第一章『交錯の記録』1/2


 第一節


 ―1―


 一つの駅が有る。

 幾つかの路線の中継点となっている平駅だ。駅の北口側、散り始めた桜の木々の向こうには米軍の基地が有り、たびたび飛行機の騒音が届いて来る。

 対する駅の南口側は、民家と密接していて景観は無い。有るのは商店街だ。

 そして駅北口側の公園から桜の花びらが届いて来るホームには、JR拝島という看板を見ることが出来た。東京、西側に有る青梅線の中継駅だ。

 JR拝島駅は、四つのホームからなっている。南口から見れば、まず五日市線の一番ホームが有り、二番三番と青梅線の上下が有り、更にその向こうにはディーゼル列車が停まる八高線の四番五番ホームと、新宿方面行きの西武線が停まる六番七番ホームが有る。

 時刻表を見れば、どれも十分から十五分待ち、八高線などは一時間待ちも有るという駅だ。

 利用客の多く、特に学生達は、夕方からの電車待ちの時間を駅外で過ごす。

 彼らの出るべき出口は、桜が有るだけの北口では無く、商店街の有る南口だ。

 南口から駅前に出ると、タクシーが六台も入れば埋まる狭いアスファルトの空間が有り、その向こうには、商店街を東西左右に貫く二車線道路が延びている。

 右、西側に行けば、角を曲がって国道十六号に合流する。対して左、東側の道路は立川方面行きの道だ。

 駅前商店街に挟まれた狭い道路ではあるが、抜け道として使用されるために車は多い。

 そんな狭い道路に出てみれば、西側の道路にはパチンコ店や、古びた飲食店が多く見える。角を曲がればCD屋も有る。

 東側は、進学塾や書店、銀行が並ぶ。

 そして東側道路には、駅前から出て二軒目の位置に小さな白い建物が有った。

 ゲームセンターだ。

 左に喫茶店、右に書店を並べた店舗の外装は新しく、白かった。自動式の硝子扉から見える内部も白い。

 白いゲームセンターだった。

 四月の夕暮れ、春風が軽く夜風となって吹く時刻になれば、空は青黒くなり、商店街の建物は皆明かりを灯す。古い店も新しい店も開けた店も閉じた店も、そしてゲームセンターも、全てが同じ色と光の中で並んでいく。

