#10 妹想いのお姉ちゃん
玄関先でたまたま一緒になった暁美の顔に私は驚愕した。
元々あまり喜怒哀楽が表情に出ない我が妹。
でも、英次君と付き合い始めてから、笑顔が増え、口数も増えた。
恋って人をここまで変えるのかと関心していたが、恋愛は決して良いことばかりじゃない事も分かっていた。
それでも今の暁美の表情は悲痛で、とても見ていられなかった。
私はただ事ではないと思い、暁美の手を引っ張り、私の部屋へと連れてきた。
今の暁美を両親には見せられない。
愛する娘の今の状況をお父さんとお母さんが知ってしまうと大きなショックを受けるかもしれない。
幸い、お父さんはまだ仕事から帰っていないし、お母さんは台所で夕飯の支度中だったので、軽い挨拶のみで済んだ。
私一人で解決出来るなら
勿論、事と次第によっては両親の助けも必要になるだろうが、とりあえず暁美から話を訊くしかない。
「暁美、どうしたの? 何かあったんじゃないの?」
「・・・」
床に座っている暁美は俯いたままだんまりだ。
彼女の両手はスカートの裾にギューッと握られている。
その姿に私の心臓は締め付けられる思いがした。
「英次君に関係ある事?」
「・・・」
返事がない。でも、暁美は小さく頷いた。
私は私の可愛い妹を悲しませた英次君に怒りを覚えた。
「アンタが言いにくいなら私が英次君と話そうか?」
「―――えっ?!」
ホント、男ってどいつもこいつもしょーもない生き物よッ!
私の周りにも男に泣かされた子がたくさんいるわ。
「男なんてね、すぐに浮気する生き物なのよッ! でも、まだ高校生でそんな事するなんて信じられないわ。 英次君も誠実そうに見えたのに人は見かけによらないわね」
「ちょ、ちょっと! お姉ちゃん?!」
男なんて平気で嘘もつくし、親友の彼女だろうと、可愛ければすぐにちょかいをだす。
「ちょっと、お姉ちゃん! 何か誤解してないッ?」
なぁーにが、愛してるのはお前だけだよ、だってぇー、その後すぐに他の女とちちくり合ってるじゃーねぇかッ!
「お姉ちゃんッ! 英次クンは浮気なんてしてないッ! 英次クンはそんな人じゃないよぉぉ うぐっ・・・」
「へっ?」
あれ? 暁美が嗚咽を鳴らしながら涙目で私を睨んでくる。
どうやら、私は大きな勘違いをしているみたいだ。
暁美に先程の事を謝り、落ち着いた所で落ち込んでいた本当の理由を聞いた。
それは私が勘違いしていた内容とは大きく異なり、暁美自身の問題だった。
「それって、英次君に相談した?」
「無理だよ。だって、だって、もし英次クンも同じ考えだと思うと怖くて訊けない・・・」
「う〜ん、さっきは酷い言い方をしちゃったけど、英次君はそんな事思ってないと思うけどな・・・」
「だって、だって、私が地味なのは事実だもん。それにこんな事でグチグチ言ってる女の子なんてきっと好きじゃないよ・・・」
どうやら考える事全てがネガティブな方向にいっているみたいね。
誰しも心が弱っていると物事をポジティブに考えるのは難しい。
暁美からの話では、告白したのは英次君からっぽいし、そんな事思ってないとは思うが・・・
暁美はついにその大きな双眸から大粒の涙を流しだした。
「でも、英次クンと別れたくない。別れたくないよぉ・・・ ゔぅぅぅ、ヒック、ゔぅぅぅ」
暁美は嗚咽を漏らしながら、両手で必死に涙を拭っている。
あらら、折角の可愛い顔が台無しじゃない・・・
私はそっと近づき、暁美を強く抱きしめた。
あーあ、折角この前のバイト代で買ったお気に入りのブラウスが涙と鼻水でぐちゃぐちゃだわ・・・
私は暁美の背中を摩りながら、大丈夫、大丈夫と繰り返し呟いた。
・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
「お姉ちゃんに考えがあるんだけど、聞く?」
泣きつかれた暁美は少し落ち着きを取り戻し、私の話を静かに聞いている。
暁美の本音を大体聞いた私はある考えに至った。
「アンタの今の見た目が地味なのは事実よ。でも、女の子なんて変わろう思えば、ちょっとした事でも印象が大分変わるの。私が高校生まで地味だったのは覚えてるわよね?」
暁美は小さく頷いた。
何を隠そう、私も高校生までは地味子で通っていた。
所謂、大学デビューというやつで、高校卒業から大学入学の間にガラッと見た目を変えた。
髪を染め、パーマをかけ、フワッとした髪型に仕上げた。
ファッションとメイクも雑誌をいっぱい買って、勉強した。
その結果、高校生の頃は異性との色恋などとはかけ離れた生活を送っていた私が、大学入学一ヶ月で男の子から告白されたのだ。
結果的にその人とは長く付き合わなかったけど、人は見た目でこうも変わるものかと実感した。
中身うんむんの話の前に、男も女も身だしなみに気をつけてない人は恋愛対象になりにくい。
人間、所詮そんなもんだ。
そして、暁美の場合はすでに英次君という彼氏がおり、私から見ればお似合いのカップルである。
しかし、今の暁美は自分に自信がなく、自己評価が低い。
この場合、たとえその意地悪を言ってきた女の子を外的要因で黙らせられたとしても、また別の子が同じような事を言ってきたら、同じ事の繰り返しだ。
暁美自身が変わって、乗り越えないと意味がない。
相手の事を疑わず、一途に信じ抜く事は中々難しい。
