#16 蘇鉄





 英次のただいまの挨拶に私はおかえりと返し、暁美ちゃんは小さくお邪魔します、と言った。


「あの、英次クン・・・ お母さんとちょっと話がしたいんだけど、いい?」

「うん、いいけど。母さんはいい?」

「ええ、いいわよ。ただし、英次は部屋に行ってなさい」

「えっ? なんで?」

「女の子同士の秘密の会話よ」

「その歳で女の子って・・・」

「何か言った?」

「ひっ! 何でもないでーす」


 私に睨まれた英次は大人しく二階の自室へ向かった。

 リビングのテーブルを挟んで暁美ちゃんと座る。

 彼女の恰好は初めて会った時と同じでおさげの三つ編みでメガネを掛けている。


「それで、我が家に来たって事はまだ英次とは付き合っているのね?」

「はい・・・ 新島君、この前の男の子にはっきりと断りました。連絡先も消しました。今後会う事ありません。同じ高校なのですれ違う事はあるかもしれませんが、話す事はありません」

「そう、そこまで極端にしなくてもいいと思うけど」

「いえ、このぐらいしなきゃダメです。こんな馬鹿な私は・・・」


 私のちょっと意地悪な返しに暁美ちゃんは少し震える声で答えた。


「・・・私は夏休みが明けて、二学期の初めの頃・・・」


 そこから暁美ちゃんはポツポツとこれまでの経緯を語ってくれた。

 クラスの女の子に地味子と言われ、英次とつり合わないと陰口を言われた事。

 それをきっかけに見た目を変えて、地味子を卒業しようとした事。

 結果的に陰口はなくなったけど、周りからチヤホヤされて浮かれていた事。


「私、英次クンに正直に話しました。陰口を言われて見た目を変えた事も、地味な私を英次も好きじゃないかって不安になった事も・・・」


 暁美ちゃんは次第に涙声になり、その大きな双眸に涙が薄っすらと溜まりだした。


「英次クンは、三編みが見れなくて寂しかったと言ってくれました。私が困っている時に助けになれなくてごめんって言ってくれました。そのままの私が好きだと言ってくれました」


 その溜まっていた涙が一粒、頬をツーっと伝って流れた。


「それなのに、私はッ! 周りの目ばかり気にして、大切なモノを見てなかった・・・ 英次クンは地味な私も好きだったのに、それなのに、私は大切な人を裏切るような事を・・・」


 終に、堰が切れたようにその涙は頬を滂沱ぼうだの如く流れた。


「うぅぅ、ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ああああぁぁ」


 私は嗚咽を漏らしながら泣いている暁美ちゃんに近づき、そっと抱きしめた。

 気持ちが落ち着くまで背中を擦る。

 泣き止んだ暁美ちゃんは手の甲で涙を拭って、顔を上げた。


「今日はお別れを言いに来ました。今までありがとうございました。馬鹿な私を止めてくれてありがとうございました」


 そう言って暁美ちゃんは深々と頭を下げた。


「そう、アナタが決めた事なら何も言わないけど、私は今のアナタと英次が付き合う事には反対じゃないわよ」

「そうですか・・・そう言ってもらえるだけ有難いです。でも、私には英次クンと付き合い続ける資格なんてないんです・・・」

「暁美ちゃん。またそんな事言ってるの? 人と付き合うのに資格があるもないも関係ないのよ。それが拗れて今回こんな事になったのに、もう忘れたの?」

「うっ・・・ そうですけど・・・」

「人間誰だって一度や二度失敗する生き物なの。ましてや、まだ子供のアナタたちは物事を深く考えずに行動しがちよ。そして、人は失敗から学んで次に生かすの。アナタの今の正直な気持ちを言いなさい。英次と別れたいの?」