 夕刻を過ぎ、桜の夜風が届いて来る浅い夜。

 ゲームセンターには客が入っていた。

 制服姿の少年達が主だ。

 今は、春休みが終わって、二週間ほどたったばかりの時期だ。

 二階建ての狭いゲームセンターに入って来る学生も世代が交代し、一年生は辺りを窺うように、三年生は上がいなくなって堂々と入って来る。

 そして、今また、耳にヘッドホンを入れ、スポーツバッグを肩に担った一人の少年が、ゲームセンターの前に立つ。


 ―2―


 紺色のガクラン姿は、ゲームセンターの自動扉をくぐると背後を見た。

 硝子の向こうに有るのは車がひっきりなしに通る道路と、明かりを灯した店の並ぶ商店街。

 人通りは有る、が、


「あいつ、CD屋に行くって言ってたからな。こっち来てるわけないか。流石に」


 安堵したように肩を小さく落とし、彼は刈り込んだ髪を掻き上げた。

 ふと、耳に入れていたヘッドホンに手が当たる。

 指がそのままヘッドホンを耳から引き抜くと、音が漏れた。ピアノの音色が。

 彼はヘッドホンを懐に収め、前を見る。

 スモークの掛かった自動ドアの硝子扉は、中背の姿を映す。わずかに太い眉も。

 ヘッドホンを収める為、開けた内懐には〝高村〟という名が刺繍されていた。

 彼、高村は己の顔を確認し、直後に、


「よし」


 前へ。店の奥へと足を動かした。

 入り口近くには、この店唯一の百円ゲームであるレースゲームと、それと向かい合うようにして光線銃タイプのゲームが、大きな筐体を構えて置いてあった。

 この二つの筐体の間を、彼はくぐるようにして奥に向かう。

 そして足の届いた奥、一般筐体の列が有る場所は、十畳ほどの広さを持っていた。

 そんなスペースに押し込められた白いゲーム筐体の群は、三方の壁際にそれぞれ四台ずつと、中央は三台背中合わせで三列の計三十台。

 それらが作り奏でる映像と音が、やって来た高村を出迎える。

 高村は応じるように、日に焼けた手で制服のボタンを外していく。

 ボタンを三つ外せば、内ポケットの財布に手が届く。

 彼は懐に手を入れたまま、ちらりと店内を見て、

 ……三年になってから初めて来たけど……、久しぶりの割に様相変わってないな。

 建物は二階建てで、一階のスペースは新機種の並ぶ賑わった空間である。

 対して二階のスペースには、古くなった一階のゲームを、難度を低くするなどして置く。

 その二階に上がるための階段が入り口左手に有るため、一階は、奥が広い構造になっている。

 だが、奥まった一階を見渡してみるが、

 ……やっぱり二、三週間程度だと、ゲームもあまり入れ替わらないか。

 高村は、騒音の中、左手側の壁に埋め込まれたカウンターの前に立つ。

 カウンターには、小さな冷蔵庫のようなバケットが一つ有る。

 高村がバケットの扉を開けると、中にはレストランで出て来るような熱された黄色い布が、それぞれ半透明のビニルに入って並んでいる。

 高村は一つを手に取り開けて、熱い布で手を拭う。


「…………」


 そして高村は、近くの筐体に目を向けた。

 白い筐体のコントロールパネルは、そのパーツの殆どをプラスチック部品で作られている。その、クリアパーツで覆われた筐体の表面に、白い斑紋が幾つも有るのが見えた。

 指紋だ。

 手脂や菓子で汚れた手でプラスチック部品を扱えば、指紋は容易に跡となって残る。

 高村は、それら指紋に対して何も言わない。

 ただ、念入りに己の手を拭い、筐体を軽く拭い、専用のダストボックスに黄色い布を放り込んだ。

 その手で彼は懐から財布を取り出した。

 カウンターの左に有る両替機に顔を向け、腕時計を見れば現在は八時丁度。


「ワンプレイで二十分ほど潰せば大丈夫、かな? 岩田が言ってた次の電車まで」


 店内の音の中、呟いて財布を広げれば、中には百円玉一枚しかない。

 高村は吐息した。

 ……こればっかりはしょうがないよな。

 思いつつも無言で、なけなしの百円玉を両替機に投入した。

 五十円玉が二枚、即座に吐き出されてきた。

 そして、高村が硬貨を取り出している最中から、やはり制服姿の少年が横から百円玉を両替機に投入して来る。

 こちらのことなど見えてもいない。よく有ることだ。ここではそれが普通だと、高村は解っている。

