第二話 本の虫の冬

 転機は急に訪れた。それは、自分を本の虫に変貌させた奇想天外で奇々怪々な司書が異動することになったという知らせだった。しかも、その先がこの国で最高峰の大学であった。正直、何かの冗談かと思ったが四月一日はとっくに過ぎている。自分はその司書を問い詰めたが、どうやら本当のことらしかった。彼女は長髪の髪をたなびかせていつも通りに笑って応えた。自分は目が飛び出るほど驚いたが、だからといって何か変わることなく日常は刻々と過ぎていった。そして、その司書は最後に、

 「世の中、面白い事は沢山有るんだから本ばっかり読むだけじゃ駄目だよ。何か他の事をやってみれば?案外面白いよ。」

と言って去っていった。正直な所、その後数日は自分はずっと憤慨していた。本の沼に引き摺り込んだ彼女がそんな事を言うのはお門違いだと、聞いていないと無性に苛立った。

 しかし、その怒りは夏が終わる頃に不思議な感情へと変化していた。それは彼女を見返してやろうという野望へと変わり、その心は煮えたぎっていた。特に目標のなかった自分の人生に「取り敢えずあの司書に、自分はただの本の虫ではない事を見せつける」という目標ができた。夢も、進路も、将来も二の次であった。行き当たりばったりの自転車操業の方が自分の性にあっていると感じた。他の一切は必死にやれば自然とついてくる筈だという単細胞の発想であった。


 勉強と本で作られた青春はあっという間に過ぎていった。勿論友人や部活、文化祭など様々な要素がそこに詰まってはいたのだがどれも自分の人生を変える程には至らなかった。


 そして、高三の冬が訪れた。それは自分の生きてきた十八年間の中でも極寒の冬であった。上手くいかない試験の連続と、体調の悪化、モチベーションの低下、降り積もる不安、全てが悪い方向へと進み始めていた。

 

 そんな時、あの司書が一冊の本を送って来た。そのタイトルは「古代史の真実」というどこにでもありそうな物であった。自分の不調を知っていたのか添付された手紙には自分を励ます内容が書かれていた。「あともう少しだから頑張って。」とか「自分を信じて。」というメッセージが本当に有り難く感じた。いつまでも支えられていてたまるかと自分を奮い起こす。春はもうすぐだ。二度はない。本の虫の意地を見せつけてやる。自分はそう意気込んだ。

 手紙の最後には「本の虫が羽化するのを心待ちにしてるよ。」と大きく書き記されていた。


 そして、冬が終わりを迎えた頃、自分の人生で最後の試験が始まった。

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