第4話わからない


晃と最後に会った家飲みから随分と日が経った頃、たまにはゆっくり買い物でもしたいと、一駅隣の中心街へ出掛けることにした。


特別に欲しいと思うものがあれば都内まで足を延ばすが、仕事漬けで世間の情報を手に入れる時間もなかったので、いつもと同じコースになる。


駅中央の改札口に視線を持って行くと、全国有名店の出張店舗が客寄せをしていた。交通の便が良いためか、度々このように小さな出店の様な店舗が設けられる。


「オープニングセールはまだまだ開催中でーす。クーポンをどうぞー。」


すっと、前に出された手は家電量販店のチラシを持っていた。


そういえば会社で同期が話していたな。


「ありがとうございますー。」


背後からの明るい声に押されるように、目的地をこの家電量販店へと変更した。食品店や雑貨店を見て歩くよりは仕事に必要なものが見つけられる。


いつものコースの東口ではなく、反対の西口から真っ直ぐに進む。すると、三か月くらい前に出来たばかりの、市庁舎の出張所を抱えこんだ小さめのショッピングモールが現れる。ここの二階にチラシを配っていた家電量販店があり、安売りをしているためなのか、それとも物見遊山なのか人の出入りが多かった。


人ごみを避けながら仕事でよく使用するガジェットの売り場へ着いた時だった。


「五島田さんではありませんか? 」

「はい。そうですが。」


こんなところで女性に声を掛けられるとは思わなかった。と、声がした方を振り向く。


そこには晃に突然呼ばれて出向いた居酒屋で、向かい合わせの席になった女性が居た。


「屋和良さん!? こんなところでお会いするとは。」

「先日はお疲れさまでした。」

「いえ、こちらこそ。」

「お仕事で使うものでもお探しですか? 」

「まあ、なんとなく出歩きたかったので。」


会話が続かずに気まずいと思ったのを感じ取ったのか、彼女から店を出るのでと離れていこうとした。


「あの。」

「はい? 」

「えっと。」


何で彼女を呼び止めたのか自分でも分からなかった。


話したい内容などないというのに。


「もしかして、先日の事気にしてらっしゃいますか? 」

「あの日、何か失敗しちゃいましたかね。晃も失礼なことをしてしまって、申し訳ありませんでした。」


彼女は目を丸くしてこちらを凝視している。


今の言葉の中に不快ワードは入っていないと思うのだが。


「あ、あのー。」


声を掛けると屋和良さんは目を反らし、何かを伝えようか伝えまいか悩んでいるようだった。


こちらからはこれ以上、彼女の琴線に触れるような禁止ワードを発言したくなかったので、押し黙ったまま緊張していた。


「失礼なことをお聞きしても良いですか? 」

「ええ。構いませんが。」


屋和良さんは何か恐ろしい体験を今、まさに体感しているかのように体を強張らせていた。


「その、あきらさんというのは。」


これから自分の耳の入る言葉を聞き逃すまいと、自然と歩く速度を緩めているが近づいてこようとはしない。


「えっ。あの時、屋和良さんの同僚の方の前に居た男ですが。」


彼女はビクリと肩を跳ねさせると立ち止まった。


そして、静かな声で囁くように言う。


「あの飲み会に、男性はあなたしかいませんでしたよ。」

「!! 」


囁き声が大きな音となって耳に入り、背中を冷汗が一筋流れた。




END

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五月病 氷村はるか @h-haruka

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