天才であるぼくの文章をきみは読んでも理解できない
木島別弥(旧:へげぞぞ)
第1話
いいたいことはわかる。
時代が追い付いていない。
天才すぎて理解されない。
わかる。
読者や編集者に気に入られるように媚びるのがマーケティングだ。
理解している。
もっと凡庸に、もっとつまらなく作らなければならない。
天才では商売にならない。
わかる。
いいたいことはわかる。
ぼくは有名な狂人かもしれない天才だ。
凡人はぼくを理解できない。
それはわかっている。
だけど、それでもあえていいたい。
きみたちは悪くない。
理解されないのはぼくの責任だ。
ぼくが天才だから。
それはぼくの罪であって、きみたちは悪くない。
ぼくが天才という罪を背負ってやっていくよ。
わかっている。
天才のくせに思い上がるな。
天才は誰にも理解されないんだ。
そして、ぼくがたどりついた結論は、天才にだけ読んでもらえれば充分だということだ。
百年後に天才がぼくの文章を発掘し、友がいたと理解する、一人じゃないと理解する、それだけのためにでも書いておきたい。
ぼくは現代では誰にも理解されない。
天才だからだ。
わかっている。
天才はギャグも外す。
それはしかたのないことだ。
前提としている世界観がちがう。
ぼくの目に映っているのは、自分で考えた重力方程式によって形どられる観察体の姿で、それはもはや人間とは呼べない。
観察体と観察体の間で飛び交う音波や記号列に意味を見出すことは、ちょっと気合いを入れなければできない。
ぼくはきみたちを理解できない。
なぜなら、天才だから。
天才は凡人を理解できない。
これは仕方のないことだ。
天才として生まれ、天才として育ち、天才として生きたその人生こそがあまりにもきみたちには受け入れられないだろう。
きみたちはぼくを見て、長文書いている人だな、としか思わない。
気づかないんだ。
無理なんだ。
ぼくの魂の叫びは、きみたちにはまったく届かない。
所詮、きみたちとぼくとでは生きている世界が異なる。
ぼくは天才だから。
天才は誰にも理解されない。
天才と凡人の人数の差によって、多数決でぼくの孤独が決定される。
ぼくは一生、誰にも理解されることなく、孤独でいよう。
なぜなら、天才だから。
天才なら、仕方のないことだ。
世界に誰一人、ぼくを理解する人がいない。
例えば、あの女の子は反対向きに文章を書いている。
レオナルド・ダ・ヴィンチは反対向きに文字を書いていた。
誰にも読めない文章だ。
気づかれければ、理解されない。
苦悩のうちに死んだとされる。
あの少女は反対向きに文章を書いている。
反対向きに文章を書いて出版社に送っている。
あの少女はたぶん、レオナルド・ダ・ヴィンチの逸話を聞いたのだろう。
ダ・ヴィンチくらいになら自分でもなれると思ったのだろう。
あの少女はちょっと気が利いた編集者になら理解してもらえるかもしれない。
だけど、ぼくは理解されない。
真の天才だからだ。
ぼくは孤独だ。
誰もぼくを理解するものはいない。
あの反対向きに文章を書く少女が近づいてきた。
ぼくの書いたものを読んでいる。
群衆の中にぼくと彼女が二人きりで向き合っている。
「すごい。これ、ダークマターを解決しているんじゃない? 宇宙の物理の何パーセントをこれで記述できるのかな」
涙が出た。
理解できたんだ。
この少女は、ぼくの書いたものを理解した。
宇宙の物理の再現率は、現在の最先端科学では4%だとされている。96%は謎のままだ。ぼくはそれを少し前進するような内容の文章を書いておいたのだ。
「きみの反対向きの文章は、誰か編集者が読んでくれるのかい」
「ううん。誰も気づかないみたい。意味のわからない荒らし扱いされてる」
孤独な天才のぼくに、おそらく生きているうちには出会わないであろうと思っていた理解者が現れた。
ぼくと少女は、世界で二人っきりだ。
天才であるぼくの文章をきみは読んでも理解できない 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876
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