第43話 薄明
沈みゆく太陽が、空を赤く燃え上がらせるような夏の夕方。
新宿に構える烏龍ギルドオフィスの最上階、ギルドマスター執務室。
『いま
『10日間に及ぶ攻略は、日本において過去最長!』
『死者232名、生存者78名』
『日本最大級の
『世界最大のダンジョンテロ勃発。実行犯は
「久遠……使える駒を失っちまったか」
コーヒーを眺めながらぼそりと、呟いた。悲しんでいるのか、嘆いているのか、感情を読み取ることはできない。それほどに味気ない。実際のところ、龍騎にとって、生き残っても死んでもどちらでもよかった。
久遠は使える駒だった。それを失ったことで、面倒になるのだが、仕方がない。久遠を必要としない計画に移るとするか。ただただ効率的に、冷酷な判断も厭わない。目的を達成するためならば。手段も選ばない。
龍騎はコーヒー啜りながら思考に耽る。
だが、それにしても違和感がある。
ダンジョン攻略開始から7日で到達できたのは17階。そこから、たった3日で50階まで到達し、ボスを倒し攻略にいたった。
虎徹が五ツ星だからといって、攻略速度が突然加速するわけがない。速すぎる。
おそらく久遠と共に、追加で入ったメンバーの中に厄介な奴がいるな。
俺の計画を狂わせるほどに、力を持った何者かが。掃除しておいた方が良さそうだ。
何人たりとも俺の計画の邪魔はさせない。
俺は必ず――――二階堂家を潰す。
■■■
凪たち一行は、ダンジョンを攻略した後、すぐに自宅に戻った。
アクアが、祝勝会だと言って大量にマリトッツォやら気味悪い色のグミやらタピオカやらヤンニョムチキンやらを買い込んでいた。ミーハーにも程があるだろう。甘かったり辛かったりで目が回りそうだ。
3日間に及ぶ大迷宮攻略。初めての地下大迷宮ソロ攻略から比較すると大きな成長を感じる。とはいえ、死者も多く出て、正直なところ後味が良いものではない。
祝勝会をするのも少し気が引ける。
そんなことを考えながら、凪は色々な臭いで充満するリビングで一息ついていた。
アクアと神崎は、祝勝会の前に久々の風呂に入っている。
神崎が、うちの風呂に……いかんいかん。風呂から賑やかな声が聞こえてくるが、俺は心頭滅却し何も感じない、動じない心を――
「むはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜! 久々の湯船は最高じゃのぉ!! うほっ! アリスよ! 良い身体をしておるのぉ。どれどれ、妾が品定めしてやろう」
湯船に浸かっていたアクアが、神崎に飛びつく。
「ちょ、ちょちょちょ〜〜〜〜〜アクアさん! やめ、止めてくれぇぇえええ!!」
「ぐへへ、引き締まった筋肉で美しい身体じゃな。しかし、意外と出るとこが出ておるのぉ。アリスよ。隅に置けぬ女じゃ〜」
アクアが神崎のいたるところを揉みしだいていく。
「ふむふむ、なるほどなるほど......」
「んっ! ちょ……やめ……!!」
いやぁぁああ〜〜〜〜〜〜、無理! 心頭滅却とかこの状況じゃ絶対無理! 動じない心とか言う以前に色んな意味でここから動けない!! いたいけな童貞男子に、お風呂でイチャイチャする女子の会話は刺激が強すぎる!!
俺の<ナビゲーション>が視界で、シミュレーションを開始しちまう……! いや、待て、落ち着け。落ち着くんだ、
――ガン!!!!
「「!?!?!?!!!」」
風呂でもみくちゃに絡み合っていた二人が、外から凄まじい音が聞こえてきて、硬直する。
「な、なんじゃ?」
音の主は、壁を突き破るほどの勢いで頭突した凪だった。おでこからぷしゅ〜っと、知恵熱なのか痛みからくる発熱なのかわからない湯気が吹き出している。
「我が主。女性陣が出ましたら、私がお背中をお流ししましょうか?」
「……いえ、遠慮させていただきます」
一部始終を静観していたベルが、にっこりと笑って誘ってくるのを、俺はさらりと躱した。何度も言ってるが、そういう気はないので御免被りたい。
それにして悪魔は性に寛容すぎる気がする。風呂場のアクアなんかもそうだし、ベルにいたっても冗談に聞こえない。悪魔のサガなのだろうか?
