『私がタイム・ストリッパー』

N(えぬ)

犯罪者は彼女に逆らえない

「状況証拠はいくつかある。しかし決め手に欠ける。ヤツが犯人なのは十中八九間違いないんだ……」


 捜査を指揮する重犯罪捜査班豊島警部は苦い顔で取調室のマジックミラー越しに、容疑者の関田保を睨み付けていた。豊島は、許されるなら取調室に飛び込んで関田保の襟首を掴み、ぶん殴ってでも自供させたいとでも思っているのだろう。今にも暴れ出しそうな胸板の分厚い体を『理性・制約』という名の鎖に繋がれた怪物のように小刻みに揺すぶっていた。


「威圧的な『ことば責めの星野』さん。心情に訴える『泣き落としの安田』さん。徹底した『理責めの西本』さん。……犯人を落とす天才と呼ばれた名うての刑事が呼ばれましたが皆、関田を落とせずにこれで3連敗ですね警部」


 若手のエースとして豊島警部の隣で取り調べを見ていた大谷刑事が豊島をいなすように彼のいきり立つ雰囲気をかき消す軽さでそう言うと、豊島警部は、


「見た通りや。わかってる!そんな解説はするな!」と声を荒らげた。そして、「しかたない……使うか」と悔しげに呟いた。


 大谷刑事は豊島警部を横目でちらっと見ると、

「苦しいときの二宮里穂……出番ですか?」これまた豊島の神経を逆なでするように意味ありげに口元で笑って言った。


「二宮里穂を使えば容疑者の白黒は100%わかる。しかし、コレが高い。使いどころを見極めるのもわしの仕事やからな」

 豊島は「コレが――」と言った所で右手の人差し指と親指で円を作って見せながら言った。

「わしの怒りのレベルが、ここが二宮の使いどころやぞ、と囁くのや」今度は豊島が大谷に不敵な笑いを投げかけた。



 一週間後、豊島警部は捜査本部に顔を出すなり、集まっている捜査官全員に聞こえる声で言った。


「二宮里穂に依頼する許可が下りた。午後から関田保の取り調べに来る。……二宮を呼んだからと言って、おまえ達の今までの捜査が無駄だったと言うことじゃない。細かな証拠固めは重要だ。ただどうしても決め手に欠けると言うことや。このヤマは警察の威信がかかってる。失敗が許されん。二宮を呼ぶのも捜査手法のひとつと、理解してくれ」


 豊島の話をその場の捜査官は皆黙って聞いた。



 取調室に関田保が連れてこられ、逮捕されてから始まった日課として、いつものように椅子に座らされた。

 彼の前には灰色の机。背中側には、ほんのわずかに空が見える鉄格子の填まった窓が手の届かない高さにひとつある白い壁。天井には左右から取り調べ録画用のカメラが付いている。部屋の角隅には、まるで「私は存在していません」というように記録係が背を向けて小さい机に向かって座っている。


 やがて取調室のドアが開き、黒いスーツの女がカッカッカと靴音を立て入って来た。

 彼女は椅子に座って彼女を軽く見上げている男の前に、ポケットから名刺を出して置いた。


「はじめまして、関田さん。私の名前は二宮里穂。豊島警部の依頼で来ました、タイム・ストリッパーよ」

 二宮里穂は慣れた調子で早口に自己紹介した。


「警察庁特別職、タイム……ストリッパー」

 関田保は、二宮里穂の顔体を見回してから出された名刺に目を落としオウム返しに言った。


「ストリッパーって言っても、私が服を脱ぐわけじゃないのよ、期待しないでね。私は人間の進化の過程に生まれたミュータント。近年、人類に限らずミュータントが生まれ始めているのは知ってるわね?ミュータントにもいろいろ違いはあるけれど、私の場合は人の時間を剥がして、遡って見ることが出来るの。『時間を剥がす』って言う意味のストリッパーね。私はあなたの視点でそれを映像化する能力があり、その映像は物的証拠として採用される。あなたがどんな嘘やごまかしをしても、私が剥がしていく時間の真実には対抗できない。私は一枚ずつあなたの時間を剥がして裸にして行く。あなたは最後には丸裸。それがどういう意味かわかる?」


「あ、いや」


「あなたは現在、5件の殺人を犯したと警察では見ている。でも、あなたはひとつも認めていない。これからあなたの時間を私が剥がしていけば、本当のことがわかる。もう、警察はあなたに質問はしないの。必要ないから。真実だけが徐々に剥がされて晒されて行く」


 二宮里穂は息をひとつ入れて関田に不敵な微笑みを投げかける。関田の様子など、もう知ったことではないという調子でまくし立てる様に話しを続ける。

「あなたはどの時点で罪を認める?今すぐに認めて自白する?それとも、5件目の殺人を私が暴いたところで認める?4件目?3件目?……最後まで自白せずに行く?もしかしたら、警察が把握していない殺人もある?逆に、あなたの犯行は4件で、1件は別の犯人ていうこともあるかもね。……そして、あなたがどこで自白するかで罪の重さも変わって来る。あなたにはそこが問題よね?すぐに自白すれば無期懲役。2件目まで私の手を患わせると、きっと死刑。5件目まで知らぬ存ぜぬと粘ったら、裁判で刑が確定次第、時間を置かず執行されるわね……因みにね、タイム・ストリップの方法はコレであなたの額に吸い付くの」二宮里穂は関田の前で口を開けて『舌ではない何かの管』を一瞬べろんと出して、その先にある吸盤をムニョムニョ動かして見せて、すぐに引っ込めるとポケットからハンカチを出して軽く口元を拭った。


 二宮里穂が立ったまま腕組みして演説を終えたとき目を丸くした関田保は真っ青になり、溶けてしまいそうに小さくなって震えだした。


「話します。全部……話します」関田は机に目を落としてそう言った。


 二宮里穂はマジックミラーの向こうにいるであろう豊島警部にニヤリと笑い、また例の管を口からペロリと出して振り見せた。


「警部。二宮里穂のギャラ、安く済みましたね」大谷が二宮の行動に仰け反りながら笑った。


「二宮の報酬は、容疑者の時間『1剥がしいくら』やからな。どこで容疑者がギブアップして自白するか、毎回ハラハラするわ」


「それにしても、あれってタイム・ストリップに関係なく二宮里穂の姿に恐れおののいて自白してるんじゃ?」


「ま、そういう手法、とも言えるわな。ウチの捜査官から誰か選んで、ああいう舌だけでも出せるように整形手術、受けさすか?……事件解決率向上、経費節減……」

 豊島が目を真剣にして大谷の方へ向くと、大谷は黙って部屋を出て行った。早足で廊下を離れていく大谷の背中を「警察庁特別職。推薦するでぇ~」と豊島の声が追いかけた。



おわり

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