せっかく異世界転生したので、ドラゴンを食べてやろうと思います!

聖願心理

肉の恨みは肉で晴らす

 目を覚ますと、私は見覚えのない一面真っ白な空間にいた。

 ぼんやりとした思考の中で真っ先に思ったのは、手に感じていた重みがまったく感じられないということ。


「あれ!? 私の初任給で買ったちょっと高い牛肉は!?」

「残念ながらおあずけ、……というか、一生食べられません」

「え!?」


 私の疑問に答えたのは、今までに見た人の中で断トツで綺麗な見知らぬお姉さんだった。


「あなたは初任給でちょっと高い牛肉を買い、るんるんとスキップ気味で帰ってるところ、猛スピードで走ってきた車に轢かれて、残念ながら……」

「嘘ぉ!?」

「本当です。ですから、初任給で買ったちょっと高い牛肉は一生食べられません」


 世界で一番きれいなお姉さんが真剣な顔で言うもんだから、信じるしかなかった。

 嘘、まだ信じ切れてない。

 お願い、今からでも遅くない、「冗談で~す!」って言ってくれ。お願い!


 しかし、いつまで経ってもお姉さんは眉ひとつ動かすことなく、諦めるしかなかった。


 なんだよ、死んだって!!

 初任給でちょっと高い牛肉買ったその日に死ぬなんて!!!


 だったら、だったら……!


「ちょっと高い牛肉を買うんじゃなくて、ちょっといいお店に行っておけばよかった!!!!」

「行く予定はなかったのですか?」

「仕事休みの日にゆっくりいこうと思ってたんだよ!!!」


 まさか、次の休日が来る前に死ぬとは思わないじゃん。

 仕事帰りにちょっといいお店に行くより、休日に行って存分に満喫する方がいいに決まってるじゃん!!


「そうなんですね」


 私の激しい主張に、お姉さんはそれしか言わない。

 お? 喧嘩売ってるのか?


 文句のひとつやふたつ言ってやろうと思ったけど、お姉さんの無垢な笑顔を見て思いとどまる。

 この人、嫌味とかじゃなくて、本当にそれしか思ってないんだ……。


「……で、私はこれからどうなるんですか?」


 文句を言おうに言えなくなってしまった私は、それを聞くしかなかった。


「地球とは異なる世界に生まれ変わってもらいます」

「え!? 異世界転生ってやつですか!!」


 お姉さんが淡々というものだから、聞き逃しそうになったけど、私の耳はなんとか拾った。頑張った、私の耳。偉い!


「そうですね」

「じゃあ、お姉さんは女神さまってことですか!?」

「はい、そうです」


 だから、お姉さんはこんなに綺麗だったのか!

 女神さまだもんね。人の世界じゃ見ることのできない美貌の持ち主でも不思議じゃないよね! むしろ当たり前!


「生まれ変わるにあたって、何か希望はありますか?」

「え!? 希望を聞いてくれるんですか!?」

「できる範囲ですが……」


 そんな都合のいいことあっていんですか!?


 そうと言われれば、どんなことをお願いするか真剣に考えなくては。

 裕福な家に生まれたいだとか、めっちゃ強い力を手に入れたいだとか、超絶美人に生まれたいだとか、考えれば考えるほどたくさんの願望が出てくる。


 ただ、今、私の頭の中を占めているのは、ただひとつの事実のみ。


「私の初任給で買ったちょっと高い牛肉より、美味しいものが食べたいです! もっと言えば、地球では食べられないものとか。あっ、どうせなら苦労しないと食べられない、珍しいものとかがいいな」


 そう、例えば――――


「ドラゴンが、食べたいです!!」


 ファンタジー世界では、ラスボスだったり、強力なモンスターとして立ちふさがってくるドラゴン。あれは、どんな味がするのだろう。

 人間の何倍もあるのだから、肉だってそれに比例して多いし、大きな肉の塊をかじれば、肉汁がじゅわっと口の中に広がるはず。

 それに部位だってたくさんあるのだから、地球にはない食感や味のするところがあるかもしれない。


 うう、考えるだけで美味しそうだ。

 お腹が空いてくるなぁ……。


「ドラゴン、ですか?」


 流石の女神のお姉さんもこんなことを言われたのは初めてなのか、少し驚いた顔をした。


「はい、ドラゴンです! せっかく異世界に行けるのであれば、ドラゴンが食べたいです!」


 絶対譲らないぞという気持ちを込めて、じっとお姉さんのことを見る。

 お願いですお願いです。ドラゴンが食べたいです。叶えてください。


「わかりました」

「いいんですか!?」


 そんなあっさりいいんですか!?

 やった!


「自分で倒してもらうっていうのが条件ですが……」


 自分で、倒す……?

 そんなことできるのか……?


 と、一旦冷静になったが、ドラゴンの肉はどうしても食べたい。

 恐怖より、食欲が勝ってしまい、


「……やります!」


 私は声高らかに宣言するのであった。



 * * *



「ねえねえ、ジョン。その話、本当なの!?」

「近い近い、お前近すぎ!」


 日々の仕事が終わり、冒険者が集まってくる騒がしい酒場の中で、私は幼馴染のジョンにあることを問い詰めていた。


 私が初任給で買ったちょっと高い牛肉を食べられず、死んでから18年。

 無事に異世界転生を果たし、充実した生活を送っていた。

 生まれたところは、冒険者が集まる町で、酒場を営む両親のところ。

 女神さまが便宜を図ってくれたとしか思えない、ドラゴンを食べたい私にとって都合が良すぎる家だった。


「だから、本当なの!?」

「だから近いって!」


 興奮を抑えきれずに、額と額がぶつかりそうなくらいの距離まで、ジョンに近づく。

 ジョンが照れくさそうにして、私をぐいぐいと押しのけようとしているが、負けるものかっ。

 こっちは待ちに待った情報がやってきたんだぞ!?



