第一章『交錯の記録』2/2


 第三節


 ―1―


 高村はワンプレイを終えた。

 クリア出来なかった。最終面の敵が倒せなかった。一ヶ月近いブランクが有ったためだろう。

 この辺りは、


「スポーツと同じだな」


 と高村は呟いて、腕を組んだ。ふむ、と意味もなく頷いてもみる。

 今、眼前には、ゲームオーバー画面が出ている。

 GAME OVERだ。

 GAME ENDではない。

 途中で負けたからだ。

 二、三度頷いて顔を上げれば、コンティニューするかどうか画面が訊いてきた。

 その画面が表示されている内にコインを一枚入れ、スタートボタンを押せば、GAME OVERしたところからコンティニュー、つまりは継続プレイが出来る。

 だが、高村はそれをやらない。

 やり直しはないと、そう思うからだ。遊びであっても、自分に都合のいいことはしない、と。

 足下に置いた荷物を見れば、微かに開いた口から野球のグラブの縁が覗いている。ゲームしている時に足を動かし、蹴ったせいだろう。

 グラブをしまい直している間に、コンティニューのカウントが終了してタイトル画面に戻った。

 高村は、タイトル画面に戻るモニタを見ながら、


「さて、待ち合わせまで――」


 時計を見れば今は八時十八分。次の電車は八時二十分だ。急いでここを出た方がいいだろうかと考えつつ、

 ……こんな風に遊んでいてもいいものかな。

 とも思う。

 高校三年の春といえば、既に受験の準備が始まっている時期だ。しかも、高村達の通う高校は校則に以下の一行を含んでいた。


「学校の行き帰りにゲームセンターなど遊技場に立ち寄ることを禁ず」


 バレたら停学というルールまでついていた。

 古い考えだと思いながら、高村は一息ついて辺りを見回す。

 店内ではやはり学生服の姿が主だ。塾帰りの中学生の姿が少々場違いに目立つ。

 また、スーツ姿の大人達もいる。

 ……どうなんだろう。

 この人達も皆、自分と同じようなことを思っていたり、答えを出して越えて来た人達なのだろうか。

 そんなことを考えつつ、高村はゲームセンター内の人々を見渡していたが、


「…………」


 不意に高村はあるものに視線を止めた。

 目が見る位置は、狭いゲームセンターに並ぶ筐体群の中央区画。その場所、ゲームセンターの中心に、彼の見知った人影がいたのだ。

 無論、見知ったといっても、こちらが覚えているだけの人達であり、

 ……店のマスターと、前からよく来てる人達だな。

 高村の位置からは、筐体の向こうに、彼らの顔と首もとがやっと見える程度だ。

 いるのは三人。マスターが初老なら、他の二人はどちらも二十代後半くらいの男性だ。


「若頭とフリーターか」


 と、周囲の騒音をいいことに、高村は自分で名付けた彼らの渾名を口にした。

 若頭は、いつもと同じで派手な紫の上下を着込み、椅子に座っていた。

 横に座っているのがフリーターだ。ジャケット姿の痩躯に眼鏡を掛けていた。

 そしてマスターは筐体の傍らに腰を落とし、三人の前にある筐体の下部カバーを開けていた。

 筐体の太い下部分の中、マスターはそこに見える基板に触れ、何か操作をしている。

 ……あそこに有るのはシューティングゲームだよな。

 高村の位置からは、画面を見ることが出来ない。

 だから高村はやや迷った。何をしているのか見ていくか、それともここを出て行くのかを。

 しかし、すぐに好奇心が勝る。

 故に高村は歩き、三人の横を通り過ぎ、カウンター横のカップ式のジュース販売機の前で振り返る。

 三人組がいるのは中央区画の西側筐体の前。筐体の中に有るのは、やはり、シューティングゲームだった。

 画面は天井からのライトを反射して、あまりよく見えない。だが、黒の画面に赤の字で描かれた大連射というタイトルが見えていた。

 しかしそのタイトルは、マスターが一度身を沈ませて筐体内部に手を差し込んだ時、いきなり消えた。

 ブラックアウトした画面。一瞬歪んで消えたタイトルに対し、高村が、


「あ?」


 と小さく疑問した視線の先。真っ黒になったままの画面に、不意の白い英文が並ぶ。

 但し書きのような文章が画面に表示された。

 CAUTIONという文字が確かに読めた。

 それと同時。フリーターがふと筐体に手を伸ばし、スティックを慣れた手つきで動かし出す。

 彼らは、何をしているのか。


「……何だ?」


 高村は自分の立つ位置を変えた。

 カウンター側、画面がしっかり見えるところに移る。

