【 エピローグ: カサネタテノヒラ 】


 どうしてあの日、彼はそこにいたのか。

 それは偶然なんかじゃない。


 彼はあの時、私に言った約束を守ってくれたんだ。


(「水葉……、僕が医者になったら、君を必ず歩けるようにしてあげる……」)


 彼はこの高校の卒業生。

 そして、彼は医学部へ進学した。

 あの日、この高校の受験生たちに、先輩としてスピーチをするために訪れていた。


 そこで私を見つけた。

 これは決して、偶然なんかじゃない……。





 ――それから、6年後の8月11日。

 私たちはこの日、特別な日を迎えていた……。



「水葉、準備できたわね」

「うん、ありがとう、お母さん」


 なぜこの日を選んだのか……。


「水葉、今日は一段と綺麗ね。この衣装、彼も喜んでくれるわね」

「うん、そうだといいな」


 それは、私たちがこの日、神様に生かしてもらった日だから……。


『コン、コン……』


「彼が来てくれたみたいよ」

「うん……」


 扉を開けて、彼が部屋へ入ってくる。

 鏡越しに見える彼も、今日は一段と男前だ。


「水葉、そろそろ神父さんも心配してるよ」

「うん」


 彼が椅子に座っている私の前まで来て、その綺麗な左手を差し出した。


「立てる?」

「うん」


 私は、彼の左の手の平に、自分の手を重ね合わせ、しっかりと握り立ち上がった。



「ありがとう、涼太さん」


「今日は『さん』付けなんだね。もう夫婦になるんだから、『ありがとうなんて言わないで』いいよ」


「それ、あの時、私が言ったセリフでしょ?」


「分かった? あはは……」

「うふふ……」


 私は口元に手をやりながら、彼の天使のような無邪気な笑顔に、心が躍ったんだ……。





 生かされた命。


 大切にふたりで育てて行きます。


 この足で色々な困難を乗り越え、ふたりで一緒に歩いて行きます。


 もう二度と後悔しないように……。


 だから、もう一度言わせて下さい。



「涼太さん、ありがとう」








8.11 生かされた命 ~カサネタテノヒラ~



END



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

8.11 生かされた命 ~カサネタテノヒラ~ 星野 未来@miraii♪ @Hoshino_Miraii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