 だから高村は気にしない。

 高村は財布をしまい、荷物と二枚の硬貨をそれぞれ手に、壁際に並ぶ筐体へと足を向ける。

 店内一階、北壁と東壁に並ぶのは格闘ゲーム。

 西壁は麻雀などのテーブルゲームが有る。

 残りの中央区画は、狭いスペースに筐体が三台背中合わせで三列の、計十八台ある。

 だが、十八台の内、南に面した六台は対戦格闘ゲーム。北壁に面した六台はアクションゲームだ。

 残り、中央の六台に、シューティングゲームが入っていた。

 そして高村の好むゲームは、東壁に有るものだった。

 格闘ゲームだ。


 ―3―


 中央区画の筐体群を回り込むように、高村は店の東奥に足を向ける。

 歩くほどに、耳に入るゲームの音が大きくなった。音楽より、爆発音など効果音の音量の方が大きい。

 そんな音の群に混じって聞こえる人の悲鳴は、アクションゲームや、格闘ゲームの効果音だ。

 格闘ゲーム。

 それは、名前の通り、格闘の勝った負けたを競うゲームだ。

 高村は格闘ゲームについてこう思う。

 ……解りやすいよな。やるべきことが。

 殴られず、殴ればいい。

 高村の中における格闘ゲームとは、プレイヤーがキャラクターを画面内で動かし、コンピュータが制御する相手のキャラクターを殴り倒せば勝ちというルールのゲームだ。

 画面内には、真横から見た構図で、二人のキャラクターが存在する。

 筐体についているスティックを上方向に倒せば、キャラクターは上にジャンプし、下に倒せば腰を落とす。もちろん、横に倒せば、そちらに歩く。

 ボタンは、大体の格闘ゲームの場合、パンチとキックの二種類で、ゲームによってはパンチだけで、強、中、弱に分かれ、キックもそれに準じる。

 それらどのボタンを押すかによって、キャラクターには異なる動きが与えられる。

 パンチならば、弱はジャブ、中はストレート、強はアッパーというような動きをする。

 これが、ジャンプしている時、しゃがんでいる時だと、また違う動きをする。

 キャラクターの動きは、アニメーションだ。

 そのアニメを操作して、相手を叩きのめす。

 画面上部には双方の耐久度のメーターが表示されている。相手を殴ってダメージを与え、耐久度のメーターをゼロにすれば、K.O.勝ちである。逆に、叩かれ続けてゼロになれば負けだ。

 架空上の格闘行為ではあるが、硬貨を払うことと挑戦心、そして集中力が架空と現実の隙間を埋める。

 勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。遊びとして、充分に楽しめると高村は思っている。

 そして高村は、そこそこやる。ただ、

 ……人との対戦はほとんどしたことが無いよな。

 格闘ゲームは、コンピュータを相手にするよりも、友人などと対戦するのが面白いと聞いている。筐体には二人分のスティックとボタンが左右にそれぞれついているし、ゲームも近接格闘をルールとしているため、画面には両方のキャラクターが同時に表示されている。

 対戦はコンピュータと闘るのと同じように出来る。しかし高村は、

 ……ま、こういうのをするような友人はいないしな。


「周囲は体育会系と、ゲームは不良の遊びと思ってる特殊な女だけ、と」


 やってみたいとは思う。ゲームとして楽しめるだろうし、遊びであることが前提の勝負は、倒す倒さないという思いに走らなくて済む。

 本気にならなくていい、楽しむための戦い。

 それが自分にとってのゲームだと、高村はそう思う。

 そして高村は一番奥のゲーム筐体に陣取った。このゲームセンターの中で唯一、五十円玉一枚、つまりはワンコインで自分がクリア出来る格闘ゲームだ。

 普通の格闘ゲームとは違い、ロボットが動き回る。ボタン配置も、パンチやキックではなく、ロボットアニメのようにビームを飛ばし、金属の腕から槍を伸ばし、ドリルをぶちかましたりするためのものだ。

 いろんな武器を使って、とにかく勝てばいい。

 だから気楽に行こう、と高村は思う。何しろ格闘ゲームとは、幾つかの面、つまり幾人かの相手を倒して、エンディングに辿り着くゲームであるが、一つの面をクリアするのに、三本勝負中の二本先取すればいいようになっている。

