#11 不安な気持ち
暁美が別人のように変わった。
こう言えば悪い方向に取られかねないが、別に悪い意味ではない。
寧ろ、いい方向に変わったと言っていいだろう。
おさげの三編みで、メガネをかけた地味な女の子が以前の暁美だった。
今は髪をおろし、メガネを外して、少し化粧をしている。
その見た目は控え目に言っても美少女だ。
元々顔立ちが良いのは知っていたが、ここまで変わるとは正直思っていなかった。
何故暁美はここまで変わろうと思ったのか?
俺が覚えている最初の違和感は夏休み明けの二学期が始まってすぐだった。
妙に元気のない暁美が心配になった。
大丈夫か?と声をかけても、心配ない、大丈夫と答えるだけで、無理をしているのが傍目からでも分かる程だった。
あまりしつこく訊いても嫌がられるだけだと思い、そっと見守るように普段通りに接した。
それからすぐの事だった、暁美が変わりだしたのは・・・
初めの変化は些細なもので前髪がいつもよりも整っていて、今時の女子高生っぽかった。それを指摘すると暁美は凄く喜んでいた。
その笑顔は以前の暁美のものに近く、俺は少し安堵した。
何か悩みを抱えていたみたいだったが、それが解決、若しくは改善の兆しが見えたのだろう。
良かった、良かったと俺は心の底でホッとした。
しかし、暁美の変化はそれだけに留まらなかった。
その次は突然メガネを外して、コンタクトで登校してきた。
これには俺だけではなく、周りのクラスメイトもびっくりしていた。
暁美と言えば、メガネがある種のトレードマークだったから、それを外せば誰だって気がつくだろう。
そして、以前とは違って、前髪を綺麗にセットしていた為、その整った顔立ちが隠れる事はなかった。
登校時に暁美と待合せしていた俺はその美人さに目を奪われた。
夏祭りでの浴衣姿からそれで二回目だった。
暁美にはいい意味で驚かされてばかりだ。
しかし、当然驚いたのは俺だけではなかった。
教室に到着すると、クラス全員が目を剥いて驚いていた。
クラスの積極的な女子はすぐに暁美に話かけていた。
男子も遠目でチラチラと見て、ヒソヒソと仲間内で噂しているようだった。
次第にそんな状況に俺は少しヤキモキした。
何がきっかけで暁美が変わろうと思ったのかは分からないが、彼女が望んだ事なら俺があまりとやかく言う資格はない。
彼氏彼女だからと言っても束縛するのには限度ってものがある。
しかし、そんな理性的な考えとは裏腹に俺の心は落ち着かなかった。
今まで大人しかった暁美が色んなクラスメイトと談笑している。
それはきっと良い事なんだろう。
今までの一人で静かに読書がダメって訳じゃないが、積極的にクラスメイトと関わる事も悪い事ではない。
それでも、そんな暁美の姿を見るのが少し辛かった。
自分の知らない、遠い存在になった様な感覚に陥る。
俺は正直な話、暁美が酷く落ち込んでいた時の理由を俺との関係に悩んでいると思っていた。
落ち込んでいる事を心配しても大丈夫としか返ってこないし、明らかに落ち込んでいたのにその事すらも否定していたからだ。
俺に話せない内容って事は何らかの理由で俺と別れるか別れないかを悩んでいるんだと思っていた。
確定的な事ではないけど、そう疑いたくもなった。
結果的には暁美から別れ話をされる事もなく、そんな素振りを見せることもなくなり、元気を取り戻した。
俺には今の暁美の事がよく分からない。
暁美の容姿が変わっただけで、俺たちの付き合い方は変わっていない。
それでも・・・
周りから見ても俺たちは仲の良いカップルに見えるのだろう。
周りからはあんな美少女と付き合えて羨ましいと羨ましがられ、中には、先物買い的な事を言ってくるヤツもいた。
その物言いは気になるものの、世間一般的には今の美少女な見た目の暁美と付き合っている事はラッキーな事なのだろう。
