ファーストコンタクト

結騎 了

#365日ショートショート 017

「観察開始から3日目。彼らの言語、そのルールが少しだけ分かってきた。大きすぎる頭部に印象が引きずられがちだが、おそらく、彼らの知識はそこまで高くはない。あの頭部に、ぎちぎちに脳が詰め込まれている訳ではなさそうだ。その証拠に、彼らが私に伝えようとしている内容はひどく簡単なものである。まだ正確には解明できていないが、ヒトに当てはめると、まるで幼稚園児が読む絵本のような……。そんな、すこぶる簡単な単語で私に語りかけている。もう数日あれば、コミュニケーションを交わせるところまでたどり着けるだろう」

 私は、ボイスレコーダーにそう記録した。とても頭の大きい異星人とのファーストコンタクトから、今日で3日目。彼らに導かれるように引き入れられたこの白い空間で、人類にとって記念すべき時間を過ごしている。言語学者として生きてきた、その冥利に尽きるというものだ。ぜひ、彼らとの意思疎通を成功させ、人類の技術革新に役立てなくては。

 彼らは、空想上の宇宙人よろしく、触手を持っている。直径2mはあるだろう頭部から、ヒトと同じように首や胴体が伸びているが、腕や脚がついていない。鼠径部から伸びた3本の触手が、時に腕となり、あるいは脚となり、彼らの行動を支えている。触手を頭部の高さでうねるように動かすと、レーザーポインターのように光の跡が空中に浮き出てくる。どうやらこの記号が、彼らの言語らしい。

「やはり、これが『こ・ん・に・ち・は』だろうか……」

 もし自分が宇宙人だったら、どのような会話から始めるだろう。とにかくまずは、スタンダードな挨拶だろうか。『こんにちは』。そのあと自己紹介を経て、相手の素性を尋ねる。ヒトであれば、およそこのような道筋だろう。

 しかし、彼らは異星人だ。そういった文化そのものが異なっている可能性がある。ほら、あの表情といったら。目や鼻の位置はヒトとは異なるが、およそどのようなニュアンスの感情なのか、なんとなく理解できる。優しい表情。それこそ、保母さんが幼稚園児をあやすような。温厚で友好的な種族なのだろう。彼らの申し出に、言語学者としてしっかり応えなければ。

 自身の学説が、学会で幾度となく表彰された私だ。どうして彼らは私を選んだのか。いや、愚問である。地球での経歴をなんらかの方法で調査し、私にたどり着いたのだろう。なんと光栄なことか。だからこそ、慎重に。

「ほら、『こ・ん・に・ち・は』。地球の言語だと、こう書くんだ……」

 彼らに調子を合わせるよう、とびきりの笑顔で語りかける。ああ、なんて幸せな時間だ。



※※※



「▼※△☆▲※◎★●○▼※△☆▲※◎(訳:地球で採取した被検体の様子はどうだ。知能指数の幅を測るために、あえて重度の妄想癖がある個体を選んだと聞いているが)」

「○▼※△☆▲※◎★●○▼※△☆▲※◎★●○▼※△☆▲※(訳:問題なく進んでいます。知能指数が予想以上に低かったため、対応策として、現職の保育士を招きました。彼に対応させれば、まず間違いないでしょう)」

「※△☆▲※●○▼※△☆◎(訳:よろしく頼む。これが我々の、異星人とのファーストコンタクトだからな。くれぐれも、慎重に)」

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ファーストコンタクト 結騎 了 @slinky_dog_s11

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