 一度負けても、体力や攻撃力にペナルティは無い。

 つまり、

 ……各面で一度は負けてもいいし、急ぐことも無い。

 この辺りを、気軽だよな、と高村は思う。各試合ごとに一回負けても直接損にはならないのだと。

 だから高村は、気軽にインサート・コインした。

 コイン、一個を入れる。

 スタートボタンを押す。




 第二節


 ―1―


 鉄の槍が腕から放たれる。

 架空に描かれた朝空の下、半壊した洋風の屋敷の庭。

 白い鉄の巨人が黒鉄の巨人とぶつかり合う。

 どちらも全高八メートル近い巨体だ。両者共鎧にも似た装甲を身にまとい、関節のシリンダー駆動音も激しく、戦闘意欲を表に出している。

 だが、白い機体の女性的な外形ラインは、黒い機体の男性的な外形ラインと比べると、どうしても華奢であることを否めない。

 そのためか、白い機体は力よりも速度をもって前に出る。前傾姿勢のバランスを脚部シリンダーが全速前進という力で支え、疾走を開始する。

 速度を上げる。

 白の機体、右腕の盾に装備された鉄槍の射出機は、確実に相手の方を向いている。

 対し、敵の斬撃が真っ正面の大上段から飛んで来た。

 剣の衝撃波で傍らの屋敷の窓が割れる。

 硝子の破砕音が響く。

 しかし、水飛沫にも似た音の中、白い機体は恐れず前に出た。

 白の機体は前へと、敵へと一直線に加速する。

 振り下ろされる剣の下をくぐるようにして、白い機体は黒の機体に左肩から激突。

 白の左肩装甲板が一瞬で砕けた。

 だが向こうの黒い胸部装甲板も砕ける。

 宙に飛沫いていた硝子の微細な破片群が、激突した両機にかかり、跳ねた。

 跳ねた硝子は機体の高速機動が生む衝撃波によって更に砕かれ、弾け散る。

 風が吹いている。

 硝子の転化した、透明で硬質な霧が二機を包む。

 霧の中にいる二機は、どちらも退かない。激突の衝撃緩和のために腰を落とし、ショックを膝で吸収する。

 そして白い機体は、脚部放熱板を展開して踏みこたえながら前を見た。

 正面、敵が剣で横凪の一撃を送って来る。刃の黒い巨大な長剣だ。

 黒の一閃。

 届く。が、その時既に白の機体は次の動きに移っている。

 鉄槍の射出機と一体になった盾、それを構えた右腕を眼前に引き寄せた。

 ガード態勢だ。

 同時。

 剣と盾の激突が起きた。火花が散り、周囲に舞った硝子の霧が赤い光を乱反射する。

 散る赤光の中、白い機体が衝撃によって後ろへと滑った。背後は崖だ。落ちればアウト。

 だから白の機体は耐える。慣性で背後へと滑る身を堪えるように足を踏ん張る。

 バランス制御のため、攻撃は出来ない。

 故に、衝撃が抜けるまでの停滞が生じた。

 今、機体は滑り、動けない。

 しかし相手は容赦しない。追い迫る黒の機体は剣を握った右腕を引き、次の攻撃を放とうとする。

 だが、走り来る黒の機体の眼前で、白の機体は強引に姿勢を直した。

 背後へと滑る足を、もはや踏みこたえるのではなく、わずかに浮かせ――、


「!」


 爪先を突き刺すようにして地面を蹴り飛ばし、強引に前へ。

 慣性力で後ろへとなおも行こうとする全身を、前傾姿勢を取ることによって抑え込む。

 視線を上げれば、剣を振りかぶった黒の機体がいる。

 その時には既に、白の機体は前へ走り出している。

 前進。

 相手を求めるように、右腕を前に突き出して鉄槍をパイルバンクした。

 射出機から薬莢が吐き出され、轟音が生まれた。

 射出口から出た鋼の槍は、正確に敵の左目を貫いた。

 敵が背後に吹き飛ぶ。

 槍が抜けた。しかし敵は倒れない。倒れる動作を、白の機体が先ほど行ったのと同じ方法で強引にキャンセルして前に。そして、


「――!」


 黒の機体が何か異国の言語を叫んだ。剣は下段に、斜め下からの袈裟懸けに来る。普通に跳んで避けても、背後に退がっても斬られる一撃とタイミング。

 一歩が深く踏み込まれ、来た。


「!」


 黒の機体は今までよりも遥かに高速の流れを起こし、周囲に漂っていた硝子の霧を全て風で吹き飛ばす。

 黒い刃による、逆袈裟の一撃。

 白い機体はそれを避けようとする。前傾姿勢から身体を起こし、回避態勢に入った。