「うぅぅ、別れたくない、別れたくないです。英次クンと一緒にいたいです・・・」

「なら、素直にそう英次に言いなさい。アナタの気持ちを、アナタの言葉で。その先は当人であるアナタたち次第よ」

「はいッ、分かりました」

「今は気持ちが高ぶっているでしょうから、落ち着いたらしっかり話し合いなさい。さぁ、この話はお終い。泣いたら疲れたでしょ? 英次と一緒にケーキ食べましょう」


 暁美ちゃんはコクンっと頷いて、英次を呼びに行った。

 私は三人分の紅茶を入れて、ケーキを小皿に取り分けた。


「なぁ、二人で何話したんだ?」

「それはね・・・ヒ・ミ・ツ」

「英次、秘密って言うのは人が知らないからこそ秘密なのよ」

「何だよ、二人して楽しそうにしてさ」

「フフフ、私、本当に英次クンに出会え良かった。だって、こんな素敵お母さんがいるんだもん」


 暁美ちゃんは私をチラッと見ながらそんな事を言った。

 

「嬉しい事言ってくれるけど、私が優しいだけじゃないって事はアナタが一番分かってるわよね?」

「―――ッ、はい、肝に銘じておきます」

「フフフ、冗談よ」

「なんか二人共、前より仲良くなってないか?」


 私は仲良く談笑しながらケーキを食べる英次と暁美ちゃんを眺めながら思う。


 今回愚かな行動をしてしまった暁美ちゃんだったけど、ある程度は仕方のなかった事なのかなっと思う。

 高校の一クラスと言う閉鎖された空間でどれだけの人が他人の意見に流されず自分を貫き通せるのだろうか・・・

 世間一般的にはスクールカーストと呼ばれる目には見えない壁があり、学生故の幼さで他人を無自覚に傷つけがち。

 本人は些細な気持ちでも、された方は些細な事で済まない事だってある。

 だから、勇気を持って自分を変えようと思い、現状を打開しようと抗った暁美ちゃんを私は尊敬する。

 ただ、それに結果が伴わなかっただけ・・・

 そう考えると世の中は理不尽ね。

 本当に手に入れたいモノは目の前にあるのに、みんな遠回りをする。

 けど、その遠回りをした今の暁美ちゃんはもう大丈夫だと私は思う。

 失敗と後悔を経験した彼女から鉄の意思を感じる。

 それがどれだけ強固なものかは分からないけど、赤の他人の言葉で揺らぐような軽いものではない。

 私とヒデ君みたいに末永くかどうかは分からないけど、末永くお幸せに。英次、暁美ちゃん。
















εεεあとがきεεε

これにて完結です。

ここまでご拝読頂きありがとうございます。

8割方書きたい事が書けたかな~って感じです。

納得出来てない部分もありますが、今の自分にはこれが限界です。

振り返れば完全に真桜が主人公でしたね。後半の英雄と英次の空気っぷりが半端ない。

なので、英雄と英次の親子の会話をおまけで書くかもしれません。

ただ、ここで一区切りとさせて頂きます。

因みに最終話のタイトルの意味ですけど、蘇鉄の名前の由来は弱っている蘇鉄の木の根に鉄を打ち込むと元気になった(鉄を与えると蘇る)事からその名がつけられたらしいです。

暁美ちゃんは鉄の意思を得て、復活しましたって意味合いとかけました。なので、暁美ちゃんへのオチは初めから決めていました。

蘇鉄が何の事か分からないって人は次世代編の初めの方を読んでください。


今作を書こうと思ったきっかけを振り返ると思うことが結構あるので、簡潔にまとめるとNTR小説を読んでいて負けヒロインが可哀そうだなぁって思ったからです。

まぁ、判官びいき的な意味合いもあるかもしれませんが、負けヒロインが負けていくのはいいのですが、雑に扱われているのが気になったのです。

どう雑かどうかも書き出せばキリがなくなりそうなので、あえて言いません。

殆ど趣味の世界のネット小説なので納得出来なければ自分で書けばいいじゃんって感じで書き始めました。

なので、独りよがりな部分はご了承下さい。


最後にここまで応援や評価して頂きありがとうございました。創作の糧になりました。

小説はまだまだ書いていきたいと思いますので、またどこかでお会いしましょう。

では、さようなら。




 




 


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