#14 絶対にNTRない彼女③





 私は俯いて、真桜さんの目をまともに見れないでいた。

 そんな私の様子に戸惑う新島君だけど、ホテルに入る事は諦めていないようだ。


「ちょっと、おばさんそこどいてくれます? 俺たちここに入りたいんですけど。 いい歳して昼間からサカって恥ずかしいですよ」


 に、新島君!!! な、な、なんて事言ってるのッ?!


「おばさん? サカる? ふ~ん。そう・・・」


 真桜さんは笑顔を崩してはいないけど、その額には青筋が浮かび上がっているのが分かった。

 私は生きた心地がしなかった。


「やめてッ、新島君ッ! この人は英次クンのお母さんなの・・・」


「えっ?! ―――マジッ?」


 新島君は私へと振り返って、目を剥いて驚いた。

 先程のまでの優しい笑顔は消え、目に見えて狼狽しているのが分かった。

 私も首筋に大粒の汗が流れるのを感じた。


「・・・どうして、ここ、に?」


 私のどもった声とは対象的に、真桜さんは優しく澄んだ声音で言葉を発した。


「暁美ちゃん、私が何故ここにいるかなんて今はどうでもいいのよ。それよりも、アナタよ。これはどういう状況か説明してくれる? まさか、もう英次と別れて他の子と関係があるなんて思わなかったから」


「えっ? ち、違いますッ! 私、英次クンとは別れてないですッ! まだお付き合いしてます」


「じゃ、英次と付き合いながらその子とも関係があるって事? それがいけない事だって分かってる? それが浮気だって分かってる?」


 今の状況をはっきり浮気と言葉で表されて、目の前が真っ暗になるのを感じた。体は言うことを聞いてくれず、震えはさらに大きくなった。


「で、でも、中には入っても、何も、しないって、言って・・・」


「そ、そうです。僕たちは中に入っても何もするつもりはないんですよ」


 私の言葉に新島君も同調したけど・・・


「だまりなさいッ!!」


「―――ッ!!!」


 真桜さんは肌がヒリつくような怒号を発した。


「はぁー、暁美ちゃん。本当にそんな言葉を信じているの? ホテルに入って男女がやる事なんて一つしかないわ。もう高校生なんだからそれぐらい分かるわよね?」


「・・・ぁぅ、ぅ、っ・・・」


 私は何も言い返せず、ただ、間抜けに口を半開きにする事しか出来なかった。


「仮に本当に何もしなかったとしても、それをどう証明出来る? 恋人以外の人とホテルに入って、私は何もしてない、これは浮気じゃないと言える? それを他人に信じてもらえると思う? 愛してる恋人の目を見て同じ事が言える?」


「・・・・・・・・・・」


 何も言い返せる言葉が見つからない。

 呼吸をするのも苦しい・・・

 真桜さんは子供をあやす様な口調で続けた。


「暁美ちゃん。私は息子である英次が大事よ。でも、それと同じぐらいアナタも大事。だから、もうアナタの心が英次から離れているなら、残念ではあるけど、引き止めるつもりはないわ。その男の子の事が好きならそれでもいい。ただ、しっかり順序を守ってほしいの。しっかりと英次と別れてから、その子と付き合いなさい。それがルールよ」


「やめてくだ、さい・・・ そんな事言わないで下さい・・・」


 私は気がつけば涙声になっていた。


「なら、それを行動で示しなさい。一度立ち止まって自分の気持と向き合い、しっかりと答えを出しなさい。このような中途半端な状態で英次と付き合う事は私は許しません!」


 腕を前に組んで仁王立ちしている真桜さんの顔はいつの間にか笑顔が消えていた。

 その代わり、鬼のような険しい表情を浮かべていた。


「今日の所は二人とも帰りなさい。制服じゃないとは言え高校生がこんな所に入るべきではないわ。さぁ!」


 真桜さんに諭され、流石に新島君も初めの勢いを失っていた。


「森凱さん・・・」


「帰ろう・・・」


「でも・・・」


「―――帰るッ!」


 私はかつてない程の大声を出した。

 新島君の手を振りほどき、駅に向かって歩きだした。

 さっきまであんなに振りほどけなかった腕が簡単に離れた。

 でも、真桜さんの言葉は頭から離れなかった。


 見知らぬ町を方角も分からず歩いていたのに、気がつけば駅に着いていた。

 新島君もいつの間にかいなくなっていが、私は気にせず電車に乗った。

 メッセージが来ている気がするが、確認する気になれない。


 私はそのまま一目散に家へと帰った。

 靴を乱雑に脱ぎ捨て、部屋のベッドに潜り込んだ。


「・・・ぅぅ、っぅぅ、ぐっぅ、ぅぅ・・・」


 そして、私は一人泣いた。

 チラリと空の金魚鉢が瞳の端に映った。

 私は声を抑えられず、大声で泣いた。

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