ハートかホシか

小石原淳

ハートかホシか

 どの程度当てになるのか知らないが、世の中には性格テストと称するものが山とある。数週間前、給食の時間に「好きな物をいつ食べるか」という話題になったけれども、あれも性格テストの一種と言えるかもしれない。

 好きな物を真っ先に食べる人は、今さえよければあとは気にしないタイプ。あるいは常に危険な状態に陥ることを想定し、その時々で得られる最大の利益を逃すまいとする。

 好きな物を最後に食べる人は、ご褒美が最後にあることで目的とし、それ以外の苦しみを乗り越える。もしくは、平和な日常がずっと続くと疑わず、危機管理意識の薄い人。

 僕はどちらかと言えば、好きなおかずは取っておく。だからといって、危機管理意識が薄いとは思っていない。高いところはあまり得意じゃないし、交通量の多い道路は、遠回りになっても信号のある横断歩道で渡りたい。警戒しすぎて、臆病なくらいだ。当然、この性格テストには反発を覚えてもいいんだけれども、それは場合によりけり。

 給食のとき、この話を持ち出したのは同じ班の鈴木すずき芽生奈めいなさんだったから、僕はすんなり受け入れた。

 中学一年生になって、僕は初めて人を好きになった。具体的にどこがどう好きなのかって聞かれても困る。外見が琴線に触れたのはもちろんだけども、男子相手でも話題がなかなか途切れないし、不公平なところはないし。

 本格的に意識するようになったのは、バレンタインデーのときだ。学校のミニイベントとして、男女二人ずつの班の中で、チョコレートの交換会を行うことになった。男子二人は女子二人に、女子二人は男子二人にチョコを買って贈る。バレンタインに男が贈る側にまで立つなんておかしい気もするけど、まあイベントなんだから気にしない。これをきっかけに付き合いの始まった先輩がいると噂も聞く。

 と言っても、イベント前から僕は鈴木さんを意識していたのではない。イベント後、つまりチョコを贈り合ったあと、鈴木さんからの小箱を開けてみると、どう見ても手作りだった。

 次に学校のある日、僕は同じ班の男子、佐藤啓作さとうけいさくに探りを入れてみた。佐藤は僕の意図に気付かなかっただろうけど、鈴木さんからのチョコは、佐藤にも手作りが贈られたのか否かを確かめたいと思った。

 その結果、佐藤がもらった鈴木さんのチョコは、ちょっぴり高めだが市販品だと分かった。僕は羨ましがるふりをしつつ、自分がもらったチョコについては適当に嘘をついてごまかした。

 それからはずっと、彼女を意識し続けている。班単位の活動でたまにミスをしでかしてしまうほどだ。ミスをした僕を見て、鈴木さんがくすっと笑う。その様子だけでも、何となく嬉しく、幸せに感じる。

 僕に対する鈴木さんの反応はいい感じで、これなら告白しても大丈夫だろうという確信を持つのに時間はそう要さなかった。

 こんな具合にして、僕はホワイトデーに、彼女へ告白すると決めた。普通、僕はそんな勇気は持てない人間なんだけど、バレンタインデーの返事という体裁でやれば、もし断られたって、イベントの一環だと自分自身に言い聞かせて処理できる。そんな考え方をすることで、勇気を出せたのかもしれない。


 ホワイトデーの前日、僕は日番に当たっていた。放課後、みんなより遅めに学校を出ると、家路を急ぐ。明日はいよいよ告白をすると定めた日。簡単でいいからプレゼントを用意しようと思っていた。すでにアイディアはある。ちょっと買い物をしなきゃならない。自然と歩みが早まった。

 商店街への道は、昼間でもちょっと不気味な林を抜けねばならない。僕の足は、ますます早く動いて、駆け足に近くなりつつあった。

 もうすぐ林を抜けるというそのとき、右側から何かがぶつかってきた。ほぼ同時に、脇腹に急激な痛みを感じた。刺すような痛み……と思ったら、本当に刺されていた。右脇腹を見ると、黄色く細長い物が突き立っている。僕はいつの間にか倒れていた。