私だって、今の彼氏を100%信じ切れるかと言われれば、はいとは答えづらい。
だから、暁美も英次君の事を100%信じる必要はない。ただ、自分に自信を持てれば、不釣り合いだなんて思わなくなるだろう。
その為の第一歩として、イメチェンをする。
周りの見る目が変われば、本人の気持ちにも多少影響が出るはずだ。
「とりあえず、そのメガネをやめて、コンタクトにしようか、それに髪型も変える必要があるわ。今度私の行きつけの美容室に連れていってあげる」
「コンタクト・・・ ちょっと怖い。それにこの三編みもおばあちゃんとの思い出だし・・・」
「コンタクトは慣れればどうって事ないから大丈夫。髪型を変えるって言っても常に同じ髪型である必要はないのよ。たまに三編みすればいいじゃない。それぐらいでおばあちゃんも怒らないよ。むしろ、暁美が楽しく過ごせる方がおばあちゃんも喜ぶよ」
「そう、かな・・・」
「暁美。急に見た目を変える事は勇気がいるわ。でも、その勇気さえあれば簡単に変えられる見た目さえ変えれないようじゃ、中身なんてもっと変わらないよ。英次君ともっと一緒にいたいんでしょ?」
「―――うんッ! 分かった。お姉ちゃん色々教え下さい」
暁美はわざわざ立ち上がって、
ちょっと卑怯な言い方をしてしまったけど、暁美のやる気が出てよかった。
発破をかけた張本人だし、しっかり問題解決出来るようにサポートしないと。
でも、今の暁美と私の大学デビューとでは大きな違いがある。
「私の場合は大学入学のタイミングで見た目を変えたから特別変に思われることはなかったけど、暁美の場合は高校二年生の二学期のこのタイミングで突然大きく見た目が変われば周りから変に浮く可能性がある」
「そ、それは・・・」
「そんな心配そうな顔しないで。ちゃんと考えてあるから。突然じゃなくて、ゆっくりイメチェンするのよ」
「ゆっくり・・・?」
「そうッ! いきなり髪型変えて、メガネ外して、化粧をばっちりして登校したらみんなビックリするでしょ? ヘタしたら暁美って気づかれないかもね。だから、まずその前髪だけ変えるの。そして、それを一週間続けて、その次の週はおさげの三つ編みをやめて別の髪型にしてみる。そんな感じで段々と見た目を変えていくのよ」
「そんな事で大丈夫なの?」
「そりゃ絶対とは言えないけど、少なくともやる価値はあるわよ。もし上手くいきそうになかったらメガネに戻せばいいし、髪型も大きくカットしなければ修正が効くし、どう?やってみる?」
暁美は私の提案に少し渋い顔をしながら考え込んでいる。
世の中に絶対なんてモノはないけど、昔の人は真の失敗とは、開拓の心を忘れ、困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちのことだッ!って言ってたから、挑戦する事、変わろうとする事に意味がある。
私的には暁美は元々の素材が良いから、前々から勿体ないと思っていたのよ。ハマれば相当な美人になるわよ。
少し俯き加減だった暁美は顔を上げた。その瞳には決意の光が宿っていた。
私は早速、美容室に予約の電話をいれた。
平日は学校があるので、休みの土曜日の午前中に行く事にした。
暁美はお母さんに食後にコンタクトを試したいと話し、承諾を得たので、早速明日の放課後に行きつけの眼科に行くことが決まった。
そして、慎重に暁美の変身計画を進めていった。
コンタクトを手に入れ、美容室で髪を整えてもらい、髪型のセットのレクチャーも受けた。
美容室に行ってからの週明けは、前髪をシースルーで整えるだけに留めた。
暁美は英次クンが髪型を変えた事に気づいてくれたッ!と喜んでいた。
英次君、グッジョブ!
次の週はメガネを外して、コンタクトで登校した。
周囲の人にかなり驚かれたらしいけど、好印象の反応が殆どだと暁美は喜んでいた。
さらにその次の週はおさげの三編みをやめて、髪をおろして過ごした。
こちらも好印象だったらしく、以前の明るい暁美に戻っていた。
ただ、英次君の反応が気になるらしい。
彼氏である英次君は暁美の細かな変化に気がついて、その度にちゃんと褒めてくれるらしいのだが、他のクラスメイトたちほど反応してくれないそうだ。
ただのクラスメイトの見た目が気がつけば変わっている程度の感覚とは違い、いつも間近にいる英次君はその変化に戸惑いを感じているのかもしれない。
彼女が可愛くなって嫌がる彼氏なんていない。暫くすれば英次君も慣れるだろう。
それからは私の助言なしに暁美は自らの見た目を決めていった。
メイクのやり方も少し教えたので、目立たない程度に施している。
洋服にも興味が出てきたみたいで、私のファション誌の電子データを見せてとせがむ事が多くなった。
周りから認められたことによって自信を取り戻せたようだし、例の意地悪してきた女の子も特に暁美にからんで来ることはなくなったようだ。
オシャレをする楽しさも覚え、自信もつけたみたいだし、私の役目は終わりかな。
「お姉ちゃん! ありがとう。全てお姉ちゃんのおかげだよッ!」
すっかり別人ようになった暁美は喜色満面だ。
私はそんな暁美を見て一安心した。
いつまでも英次君と仲よくね。
私は暁美に向かって心の中で小さく呟いた。
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