俺も今のメガネを外して、髪を下した暁美も好きだ。
でも・・・
おさげの三つ編みで、前髪に隠れた色んな表情が見える暁美も好きだった。
でも、最近はその三つ編みもトンっと見なくなった。
この気持ちは独占欲なのだろうかと思ったりもする・・・
自分だけの暁美でいてほしいって気持ち・・・
そんな利己的な気持ちを醜いと感じながらも、消し去る事が出来ない。
人は未知なものに恐れを抱くと聞いた事がある。
それがこんなも不安になるなんて・・・
俺は暁美が分からない・・・
ε
全てが順調にいっている気がする。
お姉ちゃんに相談して容姿を少しずつ段階的に変え始めてから。
私に陰口を言ってきた女の子もあれ以来大人しい。
他のクラスメイトがいる教室はもちろんの事、廊下などの二人っきりの時でも特に私につっかかってくる事はなくなった。
元々彼女一人だけだったし、そこまで執拗に私をイジメるつもりはなかったのかもしれない。
そう考えると、あそこまでこの事について思い悩んでいたのが馬鹿らしくなった。
でも、今となってはどうでもいい。私にとっては英次クンが一番大事だから。
お姉ちゃんの行きつけの美容室で前髪を整えてもらい、オシャレにセットして登校した初日に英次クンはその変化に気づいてくれてた。
あの時は本当に嬉しかった。
長年同じ格好をしていた私にとって前髪一つ変えるだけでも凄く勇気のいる事だった。
英次クンが気に入らなかったらどうしようかと凄く不安だった。
だから、英次クンに褒めてもらえた時は私の中の不安が一気になくなったような気がした。
そして、メガネを外してコンタクトで登校する勇気も貰えた。
お姉ちゃん曰く、前髪を変えるのとコンタクトにするのでは周りの反応の大きさが全然違うと言われた。
確かに、メガネって顔の印象の大部分を占めてるもんね。
思っていた通り、英次クンだけじゃなく、クラスのみんなも私の変化に気づき、驚いていた。
全員じゃなかったけど、その反応は概ね好印象だった。
英次クンからだけじゃなく、他の人からも容姿を褒めてもらえた事で大分自信を取り戻せたと思う。
―――もう以前のような地味子じゃない。
そう思える事で心が軽くなり、英次クンと一緒にいるのが増々楽しくなった。
英次クンも褒めてくれたし、もっとオシャレを楽しみたいとも思った。
お姉ちゃんに色々教えてもらったり、最近仲良くなったクラスの女の子たちともそんな話が多くなった。
お小遣いだけじゃ大した洋服は買えないけど、それでもファッション雑誌の可愛いコーディネートを見るだけでも楽しい。
本当にお姉ちゃんには感謝しかない。
「暁美、アンタ・・・」
「ん? 何お姉ちゃん?」
「最近、おさげの三つ編みしなくなったわね。初めの頃はたまにやってたのに・・・」
「えっ? そうだっけ?」
おさげの三つ編み? う~ん、あんな地味な髪型あんまりしたくないなぁ・・・
・・・地味な見た目を卒業したんだからあんな髪型にしたらまた地味子に逆戻りじゃないッ!
「・・・アンタがいいなら私は何も言わないわ。ただ、あんなにおばあちゃんが大好きで、ずっとあの髪型にしていたから・・・」
「・・・」
何故だろう、あんなに大好きだったおばあちゃんの顔が思い出せない。
お姉ちゃんの言う通り、私はおばあちゃんが大好きだった。
幼い頃、忙しい両親の代わりにお姉ちゃんと一緒にいっぱい遊んでもらった。
だから、おばあちゃんが亡くなった時はずっと泣いていたと思う。
よく髪の毛を三つ編みに編んでくれたおばあちゃん。
三つ編みをする事でおばあちゃんがいなくなっても傍に感じる事が出来た。
そんなおばあちゃんの顔が思い出せない・・・
私は何か大事なものを忘れてしまったのだろうか・・・
そんな不安が一瞬脳裏を過ぎり、消えていった。
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