#15 真桜の想い




 私には最愛の人がいる。

 その人は私が幼い頃からずっと傍にいてくれた。

 辛い時も悲しい時も傍で支えてくれた人。

 そんな彼の傍にずっといたいと思い、色々努力してきた。

 その甲斐もあって、学生時代に恋人同士になり、大学を卒業と同時に結婚した。

 途中、ちょっとしたトラブルはあったけど、概ね順調だった。


 そして、私の大切な人はさらに二人増えた。

 英次と真依。


 残念ながら、私に似て運動音痴だけど、努力家の兄の英次。

 ヒデ君に似て、運動神経抜群で天真爛漫な妹の真依。

 私は二人の母親として、ヒデ君と共に守り育ていくと誓った。


 真依が生まれた年に牧原夫妻にも子供が生まれた。

 その子は瞳と名付けられ、家族ぐるみで付き合う事が増えた。

 幼い真依と瞳ちゃんを健気に面倒をみる英次は実に微笑ましかった。


 それも英次が一足先に中学校へ進学すると同時ぐらいに少なくなっていった。

 たまに両家族で出掛ける時以外は英次は二人とあまり遊ばなくなった。

 真依は中学校に進学しても相変わらず瞳ちゃんと仲良く育っていった。


 幼い頃に仲良くても、成長するにつれ疎遠になる事はよくあること。

 私とヒデ君が稀なケースなだけ。


 そして、英次は高校生になり、大人の一歩手前まで成長した。

 私とヒデ君の母校に通っている事は嬉しい。英次には伝えた事はなかったと思うけど、たまたま選んだのかどこかで知って、それで選んだのかは分からない。

 どちらにしても高校生になると私たち親が面倒をみる事は少なくなる。

 寂しい気持ちもありつつ、立派に成長してくれた事は嬉しい気持ちでいっぱい。


 そんな英次に可愛らしい彼女が出来た。

 私も高校生の頃にはヒデ君と付き合っていたから、別段不思議じゃない。

 