 すると、英語の文字列が変わっていた。先ほどまでは英文だったのだが、今は短い語が画面に八つ縦並びで、左横に1から8までの数字が並んでいる。

 数字の横には矢印のマークが有った。

 フリーターの手先でスティックが動く。下へと。

 すると応じるように矢印マークが下へと動く。

 矢印は最下段に有る8の横で止まった。

 8の横には、白い英語でVERY HARDと書いてあった。

 ……難度設定だ。

 ゲームの難度。つまりクリアの出来にくさを設定するものだ。

 高村は知っている。こういうゲームセンター用アーケードゲーム、業務用ゲームには、難度の変更が出来るシステムが備わっているのだと。

 筐体の中、差し込んだゲームの基板に有るテストスイッチというスイッチを押すことによって、画面の色具合やスティックやボタンの入力チェックや、対戦格闘ゲームでは1ラウンドの秒設定なども出来るようになっている。

 難度設定は、そのシステムの一つだ。難しいゲームというのは客に敬遠されるし、簡単過ぎるゲームは、客の回転率を下げ、儲けにならない。この辺りのバランスを取ることは、その地域のプレイヤーのレベルにも左右されるため、統一することが難しい。だから、店側の手によって、このような設定が行えるようになっている。

 高村は、対戦格闘ゲームの設定画面ならば何度か見たことがある。

 が、シューティングゲームの設定画面というものを高村は初めて見た。

 そして高村は理解する。今、大連射というシューティングゲームは、最高難度に設定されたのだと。


 ―2―


 ……どういうことだ?

 難度が上げられたシューティングゲーム筐体を見て、高村は首を捻った。

 ……難度を上げて、どうする?

 シューティングゲームとは、難しいゲームだと、高村はそう思っている。

 ……ゲーム自体のルールは簡単なんだがな。

 シューティングゲームは、自機を動かし、進行方向に弾を撃ち、来る敵機を破壊して行くゲームである。

 画面は自動的に進行方向から後ろへと流れており、プレイヤーはその流れに乗って来る敵を倒し、逆に撃たれないようにしなければならない。

 撃たれること、即ち被弾は即座に自機の撃沈となる。

 格闘ゲームのように何度か殴られても、各勝負ごとに一度負けても大丈夫、というルールはシューティングゲームには無い。

 ……敵の弾丸を一発受けたら、自機であるキャラクターは撃沈する。

 そして自機の残数がゼロになったら、ゲームオーバーである。

 無論、プレイヤーの不利を軽減するため、多くのシューティングゲームにはパワーアップの概念が有る。特定の敵、もしくは輸送機を破壊することでパワーアップ用キャラクターが出るのだ。それを自機が重なり得ることで、自機の攻撃力やスピードは上がる。

 最終的に、自機がどのくらい強力になるのか、高村は知らない。

 だが、どれだけ努力して強くなっても、やはり、一度死ぬと自機の強さは初めの段階に戻る。

 格闘ゲームは次のラウンドになれば耐久度が回復するが、シューティングゲームは違う。

 ……一回攻撃を受けて死んだら、全て終わり。

 面が進めば敵の攻撃は熾烈になる。そんな中、残機が幾ら有ろうとも、ゼロの状態での再スタートでは上手くいくわけが無い。

 ……そう。アウトでも、ストライクでもない。完全にゼロになるんだよな。

 更には、一つの面は三分ほどかかり、それが六つから七つは続く。

 ゲームが全七面だとしたら、クリアするまでの所要時間は最低でも二十一分を超える。

 つまり、二十分以上もの間、一撃死の可能性を考え、集中せねばならないのだ。

 これが高村がシューティングゲームをしない理由の一つである。

 自分以外の客を見ていても解る。シューティングゲームの筐体には人が少なく、そしてたまに中学生や高校生が椅子に座り、

 ……数分でゲームオーバーになって席を離れる。

 彼らは、二度とやらない。

 理由は解る、と高村は思う。例えば格闘ゲームならば、一度負けても最終的に二勝すればいいので、ゲームオーバーになる確率は低い。一度負けることで時間潰しにもなるし、このゲームセンターに来ている人々の多くは電車待ちの時間潰しが目的だ。

 それが、ほんの数分でゲームオーバーになるのでは、

 ……割に合わないよな。

 たまに、誰かがプレイしているのを後ろから見るが、難しそうだという言葉しか自分の中には出て来ない。

 そしてこれらの理由をもって、シューティングゲームは難度が高いと言えると、高村はそう思っている。

 それが、恐らく間違いではないだろうということも。

 しかし、そんなシューティングゲームを、フリーターは敢えて最高難度にした。

 ……どういうことだ?

