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 耽溺することは、ほとんどなくなったように思う。小説に限った話ではない。物語という単位でもまた、しばらく記憶にない。執着は若さの特権であるか。世界についてまだ白いと信じられているうちに、力のあるうちであればこそ熱心に打ち込むことができる、と思うが、かえって晩年になるつれて執着の増すものもいる。面相は憎々しげに、常から目を剥き、事の立たぬうちから忿怒の影がまとわりついている。あるいは、奪われまいと怯えが目に浮かんでいる。何にも頓着し放埓だったものが、かえって我が身を省みて、これしかない、と痼疾へ反転することもあるか。

 運向きは風の如しで、ひとところで限りなく吹くことはない。他所へ回って戻ってみれば、一転、清涼な風を覚えることもあるだろう。人にできることは、せいぜい流されることだけだ。良い場所を計ることも、しょせん小賢しさにすぎない。

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雑記 山口 隼 @symg820

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