 相手の子は同じ高校の同じクラスの女の子で、委員が一緒になったのがきっかけで仲良くなったらしい。

 暁美ちゃんの第一印象は地味目の大人しい子。

 でも、その瞳の奥には芯がしっかりしているのが見て取れて、信用出来る子だと思った。

 だから、コレクションの紙の小説も問題なく貸し出した。


 二人の時間を大事にさせつつ、適度に暁美ちゃんと交流した。

 料理を教えたり、好きな小説の話で盛り上がったり、まるで、もう一人娘が増えたみたいだった。

 真依は中学生の今でもパパ大好きっ子で、私の事を若干敵対視している。

 それが原因で仲が悪いわけではないけど、世間一般的な母娘ではないだろう。

 真依は将来パパと結婚するという、女の子なら幼い頃に言った事のあるセリフを今でも言っている。

 まぁ、もっと成長すればそんな事は言わなくなるだろうが、私のヒデ君を奪おうとするなら、我が娘でも許さない。

 実の娘に嫉妬するなんて大人げないけど、それだけ私はヒデ君を愛している。


 けれど、そんな私のヒデ君に対する揺るがない気持ちに比べて、世間のカップルは実に脆い。

 学生の頃の友人も、社会人になってからの友人も恋人と付き合って別れてを繰り返している。

 私みたいに一人の人を愛し続ける方が稀だという事は理解している。

 みんなお互いに価値観や生活リズムのズレなんかで別れたりしている。

 それならいい、失恋や別れ話は珍しいものじゃない。

 でも、恋人がいながら、他の人と関係を持つ人の事が理解できない。

 他に好きな人が出来る事は仕方ない事、恋人との関係が冷え切るのは仕方ない事。

 なら、きっぱり別れて新しい恋に進めばいい。

 そんな簡単な事が出来ない人が多過ぎる。


 それでもそんな友人の相談には乗るものの、口うるさく説教するつもりはない。

 所詮は赤の他人、そして、成人した大人であるなら、物事の最終判断は自分の責任の元しっかり判断してほしい。

 でも、まだ子供である英次たちは別。間違った事、後になって後悔するような事は事前に注意し、導く必要がある。

 だから、英次に彼女が出来た時、私は英次の素行に目を光らせていた。

 大切な人を裏切るような子には育ってほしくない。


 でも、私のそんな心配とは裏腹に、その兆候を見せたのは、英次の彼女の暁美ちゃんだった。

 二学期の途中からのその見た目の様変わりが気になったのは当然だったけど、私が気になったのは寧ろ内面の方。

 前よりも明るくなり、笑顔が眩しかったが、何処か浮足立っており、その見た目とは相反して私には彼女の心に陰りが見えた。

 以前の芯がしっかりした暁美ちゃんではなく、その芯がブレているように感じた。


 私は危なかっしい暁美ちゃんの動向を探る為にもっとも信用出来る古い友人に連絡を取る事にした。






 トゥルルル、トゥルルル・・・

 中々出ない、寝ているのかしら。


 ―――ガチャ


「Who's this?」

「もしもし、私、真桜だけど―――」

「How dare you give a call at f**kin middle of night? Are you insane?」


 速すぎて何を言っているか分からないけど、罵倒されているだろうって事は分かる。だって、怒気を孕んでいるんだもん。


「私よ、真桜よ。凛々子! 日本語覚えてる?」

「Maho? ,,,Oh my god!!! まお? 真桜?! うそー! めっちゃ久しぶりじゃん!」


 ようやく話が通じた。

 凛々子は何年前か忘れたけど、アメリカに拠点を移している。

 エーエヌティーアール社は近年アメリカのコロラド州にある大学と共同研究を行っている。

 凛々子はその研究チームの筆頭研究者を務めている。

 そんな凛々子は業界内ではちょっとした有名人だけど、私にとっては気心知れた友人。


「どうしたの? 真桜? わざわざ電話してくるなんて珍しいじゃん」

「うん、ちょっとね・・・」


 私は今の事情をかいつまんで説明した。


「ふーん、そうなんだ、あの英次に彼女ねぇ・・・ じゃ、私ちょっと日本帰るよ」

「えっ?!」

「大きくなった英次と真依にも会いたいし、ちょうどいい便利グッズがあるのよ。試すのにちょうど良さそう」

「そんなにすぐ帰ってこれるものなの?」

「大丈夫、大丈夫。仕事の方はリモートで何とでもなるし、アメリカはその辺り大分自由だから It's piece of cake!」

「分かった。無理はしないでね」

「Yeah!!! can't wait」


 凛々子その言葉通り、すぐに我が家を訪ねて来た。


「とりあえず、何か飲む? コーヒーがいい?」

「いや、日本のコーヒーはディスカスティングだからいらない。お茶でいいよ」


 私は市販のペットボトルのお茶をコップに注いで、凛々子の前に差し出した。


「早速だけど、今回の真桜の問題にはこれがうってつけ!」


 凛々子は大きなキャリーケースからラップトップみたいなモノを取り出して、テーブルの上に置いた。


「これは人が動いた時に生じる空間の歪みを読み取って、その人の行動を追跡出来るTSGS、Tracking Space and Gravity Systemってデバイス」

「・・・? ちょっとどういう事? 意味が分からないんだけど・・・」

「えっとね、世の中で信じられている時間とか空間とか重力っていうのは絶対的なものじゃなくて相対的なものなんだよ」

「ごめん、説明を求めた私が馬鹿だったわ。全く理解出来ない・・・」

「観測されている全ての物体はそれがそこに存在しているだけで空間を歪めているんだよ。そして、そこに重力が生じる。今この瞬間もね。だから、人間みんな空間魔法使いなのよ。厨二心をくすぐるでしょ?」

「この歳になってそんなのに感心ないわよ。じゃ、そのデバイスでその歪みを解析するってわけ?」

「そそ、現代人類の叡智の結晶って言っても過言ではないよ!」

「そ、そんな凄いモノを持ち出しても大丈夫なの?しかも、こんな個人的な事に使っちゃってもいいの?」

「道具はね、使わないと意味がない。科学技術は困ってる人を助ける為にあるんだよ。真桜は今困ってるんでしょ?」

「・・・ありがとう、なんか凄く凛々子らしいね。変わってない」

「フフフ、そう言ってくれるのは真桜だけだよ。まぁ、細かい原理は理解する必要ないし、使用に関しても心配する必要はないよ。それとこれの使い方だけど、調べたい人の身体的特徴を入力する必要があって、そのデータを元にその人が何処で何をしていたか知る事が出来るんだよ。だからね、これがあればアメリカ大統領が一日何回鼻くそをほじって、鼻毛を何本抜いたかまで分かるのよ」

「へぇー、そんな細かい事まで分かるのは凄いけど、プライバシー侵害も甚だしいわね」

「うん、だから、使うならその人が公の場にいる時だけね。リミッターを外せばプライベートな空間も覗く事が出来るけど、それしちゃうと犯罪になっちゃうからね。それに操作方法も特殊で一般人には使えないようになってるから、私が操作するよ」

「そうなのね、原理はさておき、使用上の注意は分かったわ。因みにTSGSだっけ?何でそんな堅苦しい名前なの? 守る君シリーズとか他の対暴漢グッズはポップなのが多かったのに」

