最終話 降雪と羽化

 雪が降った。関東圏一帯を埋め尽くす雪が降ったのだ。その雪は国立の前期試験の前日に降り始めると街を白く染め上げていった。

 けれど、ホテルへと移動していた自分がその窓からの絶景を観ることはなかった。というのも緊張していて精一杯で余裕など少しもなかったからだ。あの司書からの手紙を何度も読み返し自分を奮い起こしていた。頭が上手く回っていない事は自分でもわかっていた。

 けれど、やらなげればいけいない。もう二度とあの受験の様な目に合わない為に進まなければいけない。そうやって自分を鼓舞して時間を消費していた。

 

 当時の自分には夢が出来ていた。それは小説家になる事だ。自分の思った世界を自分で作るのだ。そして、古代人の話を書いてやろうと意気込んでいた。

 そんな事を思い描く内に当時の自分には進路が出来ていた。あの司書のいる大学で文学の一端を覗いてみたいと考えていた。

 そうして、当時の自分には将来どうなりたいかが気づくと決まっていた。

 どれもこれもが、自分の思いつきから始まったことであり、本当にこの段階まで来れるなんて最初の内は考えた事もなかった。

 全ての始まりは本だった。本がなければ自分の人生は何の変化もない日常が続いていくだけだっただろう。しかし、本との出会いが自分をここまで導いた。そして、これからの自分の人生も本で満ち足りている事を願った。


 きっと上手くいくと信じて、受験会場へと向かった。もうあの頃のちっぽけな本の虫だった自分はそこにはいなかった。








 長々と思い出した今までの日々はあっというまに脳内を駆け巡った。そこにあるのはただひたすらの感謝だった。

 そして、時は「合格通知書」の文字と共に動き出した。歓喜が身体中を支配した。全身が震えて、世界中が大振動を起こした様に思えた。最初に出た声は嗚咽だった。ただ圧倒的な喜びの前で自分の身体が放心し、感動の涙が止まらなくなった。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 自分の身体は言うことを聞かなくなってしまった。こんな悩みを抱えることが嬉しかった。ただ何もかもが喜びへと変換された。

 そうして、暫く自分の成功を必死に祝っていた。意識がやっと正常に戻ってくると分かると、自分の足を必死に動かして電話機の元へ走った。そして、何度も電話した番号を打ち込む。何度かの呼び出し音が鳴り、聞き慣れた声が応えた。そして、自分は数年間願い続けた一言を言い放った。

 「受かりました!!」

 それは桜が咲き始める春の少し前の出来事であった。そして、それは一人の本の虫が夢を叶える前日譚の出来事であった。


 






蝶 


 鱗翅(りんし)目の昆虫。二対の美しい羽で、花から花へと蜜(みつ)を吸って飛ぶ。種類が多い。幼虫は青虫・毛虫。ちょうちょう。


 古代エジプトでは復活と再生の象徴とされる。





 


 







 

 

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合格前夜 猿山 登校拒否 @morimorigohan

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