第4話
ぼくは日を改めて、探偵事務所にまでやってきた。捜査報告を聞くためだ。探偵事務所のドアを開けると、やはり、ギイっと音がした。探偵さんと探偵助手がいる。
「調べてくれましたか」
ぼくが普通にたずねると、探偵は偉そうにいった。
「調べたとも。きみがなぜ生きているのかをね」
いったいどうやって調べたんだろう? それは置いておき、ぼくは少し緊張して正直に打ち明けた。
「ぼくの方でも調べましたよ。あなたがどういう探偵なのかをね」
探偵は驚いていた。
「ぼくを調べた。なぜ、依頼人が探偵を調べるのかな。探偵が依頼人を調べることはあっても、依頼人が探偵を調べることはないぞ」
ぼくは堂々と勇気をもって答えた。
「探偵なんて信用できません。まともな探偵なのかどうか調べなければ、こちらとしても信用できないのは当然です」
「どうやって調べたんです」
探偵が聞いてきた。
「別の探偵に頼んだんです」
「ほう、それは賢いね。三人の探偵にそれぞれの探偵を調べさせれば、探偵に気づかれずに捜査できるかもしれないね」
「そうです。そして、調べあげました。あなたは探偵国家倶楽部の会員ですね」
「そうだけど」
「あなたは、探偵が国家を統治すべきだと考える探偵国家主義者、本名は抹消済み。登録名は探偵二十号だ」
探偵はぱちぱち拍手した。
「偉い、偉い。よくそれを調べたものだよ。それを調べた探偵も、同じ倶楽部に在籍している探偵だけど」
ぼくは、のどが苦しくなってごほんと咳をした。探偵と探偵助手に見られている。あの幽霊系美女だ。長い黒髪を垂らして、なんか、魅了される。探偵助手に促されて、ぼくはまた奥の部屋へ入った。
「では、ぼくが生きている理由を教えてください」
ぼくは椅子に座るなり聞いた。
「うん、きみが生きている理由ね。調べたよ、いろいろと。それでわかったんだけど、きみのお父さんは最近、亡くなっているねえ」
父の話か。あまり話したくはないがしかたない。
「はい。父は最近、亡くなりました」
「それでね、まあ、こちらとしては、当然、疑うわけだよ。誰がきみのお父さんを殺したのかをね」
ぼくはびっくりして飲みかけていた珈琲を吹きだすところだった。何をいい出したんだ、この探偵は。探偵二十号。
「ぼくの父は殺されたのですか」
「まあ、十中八九そうだろうね」
「なぜです」
「それは、警察の資料でもそうなっている。きみのお父さんは殺されたとして捜査対象に上がっている。容疑者は、まだ警察はかなり広い範囲を探っている段階のようだけどね」
「嘘だ」
「嘘か本当かはわからないよ。ぼくがいっているのは、ぼくの捜査報告書では、きみのお父さんは殺された可能性が高く、その犯人に最も可能性が高いのは、きみだということだよ」
ぼくは冷静になって、珈琲を飲んだ。美味い。美味しい珈琲を出す探偵に悪い探偵はいない。
「ぼくが犯人だとして、警察がぼくを逮捕できると思いますか」
探偵はまた前回のように両手の手のひらを上にあげ、大げさな仕草をした。
「それは、ぼくの書く捜査報告書の影響が強いということなんじゃないかな」
ぼくは探偵の顔をしっかりと見据える。気圧されてはダメだ。
「それがぼくの生きている理由と何の関係があるんですか」
探偵はがははははっと笑った。
「そこがこの事件の面白いところなんだよ。いいかい。これは捜査途中で可能性として浮かんで来ただけのものだから、あまり気にしなくてもいいんだけど、どうしても確認をとっておきたいんだけど、いいかな」
「はい。何でも聞いてください」
探偵は、真剣な顔になって口を開いた。
「きみのお父さん、宇宙人じゃないのかな?」
ぼくはじっとがまんして座りつづけた。
「ぼくの父が宇宙人だとしたら、どうだっていうんです」
「そりゃ、きみも宇宙人だってことになるんじゃないのかい」
ぼくは一息ついた。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。こんなことに戸惑わされてはダメだ。
「ぼくが宇宙人だとしたら、なんだというんです」
「それは、これは依頼に応えるためには必要な情報だよ。地球人と宇宙人では、生きている理由は異なる可能性がある。きみが宇宙人なら、きみは宇宙から来た平和親善大使なのかもしれないし、地球を侵略する極悪人かもしれない。それがきみの生きている理由ということになるんじゃないのかな」
ぼくは堂々と珈琲を飲んだ。
「ぼくが宇宙人だというのは仮定の話ですよね」
「そうだよ」
「警察は調べてない」
「ぼくは警察より有能な探偵だからね」
きっとぼくは探偵の方を睨んだ。
「探偵さん、あなたの主観の問題としてはどうなるんですか。ぼくという抑圧された潜在意識が依頼者として顕在化して幻覚として現れ、その正体が宇宙人だったと判明する。いったいこの捜査報告書を信じて読む人が世間にいるでしょうかね。いませんよね。つまり、ぼくは逮捕されないし、ぼくの生きる理由もわからないというわけです。探偵さん、ぼくの生きる理由って何だったんですか」
探偵は真剣な顔をしていた。少し青ざめている。
「それは、きみが宇宙人としてする使命は何だったかという質問かね」
ぼくは一息ついた。少し頭を休ませて、また問答に入る。
「つまり、宇宙人と探偵はどちらが強いのかということですよ」
探偵は、珈琲を飲み、横を向いて答えた。
「それは、SFとミステリの売上のちがいを質問しているのかね」
「いえ、ちがいます」
「しかし、そうとしか聞こえないよ。この世の中、売上が第一だからね。売上には、編集者も作家も、探偵も宇宙人も逆らえないよ」
ぼくは心の底から打ちのめされて泣いて謝った。
「すいません。探偵のが宇宙人よりずっと強いです」
「いやあ、いじめるつもりはないんだけどね」
そして、ぼくは机に突っ伏して涙を流した。
犯罪という芸術を憎む 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876
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