肉だ肉だ肉だ!!
「よっしゃああ、お前らドラゴンを倒すぞおおお!」
ドラゴン討伐の当日、冒険者の端くれである私が、何故か皆の前で士気を上げる係を任されていた。
「未知のモンスターに挑むのは、怖いし、困難があると思う! けれど、立ち向かわなければ始まらないっ!」
こうなった経緯としては、この辺りではすっかりドラゴンに執着している冒険者としている人として認識されているので、「まあ、あんたに頼むのが無難だな、よろしく」とドラゴン討伐のリーダーをやっている人に言われてしまったのだ。
なんとかして断ろうとしたが、結局押し付けられてしまい、こうして私は多くの冒険者の前に立っている。
「立ち向かい、打ち勝った先には何が待っているか!? 栄光か? 報酬か? いろいろあるだろう!」
うおおおおと威圧感のある声が返ってくる。
うーん、思いついたいい感じの言葉を言ってるだけなんだけど、うまくいってるみたい?
「でも、一番は肉だ! 食べたことがない肉が待っている!」
すると今度は、うおおおお?と疑問符がついた叫びが返ってくる。
おいおいおいおいおい、どうしてそこで疑問形になるんだい?
ドラゴン討伐の目玉は、肉だろうがっ。
「ドラゴンを倒したら腹が減る! 倒した後には肉がある! 上手い肉がある! それだけで、立ち向かう勇気がでるはずだ! そのはずだ! だからこそ、やる価値がある!」
こうなったら押し切るしかない。
責任は任せたリーダーにあるはずだし、私は悪くない。
「目的はなんだっていい! ただ、目標は一緒だ! ドラゴンを倒すことだ! それだけ共通してれば十分だ! やるぞ、お前ら!!」
そうしてなんかいい感じにまとめると、うおおおおおおおおと聞いたこともないくらいの雄叫びが辺りに響きわたった。
なんとか大役を果たすことができたみたい……?
「やっぱ、あんたに任せて正解だった」
リーダーにも褒められたみたいだし、よかったよかった。
* * *
皆の士気があがったところで、ちょうどドラゴンが上空に現れた。
タイミングを見計らったのかってくらい、ばっちりだ。ドラゴンやるじゃん。
「まずはドラゴンを落とすぞ!」
リーダーの号令に合わせて、一斉に弓矢を放ったり魔法を放ったりする。
これは直接当てるのがメインではなく、敵がこっちにいることを意識させるのが目的だ。
ひとつひとつの攻撃はたいしたことはないのかもしれないが、数が数だ。
流石に鬱陶しくなったようで、ドラゴンはこちらに向かって下降してくる。
「翼を狙え!」
怒りで一直線になっているものを相手にするのは案外簡単なことで、それはドラゴン相手でも同じだった。
遠距離攻撃が得意な人たちが、次々に翼を攻撃し、狙い通りドラゴンは地に落ちた。
攻撃の際にところどころ翼に穴があいてしまったので、食べられるかどうか、少し不安だったが、そんな贅沢を言える相手ではないので我慢だ、我慢。
とりあえず、肉。肉が無事ならそれでいい。
「意識を分散させろ! 一箇所に集中されたら厄介だ!」
ドラゴンが混乱している今がチャンスだ。
集った冒険者たちが「うおおおおお」と声を上げながら、ドラゴンに突っ込んでいく。
もちろん、私も。
女神のお姉さんのおかげなのか、私は身体能力や魔法の能力が少し人より優れてる。
ひとりでドラゴンを倒せるほどの能力はないが、“そこそこ強い”と分類されるくらいの力は持っている。
お姉さん、何から何までありがとうございます。
ただ、そこまでしてくれるなら、最初から肉の塊のドラゴンで出してくれてもよかったんじゃないかなって思わなくもないよ。
自分で倒した方がおいしさが増すのは違わないかもしれないけれどさ、楽できるなら楽したいのが人間ってものじゃん?
とはいえ、ドラゴンが、追い求めてきた食材が、目の前にいるのだ。手が届きそうなのだ。興奮しないわけがない。
「絶対食ってやるからな!」
剣をしっかりと握り締め、ドラゴンに斬りかかる。
「うーん、やっぱり堅い!」
やはり、鱗で守られたドラゴンの体は堅く、貫通するどころか、傷がついているかどうかもあやしい。
この鱗に傷をつけられる人は人間じゃないと思う。
翼を傷つけられ、地に落ちたドラゴンも状況を理解しつつあるようで、本格的に攻撃を始めてくる。
これ以上ドラゴンが本気になれば、全滅する可能性だってある。
早めに決着をつけないといけないというのは、この場にいる全員の共通認識だった。
「どうするんだ?」
一旦ドラゴンから距離をとった際に、合流したジョンが声をかけてくる。
「なんで私に聞くの?」
「だってお前が一番ドラゴンに詳しいだろ」
リーダーに指示を仰ぐのが普通だろうが、何せ私たちは即席で作られたチームだ。協力体制も信頼関係も不十分である。
おおまかな作戦は決めて共有したが、それ以外の細かい部分は臨機応変に対応しなけらばならない。
「隙を作ってほしい。その間に私が鱗が少ない腹を狙う」
「わかった」
「準備はいい?」
「いつでも」
「じゃあ、行くよ。3、2、1、GO!」
その掛け声で、私たちは魔法で加速しながら、ドラゴンとの距離を一気に縮める。
「おい、お前の相手は俺だっ!」
魔法を重ね、一気に跳躍したジョンは、手に持っている大剣をドラゴンの右目に思いっきりぶっ刺した。
ドラゴンの悲鳴のような咆哮が響き渡る。
ドラゴンの目は果たして食べられたのだろうかと思いながら、私はさらに加速し、ドラゴンの腹まで一気に近づく。
吹き飛ばされるな、踏ん張れ!
