#13 NTRにいたる病②




 見知らぬ町の知らないカフェ。

 店内はオシャレで落ち着いた雰囲気のある内装だけど、私はそれらを楽しむ余裕はない。

 上座に座る私の対面にはテーブルを挟んで、新島君が座っている。

 彼は饒舌に喜々として口を動かしている。

 少ない動きながら、ジェスチャーも交え話を盛り上げている。

 私は何処か心ここにあらずな気持ちでその話を聞いている。

 多分その話は面白くて、聞いていて飽きない内容なのだろう。

 もしかしたら、このシチュエーションだけで、学校の女の子たちは彼にメロメロになるのかもしれない。

 私にはどうしてもそんな風には思えないけど・・・

 それでも、彼の話は止まらない。


 私は新島君との一度だけの約束を果たすため、知らない町までやって来ている。

 英次クンはもちろんだけど、学校の知り合いにも新島君と二人っきりな所を見られるのはマズイ。

 だから、知り合いが誰もいなそうな少し遠くの町まで行く事を提案されて、それを断る理由はなかった。


 私にとっては見知らぬ町だけど、新島君は駅を降りて、何の迷いもなく歩き始めて、この店まで連れてこられた。

 彼はこの町を知っているのかもしれない。けど、そんな事は今の私にとっては些細な事だ。


 私は今回のお出掛けだけで、新島君からの告白をきっぱり断るつもりでいる。

 彼もそのつもりだし、何も問題ないはず。

 しかし、私は今回のお出掛けに関して、当然英次クンには嘘をついた。

 ありもしない用事をでっち上げて、仕方ないとは言え、心苦しかった。

 そんな後ろめたさを抱えているせいか、今日と言う日が早く終わってほしいと願う・・・


 昼過ぎに落ち合い、今は午後の3時過ぎ。

 英次クンの家にお邪魔する時は帰りが遅くなっても両親はあまりガミガミ言ってこないけど、今日帰りが遅くなると言い訳しづらい。

 何故なら、英次クンと一緒にいたと嘘はつけない。

 そんな嘘すぐにバレるから。

 だから、私はどこか遠くの方を見るように、早く帰りたいなぁ、と思っていると、新島君の声のトーンが変わった。


「俺の話、つまらなかったかな?」


「えっ! い、いや、そんな事ないけど・・・」


 思ってもいない事が口をついた。

 不必要に他人を傷つけたくない、良い子ちゃんぶった一面が咄嗟にでた。


「そっか、それなら良かった」


 そう言って新島君は朗らかに笑った。

 私の嘘は誰も救わない。新島君も私自身も・・・

 やっぱり今この場ではっきりするべきだ。


「ごめんなさい、新島君。やっぱり私、あなたの告白には・・・」


「ごめんッ! 待って!」


 私が言葉を最後まで言い終わる前に、新島君に割って入られた。

 何か既視感がある場面だけど、私は続けなくちゃいけない。


「あの、私・・・」


「最後にッ・・・寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」


 新島君は私が喋っている途中で話を被せてくる。

 私は少し眉間に皺が寄ったが、最後だと言う言葉を信じ、了承する事にした。


 お会計を済ませ、店を出る。

 新島君はまたしても迷いなく歩を進めた。私はその後を追う。

 駅の方向とは反対な気がする。方向音痴だから、あまり自信はないけど・・・

 次第にあまり人通りがない路地に入っていった。

 何処まで行くのだろう、と少し不安になっていると、新島君の歩みが止まった。


「新島君・・・?」


「最後にここで二人っきりで話をしよう」


 ここで二人っきりって・・・

 新島君が歩みを止めたのはラブホテルの前だった。


「えーっと、流石にここには入れないよ」


「大丈夫、大丈夫、何もしないから。ただ、二人っきりの空間が欲しかったんだ」


 新島君は私が拒絶の意思を示しても一歩も引いてくれない。

 流石の私でもここがどういう場所かは分かる。

 まだ英次クンともキスまでしかしてないのに、他の誰かに触れられるなんて嫌。


 私が渋っていると新島君に腕を掴まれた。


「大丈夫、大丈夫、何もしないから。とりあえず、入ろ?」


 私は急に腕を掴まれてビクッとなった。

 振りほどこうにも、とてもじゃないけど非力な私の力ではビクともしない。

 私に優しく語りかけてくる今の新島君の笑顔が怖い。


「に、新島君? 腕離してくれない? わ、私もう帰るから・・・」


 言葉が尻すぼみに弱くなる。

 陰口を言われた時とは別の言いしれぬ恐怖が湧いてきた。


「何をそんなに心配しているの? 大丈夫だって。それよりもこんな所で留まってると誰か知り合いに見られる可能性があるよ? だから、とりあえず入ろ?」


「で、でも・・・」


「いいの、誰かに今のこの状況を見られちゃっても? 黒若君に誤解されるんじゃない? それでもいいの?」


 良くない、良くないッ! そんなの絶対ダメッ!

 でも、ホテルの中に入るなんて・・・


「大丈夫だって。本当に何もしないから。ゆっくり話するだけだから」


「・・・・・・・・」


 そうなのかな、本当に何もしないのかな・・・

 私は新島君と話している内にドンドン最初にあった拒絶の意思が薄れていくのを感じた。

 新島君に引きずられる形だけど少しずつ私の足は一歩、また一歩とホテルの入り口に近づいた。

 これ以上行くと引き返せない。けど、彼の腕を振りほどく事も出来ない。

 抵抗の意思が弱まり、新島君と私はホテルの敷地まで後一歩の所まで来た。

 もう私が諦めの境地に達しようとした時、ホテルの敷地内から一つの人影が飛び出して来た。


 こんな所で誰かとすれ違いたくない。例えそれが赤の他人だとしても・・・


 私は咄嗟にその人影から目線を逸らせよとしたが、その前にその人の顔がはっきりと私の瞳映った。

 その瞬間、私の心臓は止まってしまったかのような衝撃に襲われた。

 数瞬で静止していた世界が動き出し、心臓がかつてないほど脈打ち出して、動悸が激しくなるのを感じた。

 その人はある意味では英次クン以上に今会いたくない人だった・・・


 その人は・・・

 年齢に反して年若く見え、凄く綺麗な人。

 いつも気さくに私に話しかけてくれるとても優しい人。

 コレクションの小説も貸してくれる私を信用してくれている人。

 知的で自分というモノをしっかり持っている私の密かな憧れの人。


 英次クンのお母さん―――黒若真桜くろわかまおさんは、今まで見た事ない程の冷たい目で私を見ている。


「これはどういうことかしら? 暁美ちゃん?」


 にっこりっと笑顔で私に喋り掛けてくるその瞳は一切笑っていない。

 私は頭が真っ白になり、体は自然と小刻みに震えだした。






 

 

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