ストロボ
王生らてぃ
本文
高校を卒業して一人暮らしが決まったので、家を出る前にアルバムを作ろうということになり、地元の写真屋さんにやってきた。わたしが生まれた時も、七五三の時も、姉の結婚式の時も、何度も写真を撮ってもらっている昔馴染みのお店だ。
「そうか、凛子ちゃんももう大学生かあ。東京で一人暮らしか。寂しくなるね」
写真屋の舞さんは、エプロンをかけながらわたしに告げた。
撮影室にはふたりきり。家族の集合写真はもう撮影し終わって、両親や祖母は表のロビーでお茶を飲みながら待っている。
「初めて会った時は、こーんなに、ちっちゃかったのにね」
「うん」
「でも、東京の大学かあ。いいなあ。わたしは中学を出たら、すぐこのお店を継いだから、そういうの、憧れちゃうな」
舞さんは少し寂しそうに笑う。
「両親がやってきたことだから、拒否権なんてなかったし。親が死んでも、高校にも行ってないから、勉強してないでしょ? 別の働き口もないしね。結婚しようにも、いい相手との出会いもないし」
そう言いながらも、三脚や、レフ板をてきぱきとセッティングしていくのは、職人さんっぽくてカッコいい。
「じゃあ、椅子に座って」
ようやく、撮影が始まる。
「手を合わせて、足の上に……顎はもう少し引いて。そうそう、いい感じだよ」
少し緊張する。
カメラを覗き込む舞さんと、カメラを見るわたし。
レンズ越しに、お互いの目が合う。
「きれいだなあ」
シャッターを切る瞬間の舞さんは、一瞬、笑顔でも、怒り顔でもない、きりっとした表情になる。昔からずっと変わっていない顔。わたしは舞さんのその顔が好きだった。
「いい顔してる。大人になったね、凛子ちゃん。すてきだよ」
じゃあ撮るよ、という合図に、その言葉はかき消されてしまった。
三、二、一……
カウントダウン。
きれいだよ、かわいいよ、いい感じ、なんて言葉、ぜんぜん嬉しくない。
ファインダー越しの、ちっとも響かない言葉。
あなたはわたしのことを、一度も真っ直ぐ見てくれたことがないくせに、わたしのことをわかったふうに言う。
でも、くやしい。
わたしはファインダーを覗き込む、あなたのその顔が、今でも、これからもずっと好きだ。
パチっとストロボの閃光が目を焼く。
「いいね。もう一枚」
白い光の残像が、さっきまでの舞さんの姿を焼き消してしまう。
また、わたしは椅子に座る体を硬くする。
閃光。
「いいね。ほんとうにきれい」
やめて。
まるでわたしのことを、お人形みたいに言うのはやめて。
「もう一枚、いいかな?」
けれどわたしはうなずく。
そうすれば、もう少しだけ、舞さんの顔を、好きな人のことを、見ていられるからだ。
ストロボ 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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