 フリーターが何をしたいのか、高村には解らない。

 解らない彼の視線の先で、マスターが、筐体の下部カバーを閉めて立ち上がる。

 筐体側の準備が終わったのだ。


 ―3―


 高村の視線の先で、フリーターとマスターが顔を見合わせた。

 高村の位置からは、二人の声がかろうじて聞こえた。

 フリーターは苦笑顔で、


「いや、ワガママ言ってすいません」


 対するマスターは口の端に笑みを浮かべて、


「竹さんが言い出すと、聞かないから、ね」


 それより、とマスターが言葉を続けた。


「本当にいけるのか見せて貰うよ。挑戦者として現役離れててさ……。しばらく修行したって言っても、きついと思うよ、ホントに」


「でも、二階に持って行ったら、ギャラリー無いでしょう? だから、今の内にこの雰囲気の中でやっておきたいんですよ、僕が出来るかどうか。本当の意味での復帰の確認としては、いい舞台です」


「まあ、いいけどね。いい客引きになるよ、ホント」


「ダメだったら、復帰をやめて赤坂に行きますよ」


 フリーターは一息。口元だけで笑って、


「本気ですよ」


 そう言って、フリーターは大連射の椅子に腰掛けた。

 対するマスターが立つのはフリーターの後ろ。若頭はその横で、どちらも見物には最適の位置だ。

 フリーターとマスターの親しそうな口調を見るからに、フリーターがここの馴染みであることは解る。彼がゲームには慣れ親しんだ人だということも、解る。

 高村は、三人と、彼らの向き合う画面を見ていた。

 ゲームセンターから出て行かず、見ていたのには、理由が一つ有った。

 ……本気ですよ、って。

 フリーターが気軽に告げた一言が気になった。

 ……本気って……。

 何がだよ、と、少し尖った口調で高村はそう思う。

 ここはゲームセンターで、ゲームという遊びをする場所だ。そんな場所において、本気という言葉はそぐわないと思った。ここは、それこそ楽しいだけが優先の場所だろう、と。

 ……本気なんて、ここには無いだろう?

 思い、だが、高村は一つのものを見ていた。

 VERY HARDに設定された、大連射というシューティングゲームを、だ。

 誰もが、数分保たずにゲームオーバーになるゲーム。

 それに対し、今、フリーターがやろうとしていることは、

 ……異常だろ。

 このゲームセンターの二階には、古くなったゲームが並んでいる。シューティングゲームも有るが、どれも通常設定より難度は下げられている。古いものを敢えて遊んで貰うためだ。

 しかし、高村は、そのどれも、あまり上手く行かなかった経験が有る。

 大体、二面でゲームオーバーとなる。

 一階で見た他のプレイヤーと同じだ。数分で叩き潰される。

 慣れかと思って、同じものを数日続けてみたが、一向に二面のボス敵を超えられなかった。

 難度の下げられた古いシューティングゲームで、それだった。

 だが、フリーターは、現役のシューティングゲームを最高難度にした。

 ……どういうことだ?

 まさか、という思いが生まれた。

 ……まさか、有るんじゃないだろうな。

 ゲームという遊びに対し、本気という言葉が存在するんじゃないだろうな。


「まさか――」


 小声の疑問は、音に消されて己の耳にすら届いて来ない。

 そしていつの間にか、周りの音が気にならなくなっていた。

 目は、フリーターの背中の向こう、わずかに見えるモニター画面に集中している。

 画面と、フリーターの背と。重なって見える視線の先で、


「では」


 と、フリーターが、ズボンのポケットから五十円玉を取り出した。

 それを見た時、高村は、握り拳を自分のズボンのポケットに突っ込んでいた。

 高村は、ポケットの中でかろうじて手を開き、自分の五十円玉を掴む。


「…………」


 同時。

 フリーターの五十円玉が、筐体のコインシュートに落ちる音がした。

 クレジット投入の効果音が響く。

 電子音が模して奏でるピアノの重奏を、高村は、うるさい店内で確かに聞いた。

 ややあってからフリーターが椅子に座り、何気ない動きでスタートボタンを押す。

 直後。

 画面を上下に貫く灰色の滑走路が見えた。

 長い高速道路のような一直線上を、赤い飛行機が滑走して行く。

 加速して行く。

 浮いた。

 同時に、フリーターはボタンを連射し始めた。

 自機が弾丸を弾き出す。

 そして高村は思う。

 ……どうなんだ?


「軽く口にしたような、そんな本気が有るなら――」


 ……出来るのか?

 自分や、他の人々が敵わなかった相手を、更に強化して、なお勝つことが出来るのか?

 もしそれが、ゲームに対する本気という証になるならば、

 ……出来るのかよ?

 訴えるような問い掛けの心。それに応じるように、赤い機体の戦闘が始まった。

 画面の中が速度と爆発で埋まって行く。

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連射王 川上 稔/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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