 下段から斜め上に飛んで来る攻撃を避け、更には次の攻撃にすぐ移れる回避運動となると、一つしかない。

 退がるのではない。

 跳ぶ。それも上に。

 そのために、白の機体は地面を蹴った。

 白い身が、打ち上げられたかのような加速力で上に跳ぶ。走り込んでいたため、前方への慣性が有る。だから跳躍は相手の頭上を越す放物線だ。

 足の曲線シリンダーを限界まで使って、上に行く。だがそれだけでは足りない。重量物の飛翔は速度が遅い。軌道は悪くないが、斜め下から上がって来る一撃に追いつかれる。

 解決策は一つ。

 宙に有る白の機体は、更に跳躍をしたのだ。

 踏んだのは傍らに有る半壊した屋敷の屋根。

 三角跳びの要領で跳躍が加速され、


「――!!」


 白の機体は更に高く跳んだ。

 高く、敵を見据えながら、空中で身体を側転倒立。

 眼下、敵の攻撃が先ほどまで白の機体がいた空間を薙ぎ、傍らに有る屋敷に激突した。

 破壊音と共に屋敷の構造材が飛び散り、粉塵を生む。

 だが無意味だ。

 白の機体は既に敵の頭上を飛び越え、背後に着地していた。位置関係が入れ替わり、新しい流れが始まる。

 白い機体が振り向けば、目の前に、黒鉄の敵の背が有った。

 いける。

 敵は慌てて振り向こうとする。が、遅い。

 既に白い機体の右腕が、敵の身体に向いていた。

 右腕には射出式の槍が有る。

 パイルバンクする。

 衝撃音。

 まず背後から右肩を砕いた。

 しかしこれからが本番。槍を引き戻し、腕を連続で突き込み、更にパイルバンクする。

 そして白の機体は、更に、更に更に更にと身を振りかぶり、槍を放ち撃ち、更なる打撃を与えた。

 穿つのは左肩。右肩。

 刺し貫くのは左脚。右脚。

 そして背。

 それらを正確に砕き、白の機体は戦闘を終わらせようとする。


「――!!」


 連打。

 食らいつつも震え、しかし尚も動こうとする黒い機体に向け、白の機体はもはや槍ではなく、盾の先端についた巨大な衝角を構えた。

 金属で出来た全身重量。その全てを用いた慣性の動きで、最大の攻撃を打ち込む。

 白い弧が軌跡を描いて飛び、その先端が一瞬だけわずかに水蒸気の尾を引いた。

 破砕する。

 付随したのは金属の砕ける耳障りな音と、大気の震える揺らぎ。

 敵の背に、衝角が根本まで突き刺さった。

 だが、それではまだ終わりではない。

 一気に、一気に、白い機体は黒の機体を片腕で持ち上げる。

 金属のきしみ。関節の熱。駆動系の異音。

 全てを無視して終わらせる。


「!!」


 白い機体が、やはり異国の言葉で何かを叫んだ。

 右腕一本で自分よりも巨大な黒鉄の機体を持ち上げ、空に掲げた。

 空が青い。

 朝日のまだ昇らぬ異国の空だ。

 ただ風だけが有り、周囲の粉塵と、未だ残る硝子の霧が巻かれるようにして吹き飛ばされた。

 二秒。

 それだけの時間をもって、白の機体は全てを終わらせた。

 右腕で天に掲げた敵を、力強く、思い切り地面に叩き伏せる。

 轟音。

 大地が揺れた。しかし砂煙は立たない。叩き伏せた場所は屋敷の庭、そこでは白粉花が群れていた。黄色や赤や白の花々が、羽毛のように散って黒い機体を彩る。

 戦闘が終了した。


 ―2―



「…………」


 白い機体は、無言で敵を見下ろす。

 動きは一つ。もはや使う意味のない右腕の武器を下げ、まるで泣いているかのようにうなだれるだけだ。

 既に白い機体もその装甲板や基礎フレームに幾つもの破損を負い、いつ動けなくなってもおかしくない状態だった。

 ただ、ゆっくりと、白い機体はその曲面装甲に覆われた顔面を軽く伏せていく。

 その時だ。

 音がした。金属の駆動音が。


「?」


 という仕草で白い機体が顔を上げた時、既にそれは動いていた。

 黒鉄の機体が起き上がり、身構えていたのだ。

 全身から血のように油を噴き、蒸気の煙を吐き出しながらも、黒の機体は戦闘続行を望んだ。


「――!」


 戦闘が、黒の機体の叫びをもって再開される。

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