「それはね、TSGSは軍事用に開発されてるからよ。一般販売は考えられてないの」

「軍事用・・・ 何だか物騒ね・・・」

「まぁ、真桜が心配する程じゃないけど、私にも色々あるのよ。はいッ!この話はこれでお終い! 本題に進むよ」


 そう言って手をパンッと叩いた凛々子はTSGSを起動させた。

 そこに私が携帯に保存していた暁美ちゃんの写真を読み込ませた。

 映像からでもその人物の特徴を捉え、個人を特定出来るらしい。

 ちょっと高性能過ぎてヤバいとしか言えない。

 本当にこれにかかれば、プライバシーなんて微塵もなくなるでしょうね。


「う~ん、TSGSによればその暁美ちゃんって子は今週の始めに同じ高校の男の子に告白されてるっぽいね」

「えっ? そんな事まで分かるの?」

「喋ってる内容まで解析出来ないけど、男女が放課後の屋上で言葉を交わす事なんて限られてるでしょ?」

「それもそうね。それで?暁美ちゃんは断ってそう?」

「うーん、それが断るにしては話し込んでるっぽいんだよね。あっ!お互いの連絡先を交換した素振が見えるね」


 暁美ちゃん・・・

 それは限りなくブラック寄りのグレーよ。

 英次からも暁美ちゃんと別れたなんて話は聞いてないけど、改めて確認する必要があるわね。

 

 私はTSGSの操作を終えた凛々子と他愛もない会話を交わし、そして凛々子は我が家を去った。

 もっとゆっくりお喋りしたかったけど、日本でまだやる事があるらしい。

 今回は取り急ぎ私の用事を済ませに来てくれただけ。

 日本での仕事が落ち着いたらまた寄ってくれるそう。


 私は凛々子が帰って暫くしてから帰宅した英次にそれとなく暁美ちゃんについて尋ねてみた。

 案の定、まだ交際は続いているし、今週の土曜日は用事があるらしく遊べないそう。

 これは増々まずいと考えた私は即座に行動した。


 私はまず初めにこの事をヒデ君に相談した。

 何か重要な事は勿論だけど、大学でのあの一件以来些細な事でもヒデ君に相談している。

 ヒデ君は一通り私の話を聞き終えて、じゃ土曜日は真依を部活に送って、久々に英次と二人で何処か出掛けてくるよ、と言っていた。

 母親の私より同性のヒデ君の方が英次も本音で話易いかもしれない。

 英次の事はヒデ君に任せる事にして、私は暁美ちゃんを追いかけた。


 土曜日の朝から凛々子が仕事の合間にTSGSを操作して、暁美ちゃんの動向を探ってくれた。

 そして、お昼頃家を出たとの連絡を受けたので、私は暁美ちゃんを尾行した。

 何もやましい事がなければそれはそれでいい。私の杞憂に終わる。

 でも、もし何か良からぬ事があるなら躊躇いはしない。


 因みに、暁美ちゃんの尾行中は凛々子に貰った光学迷彩の変装アイテムを着けている。

 他人からの目を誤魔化す為のアイテムで自分の容姿を自在に変化にさせられる。

 これがあれば細身の女の私でも即座にスキンヘッドのゴリマッチョになれる。


 暁美ちゃんは危惧していた通り、英次以外の男の子と駅前で合流して、街中のカフェに入っていった。

 ただ、まだ今の段階で完全に黒と断定する事は出来ない。ただの男友達だという事もあり得る。


 暫く様子を窺っていると、二人はそのカフェを出たので、後をつけた。

 ちょっと予想はしていたけど、二人は案の定ホテル街へ歩いていった。

 ホテル前に着いた暁美ちゃんの渋っている様子が窺え、連れの男の子が彼女の腕を引っ張っていた。

 傍目から見れば犯罪の匂いがする場面だが、周りには人気はなかった。

 仮に周りに人がいたとしても、イチャついて戯れていだけとも考えられるので、声を掛ける人は少なそう。


 私はそんな二人の脇をすり抜け、ホテルの敷地で変装を解除して待機した。

 暁美ちゃんの本当の気持ちは今の段階では分からないけど、英次と付き合っているのに他の子とホテルに入るなんて言語道断。警察のネズミ取りみたいに犯罪を犯してから逮捕みたいな卑怯なやり方はしない。もしホテルに入るようなら事前に全力で止める。

 そうならない事を祈るけど・・・


 けど、私の祈りも虚しく、二人はホテルの敷地一歩手前まで来た。

 そして、私は暁美ちゃんと対峙した。




 ―――ガチャ


 私がここ最近の出来事を振り返っていると家の玄関が開く音がした。


「ただいま」


 それは、学校帰りの英次だった。

 そして、その隣には暁美ちゃんがいる。

 彼女の表情には少し怯えの色が窺えたけど、その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。





εεεあとがきεεε

前回の大学生編のあとがきでアイテム的なサムシングは出ないと言いましたが、あれは嘘でした。

いや、あの段階では嘘ではなかったのですが、便利なアイテムを思いついたので途中から採用しました。

因みにそのTSGSの原理は相対性理論を参考にしていますが、私自身ちゃんと理解出来ていません。なので、苦情は受け付けません。

まぁ、それを調べているから執筆が遅くなったりしているので、そこら辺の設定は適当で早く書け!という苦情はあるかもしれませんが・・・

後、真桜の回は総じて文字数が多くなりがち・・・


 


 


 


 



 


 

 


 

 


 


 

 

 

 

 

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