吸血鬼姉妹と勘違いの退治屋さん
にゃべ♪
優しい吸血鬼姉妹と一匹狼の退治屋
その街には吸血鬼の姉妹が住んでいた。とは言え、夜な夜な血を求めて人々を襲うと言う事もなく、街に溶け込んで地域住人達と交流しながら平和に暮らしている。姉妹は長年人々と交わる事で日の光も克服していた。
その代わりに特殊能力も衰えていて、見た目にも能力的にもほぼ普通の人間と変わらない。人より寿命が長く、いつまでも若々しいくらいだ。
彼女達は2人で喫茶店を営んでおり、ずっと営業を続けられるくらいには住民達に認知されている。昔は色々あったらしいものの、彼女達を吸血鬼扱いする者はいなくなり、平穏な日々が続いていた。
「リリー、オムライスひとつー」
「ちょ、マリ、私の方が上なんだからもうちょっと言い方……」
「はいはい、姉さん。オムライス注文入ったよー」
「全く……」
姉の名前がリリーで妹の名前がマリ。それが姉妹の名前。毎日こんな風に姉妹の楽しいやり取りが聞けるので、それがこの喫茶店『パワフル☆キス』の売りのひとつになっていた。
そんなある日、そう、それは世間が節分と呼ぶその時期に街に化け物専門の退治屋がやってきた。彼は依頼を受けて仕事をすると言うより、自分の力の確認のために魔物や妖怪を退治する――そう言う人物だった。
退治屋は街に着くなり感知用の呪具を使い、この世ならざるものの存在の確認をする。
「やはりな。この街にもいる」
彼のターゲットは特に定まってはいない。魔物の存在を探しては街から街を転々としている。依頼で動いていないとは言え協会には属しているので、退治をすれば相応の報酬を得る事が出来る。彼はその報酬で生活をしていた。つまりは賞金稼ぎなのだ。
感知呪具を使ってある程度まで近付く事が出来れば、後は本人の感覚で相手を特定出来る。吸血鬼姉妹の喫茶店に近付いたところで、彼の野生の感覚が答えを導き出していた。
「鬼の匂いがする!」
匂いを覚えた後はひたすら待機。その匂いの本体をはっきり確認してからが彼の仕事だ。人の世界に溶け込んでいる魔物に不用意に近付くと周りの人間を人質にされやすいため、相手が1人になるその瞬間をひたすら待ち続ける。
待つ事6時間、喫茶店の仕事を終えたリリーが店の裏口からから出てきた。退治屋はそのまま彼女の尾行を始める。か弱い女性に見えてもそこは吸血鬼、人通りのない淋しい道も平気で歩いていく。退治屋は彼女を退治をするタイミングを、息を殺して見計らっていた。
「化け物の癖に人間の姿をしおって……」
帰宅中のリリーは何を思ったのか、ここで公園に入っていく。それをチャンスと捉えた退治屋は、すぐに同じ公園に向かって走っていった。ベンチに座って星空を眺めていた彼女の前に、退治屋は仁王立ちで立ちはだかる。
この突然の状況に、リリーは驚いて体を硬直させた。
「えっ? 誰?」
「そこまでだ鬼め! 鬼はー外ォ!」
「ちょ、やめ。痛い痛い!」
退治屋は鬼退治用に調整された豆を思いっきり投げつけ始める。この豆は、相手が本物の鬼ならば一撃で倒せる程の威力のある一品だ。
けれど、相手が吸血鬼であるために効果はそれほどでもない。どれだけ投げつけても、物理的なダメージしか与えられてはいなかった。
「何故だ! 何故消滅せん!」
「もう、イヤー!」
前触れもなく一方的に豆を投げつけられたリリーは、すぐに公園から逃げ出した。当然、退治屋もすぐにその後を追いかける。
「このっ! 待てっ!」
真夜中にか弱い女性を追いかけるマッチョな男。周りから見たらどう考えても退治屋の方が不審者だろう。ただし、たまたまそのルートに人が全く歩いていなかったため、この騒ぎが警察沙汰に発展する事はなかった。
リリーは必死で退治屋をまこうと道をジグザグに走っていく。追いかける方も見失わないように必死だった。
追いかけっこを続ける2人が何回目かの角を曲がったところで、男の顔面に勢いよくフライパンが飛んでくる。
「こんのー不審者ァーッ!」
「ふぎゃっ」
その一撃で男は呆気なく倒れた。フライパンで殴ったのは妹のマリ。姉が襲われている事を察知して、そいつを倒しに来たのだ。男が倒れたところで、リリーも確認のために戻ってくる。
路上に倒れている退治屋を目にした姉は、妹の顔をまじまじと見つめた。
「やりすぎ」
「いやでも姉さんに攻撃してきたんでしょ。多分退治屋だよコイツ」
「だとしても、私はこうして無事だし。ここまでするのは過剰防衛だよ」
「全く、姉さんはお人好しなんだから」
リリーは妹の見ている前で退治屋を背負う。この突然の行動にマリは動揺した。
「ちょ、そいつどうすんの?」
「私の部屋で寝かせるの。このまま放置は出来ないでしょ」
「マジで言ってんの? そいつは敵だよ。殺さないだけでも十分じゃん」
「敵じゃなくて、まだ理解が不十分なだけ。今までも私達はそうしてきたでしょ」