 腕が伸びてきて、脇腹に刺さった異物を握り、引っこ抜いてくれた。

 いや、それは善意から出た行為じゃなかった。腕の持ち主は引き抜いた物体を振りかざす。僕は相手が握るのはカッターナイフだと分かった。

 そして、相手の顔にも見覚えが。

「お、おまえ」

 皆まで言えない内に、カッターナイフが僕の喉を裂いた。血が出て行く。脇腹の傷よりさらに激しいみたい。僕は両手で喉を押さえた。声を出そうとしたが、出なかった。

 僕を襲った奴――佐藤は、こっちに背中を向けて走り出している。喉からの出血に驚いたのだろうか。それとも、とどめを刺すまでもないと考えた?

 僕は早くも意識朦朧となるのを感じながら、助けを呼ぶ方法を考えた。だが、名案は浮かばない。せいぜい、人が通り掛かったらありったけの力で助けを求める、ぐらいか。

 これは本当にだめかもしれない……明日、好きな女の子に告白するのに、何ということ。諦めたくないが、意識が着実に遠くなっている。死ぬのは怖い。嫌だ……。

 ――このまま、鈴木さんに何も伝えずにいるのはもっと嫌だ!

 不幸中の幸いと言ったらバカみたいだけど、書くためのインクはたっぷりある。どこまで僕の気持ちが途切れずに持つかの問題だ。

 僕は力を込め、右手の人差し指を伸ばすと、自分から出た血だまりに付けた。

 ……でも、もし万が一、書いている途中で死んでしまったらどうなるんだろう? 「鈴木芽生奈」と書いたところで僕が死んだら、僕を殺したのは鈴木さんのように見えるんじゃないだろうか。

 鈴木さんには、明日のホワイトデー、放課後にちょっと時間をちょうだいと伝えている。それに手作りのチョコをくれるくらいだ。僕が改めて書き残さなくたって、分かってくれるんじゃないか。

 だったら、僕が最後に書くべきは、犯人の名前じゃないのか。「佐藤啓作」って書けば、とりあえず警察は調べてくれるに違いない。動機は僕自身分からないけれども、警察ならなんとかしてくれるはず。

 僕は指先に血を付け直し、震えをこらえながら「佐藤啓作」と書き始めようとした。

 ……だが、待て。人生最後に書く言葉が、僕を殺した奴の名前だなんて虚しいじゃないか。最後はきれいな言葉で締めくくりたい。

 きれいな言葉。それならやはり、鈴木さんの名を書きたい。「鈴木芽生奈」、今の僕にとって世界一のきれいな言葉だ。

 ……いや、でも。警察は佐藤を逮捕できるんだろうか? この林の中や前後に、防犯カメラは一切設置されていないはず。佐藤の服に返り血が付いたかどうかも分からない。何かの偶然が働いて、佐藤が逃げ果せるなんてことになったら、死んでも死にきれない。

 いっそ、両方書けばいいのでは? 先に、「犯人は佐藤啓作」と書き、続いて行を改めてから、「鈴木芽生奈さん、大好きだ」と書き残す。これなら僕の望みを満たす。

 そろそろ気力も体力もやばい。もう決断せねば。僕は書き始めた。……それにしても、何で鈴木に佐藤なんだ。同姓の人が多いから名字だけで済ませられず、下の名前も含めて漢字で書かなきゃ、確実に伝わるかどうか不安になる。


             *           *


「どうしましょう、血文字の扱い」

 部下からの問いかけに、武藤むとう刑事はカッパ頭をひと撫でした。遺体そばにあった血で書かれた文字を、改めて見直す。

「見たまんま、二人が犯人なんでしょうか」

 血文字は「犯人は佐藤啓作/鈴木芽」となっていた。

「被害者と同じクラス・同じ班に、佐藤啓作並びに鈴木芽生奈という名前の生徒がいるという事実が判明しています。“生奈”を書く前に事切れたのでは」

「難しいな。額面通りに受け取っていいものやら。中学一年生が、いや、死にそうな人間がダイイングメッセージを残すに際して、ここまで漢字を使うものかねえ。真犯人による偽装工作の線が濃厚だと思うな」


 終わり

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ハートかホシか 小石原淳 @koIshiara-Jun

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