「ドラゴンが出たって本当なの!?」



 18年間待った私の食材が、ついについにやってきたって本当ですか!?


 ジョンが「うるさっ」と言って、私のことを突き放したので、バランスを少し崩してしまう。

 まあ、あの至近距離で叫ばれたら、当然だよね……。ごめんね、鼓膜大丈夫だった……?


 だけどだけど、こっちはそんなこと言ってる場合じゃないんだよおおおお。


「それでそれで!?」

「ちゃんと話すから落ち着けよ。というかお前、椅子に座って話聞く気満々だけど、手伝いはいいのか?」

「休憩もらったから、大丈夫!」

「まあ、その調子じゃ仕事どころじゃないもんな」


 そうだよそうだよ、わかってるじゃん、さすが幼馴染。

 ドラゴンを追い求めてることは、酒場に来る人来る人に私が言っているので、その情報が出た今、何も手につかないことは容易に予想ができてしまうのだ。


 そもそも、この世界でのドラゴンというものは、1000年に一度現れるかどうかの、珍しいモンスターであり、生きている間に会えたら奇跡だ。


 ドラゴンは普段は自分たちの縄張りで過ごしていて、そこから出ることは滅多にない。

 ただ、まれにドラゴンが縄張りから出てくることがある。

 理由は縄張りから追い出されたとか、気分転換に出かけてみたとか、いろいろな説があるけれど、本当のところはよくわかっていない。


 ただ、縄張りから出てきたドラゴンは脅威であることは変わりない。

 ドラゴンが咆哮すれば家が崩壊し、陸上を歩けば人がつぶされ、翼をはためかせれば森が吹き飛ぶ。


 だから、ドラゴンが出現した場合には、近隣の冒険者総出で討伐に向かうとか、向かわないとか……。ドラゴン討伐のしっかりとした記録なんて残ってないから、わからないことが多いのだ。


「ここから少し離れた山で、ドラゴンらしき飛行生物の目撃情報があったらしい。鱗が赤だったから、ファイヤードラゴンだと思われるそうだ」

「ファイヤードラゴン!!」

「なんでファイヤードラゴンで目をキラキラさせるんだよ」

「だって、一番おいしそうじゃん!」

「基準がおかしいんだよ、基準が」


 だって、ファイヤードラゴンだよ? 火を操るドラゴンだよ?

 火で焼いたら、香ばしい匂いがしてきそうじゃない? 


「……お前、本当にドラゴンを食べるつもりなのか?」

「もちろん。私はそのために生まれてきたんだから」

「それは過言な気がするが」

「それが過言じゃないんだよね~」


 女神のお姉さんに「ドラゴンが食べたい」と言って、この世界に転生してきたんだから!

 きっと、1000年に一度の現れるかどうかのドラゴンが現れたのも、お姉さんの女神パワーのおかげだろう。

 ありがとう、お姉さん。今、とっても感謝しています。


「この町を出た先に広がっている草原で、ドラゴンを迎え撃つそうだ。予定は3日後」

「3日後! すぐに準備しなくちゃだね! よっしゃ、やるぞ~!」


 そう、ドラゴンの肉を食らうために!


「……なあ、お前も行くのか?」

「……? 行くけど?」


 やる気に満ち溢れている私を見て、ジョンは少し不安そうな困ったような顔をしていた。

 どうしたん? 悩み事でもあるんか? 話聞こうか?


「その、危険だぞ? ドラゴンを食べるだけなら、待ってるだけでもいいんじゃないか?」


 いつもの彼らしくない、はっきりとしない物言いで、何を言おうとしているのかわかってしまった。

 やっぱ、付き合いが長いだけあるな。


「もしかして、心配してくれてるの? そうなの? そうなんでしょ?」


 当たりだろ?そうなんだろ?と思いながら、やいやいと彼の腕をつつく。

 いや~、図星ついちゃって悪いねぇ。


「そうだよ! 悪いか!」


 そうしていたら、耐えられなくなったのか、観念したのか、ジョンは大きな声でそう言い、勢いで立ち上がった。

 その声で、酒場が静まり返る。


「声、でかいよ?」


 楽しくなってしまい、私はにまあと笑みを浮かべて言う。


「うっせえよ、ばーか」


 顔をトマトのように真っ赤にさせながら、ジョンは不機嫌そうにしながら座り直した。


 うーん、流石にからかいすぎたかなぁ……。

 純粋に心配してくれたんだもんね、私のこと。


「ありがとね、心配してくれて」


 機嫌をとるってわけではないけれど、とりあえず嬉しかったことは伝えておく。

 ただ、私としても引き下がるわけにはいかないので、自分の言葉で言わなければならない。


「でも、私は行くよ。こうして家の手伝いもしてるけど、私だって冒険者だからね!」

「別に強制参加じゃないぞ」

「揚げ足を取らない!」

「大事なことだろ」


 ああ言えばこう言う、口うるさい幼馴染だ。


「私はドラゴンが食べたい! だから、倒す! 自分で倒したドラゴンの方がおいしいに決まってる! それ以上に理由なんてない!」


 それに、女神さまに「自分で倒さなければならない」っていう条件出されちゃったしね。


 私の本気を伝えるために、ジョンの瞳を覗き込むようにして見る。

 ジョンも変わらない目力で見てきて――、


「まあ、お前が引き下がるわけないよな」

「わかってるじゃん」


 やっぱり幼馴染だなと思った。





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