#12 NTRにいたる病①
「―――森凱さん、好きだッ!」
「えっ?!」
季節は11月。
夕暮れに向かう太陽を背に、
新島君は私と同じ二年生だけど、クラスが違う。
しかし、私は彼を知っている、何故なら彼はこの高校では超有名人だからだ。
一年生の頃からサッカー部に所属して、先輩達を押しのけてレギュラーで活躍している。
スポーツが出来る男の子はモテる傾向にあるが、一年生からレギュラーで次期エースと呼ばれる人なら尚更だ。
それに彼は容姿も優れている。
高身長に整った顔立ち。スポーツで鍛えられた引き締まった体。
それでいて性格も良いとの評判だ。
誰にでも分け隔てなく接し、会話も上手で話していても飽きないらしい。
そんなモテる要素しかない新島君だけど、誰かと付き合っているという噂は聞いた事がない。
彼のお眼鏡に叶う女の子なんてそうそういないのかなぁ~って漠然と思っていた。
だから、そんな彼に屋上に呼び出されて、あろう事か告白された事が心底信じられなかった。
でも、告白されても困る。私には英次クンがいるから・・・
「あ、あのー、えっと、私・・・」
「ちょっと待ってッ!」
私が口籠っていると、新島君が言葉で遮ってきた。
その顔は真剣そのものだ。
「森凱さんの言いたいことは分かる。黒若君と付き合ってるから、俺とは付き合えないって事でしょ? だけど、ちょっと俺の話を聞いてほしい」
そこまでわかっていて何の話だろう?
私は訝しみながらも話を聞いた。
「君がすでに黒若君と恋人同士なのはよく分かっている。ただ、どうしても諦めけらないんだ。だから、俺にチャンスをくれないか?」
チャンス?
私は小首をかしげた。
新島君の言葉の意図がいまいちつかめない。
「森凱さんの事はずっと気になっていた。気になりつつも何も行動しなかった俺が何を言っても滑稽だろうが、俺を知ってもらうチャンスがほしい。俺という人間を知った上で振ってほしい。わがままな事を言っているのは百も承知だけど、好きな人に恋人がいて、素直に諦められる程、俺は人間出来ちゃいない。なら、納得した上で振られたいんだ」
新島君の主張は分かるような分からないような、そんな曖昧な感じで私の頭に流れてきた。
英次クンと知り合うまで恋愛に疎かった私にはその理論が正しいのかどうか分からない。
私が困って無言でいると、新島君はさらに続けた。
「もし、もしもだよ、黒若君にすでに彼女がいて、それでも森凱さんは彼の事が好きになったら諦めきれる? もし諦められたら、それって黒若君の事そんなに好きじゃないって事じゃない?」
英次クンが私と付き合う前に別の女の子と付き合っていたら・・・?
仮定の話と分かっていても、それを想像するだけで胸がギューッと締め付けられる思いがした。
そうなったら、私は素直に身を引く事ができるのだろうか・・・
そんなこと、そんなこと・・・
「ごめん・・・ 卑怯な質問だったよね。でも、俺の諦めきれない気持ちも分かるだろ?」
私がよっぽど困惑した表情を浮かべていたのかな、新島君は申し訳無さそうに話を続けた。
「ほんのちょっとのチャンスでいい。一回でいいから俺を知ってもらう機会がほしい。その後盛大に振ってくれていいから。頼むッ!」
新島君は勢いよく頭を下げた。
今のこの光景を学校の女の子たちに見られたらとんでもない事になるだろう。
妬み嫉みの視線だけならまだマシかもしれない、ヘタをすれば殺気すら飛ばされかねない。
それほどまでに新島君は人気者だ。
変に新島君の気持ちに共感してしまったから断りづらい。それに、それほどまでに人気者の新島君に好意を寄せられている事に微かに喜んでいる自分がいるもの事実。
新島君に告白された私を地味子という子はもう誰もいないだろう。
そんな考えが私の脳を支配する。
だから・・・
「・・・いいよ。一回だけなら」
私は肯定の言葉を返した。
私の言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべた新島君は私に歩み寄り、お互いの連絡先を交換した。
「ありがとう、俺のわがまま聞いてもらっちゃって」
「それはいいけど、本当に一回だけで納得してくれる?」
「それは安心して。男に二言はないから」
男らしいセリフを吐く新島君の顔は凄く爽やかで、見惚れてしまいそうな程美しかった。
「でも、黒若君には内緒の方がいいのかな?余計な心配掛けたくないよね?」
「・・・うん」
私の頷きに、小さく手をあげて分かった、と呟く新島君。
当然、英次クンには知らせられない。余計な心配と誤解を生んでしまうから。
どれだけ新島君がカッコよくて、性格が良くても、私が好きなのは英次クンだけだ。
その想いが強ければ私たちの絆が揺らぐ事は決してない。
私は決意を胸にした。
新島君は連絡するね、と言って先に屋上を去った。
遅れて屋上を去った私は校門で待ってくれていた英次クンと合流した。
英次クンの顔を見たとき胸に少しズキッとした痛みが走った気がしたけど、すぐにその違和感は感じなくなった。
いつも通りの英次クンとの下校。
私は先程の屋上の出来事などすっかり忘れて、彼との会話に夢中になっていた。
先に最寄り駅に着いた私は英次クンと別れ、家路についた。
私の毎日のルーティン。
家に帰るとまず初めに『キンちゃん』に挨拶をする。
夏祭りで英次クンが取ってくれた金魚。
縁日の金魚だからすぐに死んでしまうと思っていたが、『キンちゃん』は凄く元気で長生きだ。
私があの事で落ち込んでいた時も『キンちゃん』を眺めていると自然と元気をもらえた。
お姉ちゃんと並んで、私の恩人。
人じゃないから、恩魚? フフフ、変なの。
私は浮かれ気分で自室の扉を開けた。
そして、棚の上に置かれた金魚鉢を覗き込んだ。
「ただいま、キンちゃん・・・?」
返事がない。金魚だから当然返事なんてしてくれないけど、返事がない。
『キンちゃん』は金魚鉢の水面に横向きに浮いていた。
おかしい、いつもは背びれを上向きにして、元気に泳いでいるのに・・・
私は目の前の現実を受け止められないでいた。
時計だけがチクタクと虚しく部屋に響いている。
『キンちゃん』が死んだ・・・
『キンちゃん』が死んじゃった・・・
立ち尽くす私の手のひらからカバンがスルリと落ちると同時に私の中の大切なナニかも滑り落ちた気がした。
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