くらいの、坊主の男の子だった。


「君は?」

「私は三十五年後の未来から来ました」

「何の用?」

「その頭脳ドリンク、飲んでも大丈夫です」

「ふーん。そこの二十年後の子と三十年後の子はダメって言ってたけど」

「三十五年後は医学が進歩して、やはり無害という結論になっています」


 三十五年後の未来の子は、姿勢を正したまま淡々と言った。

 すると、次は窓が開いた。


「ちょっと待ちーや!」


 また中学生くらいの男の子が現れたので、蓮は「まだ増えるんだ」と苦笑した。







 結局、八畳の和室がいっぱいになるまで未来の子供が現れ続けてしまった。

 それぞれが、それぞれの時代の『頭脳ドリンクに対する医学的な見解』を披露。途中から子供たち同士の言い合いも始まり、騒がしくなった。


 場が紛糾するなか、最後に現れていたインテリ風の子供が、連に言った。


「この場では私の時代が最新です。医学が退歩することはありませんので、頭脳ドリンクは『飲まないほうがよい』という結論でよさそうですが……。でも、お兄さんも大変ですね。いろんな時代の子供がいろんなことを言って」


 蓮は首をひねった。


「ん、何で大変なの? 俺、別に迷ってないけど」

「え?」

「あ、ごめん。母さんから着信だ。ちょっと取るね」


 座卓の上に置いていたスマートフォンが鳴ったので、蓮は電話に出た。


『なんかにぎやかに聞こえるんだけど、誰か来てるの?』

「うん。未来の子供たちが来てる」

『え?』

「とりあえずさ、医学はこの先も進歩し続けるってことはわかったよ。あと、二十年後には楽しそうなことができるようになるみたいだから、母さんも父さんも元気で長生きしてね」


『ちょっと、何言ってるの?』

「なんでもない。それより、びっくりしたよ。頭脳ドリンク送ってくれたんだね。ありがとう。おかげできっと明日の国家試験は大丈夫だよ」

『合格率九割って聞いたけど、やっぱり心配で仕方なかったから……。頑張ってお医者さんになる夢を叶えてね。私もお父さんも応援してるから』

「うん。頑張ってくる」


 電話の途中で、子供たちが、いっせいに帰っていく。

 ある子は頭を掻きながら。ある子は頭を下げて。


「あらら。みんないなくなってしまった」


 電話が終わった蓮はそうつぶやき、もらった頭脳ドリンクを一気に飲み干した。


「うん。おいしい」


 そして心の中で、もう一度両親に感謝した。






 - 完 -

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