興奮が、スンっと収まったが、また再燃する危険性がある。
部屋の中は危険だ。ベランダで、夜風にでも当たっていよう。
■■■
「こんなところにいたのか」
ベランダで夕日を眺めながらダンジョンでの一件を考えていると、とっぷりと日が沈んでしまった。
風呂からあがった神崎が、俺の立つベランダにやってきた。
「神崎さん、お風呂あがったんですね。どうかされました?」
髪がまだ少しだけ湿っている神崎。ふわっと、うちのシャンプーの匂いが漂ってくる。それに、俺の部屋着に身を包んだ神崎……なんだか変な感じがする。
「ああ、少しのぼせてしまったからな。夜風に当たろうと思ったんだ」
「そうですか。夜はだいぶ涼しくなってきました。夏もそろそろ終わってしまいますね」
心地の良い沈黙が、二人を包みこむ。
「君は、ベランダで何を考えていたんだ?」
「ああ……えっと……
「そうか……聞かせてもらえないだろうか?」
隣に立つ神崎の顔がはっきりと視認できないほどに、辺りはすっかりと暗くなっている。
俺は、少し躊躇するも素直に相談してみることにした。
「俺は久遠の足を再起不能にしました。海未と同じ報いを受けさせてやったんです。なのに……どうしてか。痛みで苦しんでいるはずの久遠よりも、俺が、俺の方が、久遠よりも苦しんで......いたんです」
久遠に海未と同じ、報いを受けさせた。
それでも、俺の気は晴れなかった。久遠から指摘されて、自分が苦しんでいることを自覚したんだ。
俺が弱いから。俺が、昔のまま。弱い自分のままだから。別人になんかなれない。
そしたら俺は、烏龍に、
「復讐って、何なんですかね……」
神崎は、最後まで俺の話を黙って聞いていた。しばらくして神崎が口を開く。
「私がギルド連盟に入った理由をまだ話していなかったな」
「あ、気になってました」
暗がりの奥で、神崎がにこりと笑ったような気がした。
「私の父はな。ハンターだったんだ。そして、ダンジョンで亡くなった。大好きな強くてかっこいい父が、ダンジョンで死ぬわけがない。強大なモンスターを相手に戦ったのか。それとも卑劣な手にあって、誰かに殺されたのか。そうに違いない。そう思って生きてきた……幼い頃の私は、歪んでいたな」
神崎は苦笑しながらも続ける。
「それからというもの、私はギルド連盟の職員を志したんだ。強大なモンスターが出現した時にギルドの活動を援護するために。悪質なハンターを捕まえるために。少しでも私と同じような境遇の子供が増えないように。ハンターの家族が悲しまないように。正義を実行する。そのために、強くなりたい。今はそう思っている」
夜空を見あげながら話す神崎の頬に一筋の雫が伝い、月明かりに反射した。
ああ、なんて綺麗な、美しい人なんだろう。凪はそう思った。
「きっと天国の父は、今の私を見て誇りに思ってくれている。まだまだ未熟だけれど。そう思ってくれているなら、私は嬉しい」
少しだけ赤らんだ目元で、神崎は、俺の方を見て笑った。
神崎の言葉を聞いて、はっとする。
復讐は、自分の気を晴らすためではなく、相手の気を晴らすためのものかもしれない。
俺のための復讐ではなく、あくまで海未のための復讐だったはずだ。俺の気が晴れるかなんて意味がない。海未の気が晴れなければならない。
久遠をぐちゃぐちゃにしたことで、海未の気持ちは晴れるのだろうか?
海未が意識不明から目覚めた時に、俺は胸を張って海未の前に立てるのだろうか?
思考が加速していくにつれて、俺の鼓動も速くなっていく。
本当に合っていたのかな? これでよかったのか?