「うりゃあああああああ!」
剣を両手で持ち、出せる力をすべてを込め、腹に思いっきり剣を刺す。
鱗ほどではないが、腹も腹で頑丈で、最後はドラゴンの執着を込めて押し切る。
ドラゴンの動きが鈍る。
その瞬間を見逃さず、他の冒険者たちも次々と攻撃をし、それを何度も繰り返した後――、
ドラゴンは遂に息絶えた。
「よしゃああああああ!!!!」
肉だ、肉!
ドラゴンの肉!!
追い求めた肉!!!
ついについについに!
食べられる!
初任給で買ったちょっと高い牛肉の恨みを、果たすことができる!
やった……!
よくやった、私!
草原には倒れたドラゴンと沸き立つ冒険者の姿があった。
* * *
その日の夜は家の酒場は大賑わいだった。
ドラゴンの素材はすべて国が回収していったが、代わりに私たち冒険者が得たものは、多額の報酬とドラゴンの肉だった。
「今回の最大の功労者は、やっぱりあんただなぁ!」
ドラゴンの肉を使った料理ができていないというのに、リーダーはもうできあがっていた。
できあがっているのはリーダーだけじゃなく、ほとんどの冒険者がそうなんだけど。
「そんなことないですよ」
「そんなことあるんだなぁ、それが」
ガハハハッと酒臭い息を吐きながら、リーダーは笑う。
まあ、最大の功労者とまではいかないけど、それなりに貢献したような気がするので、そう言われるのは悪い気はしなかった。
活躍した私がドラゴンの肉を欲しがっていることは、どうやら町の外にも細々と伝わっているらしく、そのおかげで肉を報酬としてくれたのだ。
何事も言い続けるのって大事なんだなぁ……。
でもなんでそんなに広まってるんだ、おかしいだろ。
そうこうしているうちに、料理上手な母さんがドラゴンの肉を作った料理が少しずつできあがってきた。
料理している最中からいい匂いがして食欲をそそられていたけど、完成したものを見るとさらに威力が上がっている。
よだれが垂れそうなのを、なんとかこらえる。
まずは塩コショウでシンプルに味付けをしたドラゴンの肉を食べることにする。
ごくりと喉を鳴らす。
……果たして、おいしいんだろうか?
ここまできて、急に不安が襲ってくる。
香りはいいけど、それだけの可能性もある。
もしかしたら、口に合わないかも。
だって、それほどまでにドラゴンの肉は未知の味なのだ。
ええい、何をびびってるんだ。
初任給で買ったちょっと高い牛肉を食べられなかった恨みを、ここで晴らすんだろ!?
覚悟を決めろ。絶対おいしいに決まってる。
一口サイズに切り分けた肉を、私は口の中に入れる。
歯を下ろして、肉を噛む。
その瞬間、じゅわっと肉汁が広がって――、
「……おいしいっ」
気が付けば、涙が流れていた。
おいしいおいしいおいしいっ!
夢中になって、肉をほおばり、他の料理にも手を出す。
こんなにおいしいものが、この世に存在していいのだろうか。
少し肉はかためだが、その分噛み応えがあり、触感もしっかりしている。
臭みや苦みもなく、癖のない味。
肉の素材もいいけれど、やはり苦労した分だけ、食事はおいしく感じられる。
最高、最高だ!
人生で一番幸せな時を、今、今迎えている!
「泣くほどうまいか?」
ジョンが水の入ったポットを持って、目の前に立っていた。
口の中がいっぱいで喋れなかったため、首を勢いよく縦に振って伝えることにした。
「落ち着けって。伝わってるから」
その様子がよっぽどおかしかったのか、ジョンは声を出して笑った。
「……だって、おいしすぎるんだもん。ドラゴン、おいしいっ!」
口の中のものを何とか飲み込んだ私は、相槌で伝えられなかったことを言葉にした。
たいして中身のないものだったが、それほどまでにおいしいのだから仕方がない。
「ドラゴン、おいしいって」
「事実でしょ」
「そりゃあ、おいしかったけど、言葉にすると強そうだなって」
確かに、「ドラゴン、おいしい」はなんか強者のセリフっぽい。
「実際、活躍してたし、間違ってないんだけどな」
「はあ? それはあんたもでしょ?」
な~に、自分を棚に上げてるんだか。
ドラゴンの右目をつぶすなんて芸当、誰にもできるわけないじゃん。
「俺はお前に負けないように必死なだけさ、今も昔も」
「……? そうなの?」
どういうことだ……?
ジョンと勝ち負けを競ったことあったけ……?
「わからない方がらしくていいよ」
不思議そうにしている私がおかしくてたまらなかったようで、ジョンはおそらく悪口と思われる言葉と共に笑ってくる。
このやろうっ。
ただ、ドラゴンの肉を食べられた私は、めちゃくちゃ機嫌がいい。
よくわからないことで怒るなんて、そんな心が狭いことはしないのだ。
「そんなこと言ってないで、ジョンも食べなよ。ハンバーグ、めっちゃおいしい」
「へえ、そうなのか」
こうして、異世界に転生した私は、無事に初任給で買ったちょっと高い牛肉の恨みを晴らし、ドラゴンの肉を仲のいい幼馴染と一緒に食べることができたのでした。
せっかく異世界転生したので、ドラゴンを食べてやろうと思います! 聖願心理 @sinri4949
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