妹の抗議に一切耳を貸さず、リリーは退治屋をそのまま自分の家に運び込み、自分のベッドに寝かせる。この姉の行動にマリは呆れつつ、静かに見守るのだった。
一夜が明けて室内が明るくなり、寝かされていた退治屋はまぶたを上げる。いきなり女性の部屋に寝かされていたものだから、彼はすぐに周囲を見渡した。
「ど、どこだ……ここは……?」
「あ、気がついたんだね。良かった」
目が覚めて起き上がったところで、様子を見に来ていたリリーと目が合う。退治屋はここで大体の状況を把握したものの、流石に理解が追いつかなかった。
「お前、何故……」
「だって、あのまま放置は出来ないでしょ。夜は冷えるわ」
「そうじゃない! いや、そうかも知れないが……。俺はお前らの敵だぞ」
退治屋はうろたえながら、改めて自分とリリーとの関係性を問い直す。彼の慌てっぷりを目にしたリリーは、その反応がおかしくてクスクスと笑い出した。
「敵? いいえ、それはただの勘違い。私の名前はリリー。あなたは?」
「お、俺は……。な、名前なんて聞いてどうする?」
「だって名前を知らないとちゃんと会話も出来ないじゃない。だから教えて」
彼女は意外と押しが強く、退治屋の言葉をまるで聞かなかった。何度目かの押し問答の後、結局は彼の方が折れる事になる。
「お、俺の名前は賢矢……だ」
「賢矢、いい名前ね」
「それよりさっき言ったな、勘違いって。どう言う事だ?」
賢矢はさっきリリーが話していた言葉に疑問を覚えていた。質問をぶつけられた彼女は軽くほほ笑み、その理由を口にする。
「それは私、いや、私達には攻撃される理由がないって事。賢矢は退治屋でしょう? 退治屋は人に害をなす魔物しか狩りの対象には出来ない」
「ぐ……。だが、お前らが害をなさないなど信じられん」
「あなたを助けたのが理由にならない? 人を殺す魔物ならこんな事はしないでしょ」
「そこだ! 何故俺を助けた?」
結局話は振り出しに戻り、彼は改めてリリーが自分を助けた理由を問う。この堂々巡りを前に、彼女はため息を吐き出すと左手を腰に当てた。
「だって、話し合えば分かり合えるでしょ? 少なくとも私はそう思ってる」
「お、鬼の癖に何を……」
「鬼じゃないよ。私達姉妹は吸血鬼。それにもう人の血は吸ってないし、これからも吸うつもりはないから!」
「そんな鬼がいるか!」
賢矢はリリーの話を受け入れない。彼が今まで戦ってきた化け物達は皆人間の敵であり続けてきたからだ。口当たりの良い言葉を口に出しても、それは騙して油断させるため。本性は人間を餌にしか思っていない。空腹でない時にからかい、腹が空けば欲望のままに貪る存在。それ以外の化外が存在する事を彼は認められなかった。
リリーもまた、そんな同胞がいる事は知っている。だからこそ強引に話を進めようとせず、丁寧に丁寧に言葉を尽くした。それでも話は平行線を辿るばかり。
そこに、いつまで経っても戻って来ない姉に痺れを切らした妹のマリがノックもなしにいきなり勢いよくドアを開ける。
「あの豆攻撃が効かないんだから、あんたじゃ私達をどうにも出来ないでしょ!」
「マリ!」
「ああ、確かにその通りだ。今の俺ではお前らには勝てん。勝者の特権だ。好きにしろ」
賢矢は素直に自分の負けを認め、ベッドにその身を投げだした。勿論リリーもマリも何もしない。逆に、哀れんだ目で見るばかり。この2人の視線に耐えられなくなった彼は、またガバリと起き上がる。
「じゃあ俺にどうしろって言うんだ!」
「うわ、逆ギレとか」
「マリはちょっと黙ってて」
姉にたしなめられた妹は口をつぐんだ。そうして、リリーは優しい眼差しで賢矢を見つめる。
「私は、私達が人間とうまくやっているって事を認めて欲しいだけ。だから私達の事はそう言う報告をするか、黙っていて欲しいの」
「分かった。報告はしない、どうせ俺は流れの退治屋だ。成果がなければ誰も俺の話なんて聞きはしない」
「うん。有難う」
こうして無事に話はつき、彼はこの街を去る事になる。帰り際にリリーは喫茶店の住所を書いた紙を手渡した。
「これは?」
「私達の喫茶店の住所。あなたは覚えているんでしょうけど、念の為にね」
「分かった。一応貰っておく」
「何かあったらいつでも来てね、お客さんとして。歓迎するわ」
リリーは笑顔を見せるものの、賢矢からの返事はなく、そのままどこかへと去っていく。遠くなるその淋しそうな後ろ姿を、彼女は黙って見送っていた。
その後、決まって節分の日に彼は喫茶店にやってくる。吸血鬼と退治屋ではなく、コーヒーを出す店員とコーヒーを求める客として――。
吸血鬼姉妹と勘違いの退治屋さん にゃべ♪ @nyabech2016
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