「だから――」
神崎が正面を向いて手をとり、俺の思考は遮られた。
「君には自己満足で復讐なんてしてほしくはない。君は優しく、そして強い。多くの弱き者達を救える。その可能性がある。誰のために。何のために、力を振るうのか……これからそれを、考えてみてもいいのかも知れないな」
「神崎さん……俺……」
手を取り合った二人の間に優しい時間が流れる。
が、徐々に、素に戻っていく二人は、いつ手を放したらいいのかわからずに、紅潮していく。
「す、すす、すまない!」
我慢できなくなった神崎が思わず手を放す。
「自分の話を長ったらしくした挙げ句、てて、手まで握ってしまって! 説教を垂れてしまった!!」
「い、いい、いえ! 大丈夫です! ありがとうございます!」
あーと言いながら両手で顔を抑える神崎を見て、俺は困り笑顔で頬を掻いた。
先ほどとは打って変わって気まずい沈黙が訪れた。
それを打ち破るかのように、神崎が口を開く。
「一条くん、君はこれからどうしたい?」
「当面の目的は変わっていません。烏龍を潰すための具体的な計画を練りたいと思います」
ぐっ、と言葉が詰まった。
神崎の身の上話を聞いて、なぜ俺が久遠にした復讐で苦しんだのかを理解できたような気がした。だから、次は――
「……ただ、出来るだけ暴力には頼りたくない、です。もっと他の道を模索したいなと、今は考えてます。だから――引き続き協力していただけますか?」
「ああ。もちろんだ。」
二人の道を指し示すように、月明かりが照らした。
■■■
――都内某所。
裏路地の暗がりに2つの影が蠢いている。壁にもたれながら、ずるずると進む黒い影。
右腕が欠損した黒髪の少女は、背に濁りに濁った白濁色の髪をした少年を担いでいる。
少女の腕からは不思議と出血はなく、まるで人形のようだ。
(烏龍ギルドに戻るのはマズい。任務を遂行できなかった者に対して、
(いつもなら返り討ちにしてやるが、今はマズい。とにかく、久遠の治療が優先だ)
久遠の足は酷く出血しており、永遠の小さな背中でぐったりとしている。意識不明のようだ。
(クソクソクソ!!
「やぁ、君達は黄泉川姉弟だろう?」
永遠は声の方向――上を向く。敵か? 視界に入ったのは、黒のマントに身を包んだ何者か。どこの所属なのかはわからない。深々とフードを被っていて顔を確認することが出来ない。
――スキル発動、<
咄嗟にスキルを発動した永遠。即死スキルをまともに受けた黒マントの何者かは、あっさりと、死んだ。
はずが、後ろから声がする。
「あははー、好戦的だねぇ」
「!???!!」
ちぃっと、舌打ちをし、再度攻撃態勢に入る永遠。
「ちょっとちょっと! 待ってよ。話をしよう。こちらに敵意はないからさ!」
「何者だ。一体何の用があるっているんだ!」
「僕はね。君達をスカウトしにきたんだ」
「スカウト……?」
相手の出方を伺って攻撃を仕掛けようとしていたところから、咄嗟の提案に思考が鈍る。
正体不明の何者か。スキルも不明。逃げ切れる自信はない。
今、最も優先すべき事項は――
「久遠を……助けられるのか?」
「ああ、もちろんさ。腕の良いヒーラーが居るんだ」
声でわかる。こいつ、笑ってやがる。必死になっている私達を見て嗤うのか。自分の思い通りに事が進んで満足なのか。このクソ野郎が。
永遠は、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えて、優先事項を見失わないように努めた。
そして、無言で黒マントに近づいていく。
「久遠に何かしてみろ。地獄の果てまで貴様を追い詰めて、必ずなぶり殺してやる。そして、地獄に落ちてもいたぶり尽くしてやるからな」
「交渉成立だね」
鬼気迫る永遠とは対称的に、フードの奥でにこっと笑ったような感じがした。
「ようこそ、
そう言った黒尽くめのマントの奥から、手が伸びてきた。
「お友達になろう」
――第1章 大迷宮攻略編(完)
激レア職業のハズレ持ち、現代ダンジョンを無双する ~地図しか作れない無能と罵られ、最難関の大迷宮に捨てられたけど、ソロで攻略できるから問題ない~ 安田 渉 @wataru_yasuda05
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