暖かい冬
星の影
冬と柚
「ねぇねぇ冬(ふゆ)君、布団を買いに行こうよ!」
大学入学を直近に控えた春先、下宿先の一室で俺の彼女である柚(ゆず)が唐突に言葉にした。
「何で?」
「何でって、大学に通うと同時に、こうして二人暮らしになったわけだし、必要なものでしょ?」
「布団なら今使ってるのがあるじゃん。必要ないだろ?」
「違う違う。私の布団よ」
「はい?お前の布団は必要ないだろ。どうせ同じ布団で寝るんだし」
「えー私だってもう大人よ?今後はちゃんと一人で寝れるんだから」
「そう言って、いつも俺の布団に潜り込んできたじゃないか」
「そっ、そんなことないと思うけど?」
柚は動揺すると視線を右上に逸らす何とも分かりやすい癖がある。分かりやすくて心配になるな。
「とにかく、お金が勿体ないので買いません」
「えーやだやだやだやだ!買ってよ」
「何でそんなに布団が欲しいのさ?」
「そういう冬君こそ、何で頑なに嫌がるのよ?あっ!?もしかして私と寝る機会が減りそうで寂しいんでしょ」
「……これからも一緒に暮らすわけだし寂しくはならないよ」
「ふーん、ホントかな?」
「何だよ?」
「冬君はいつも嘘をつくとき、右上を見るもんね」
「……」
おいおい、そいつは初耳ですね。どうやら俺も誰かさんのことを言えないようです。
「そっ、そう言う柚だって動揺してるとき、決まって右上を見るじゃん」
「ええ!?嘘!?」
「さっきも見てた」
「嘘よ嘘!絶対嘘よ!」
「じゃあ、冬の寒い日でも、俺と一緒に寝ないと誓える?」
「え?」
「雷の日は本当に一人で寝れるんですかね?」
「そっ、それは……うぅ……」
先程までの威勢はどこへやら、柚の言葉が萎んでいく。
「これは勝負ありだね」
「まっ、待って!まだ負けてないもん!ふっ、冬君だって私をもう抱き枕にできなくなるんだよ?」
「はい?」
「私知ってるんだからね!私を抱き枕にするとき、いつも気持ちよさそうに寝てるのを!」
「なっ!?」
何故それを知っている!?
「私を抱けなくなって焦ってるんでしょ~もう、冬君は可愛いな~」
「……」
「冬君?」
「分かったよ、正直に話す。なんだかんだ言って、柚が隣にいると安心する」
「へ?」
「好きな子が隣で寝てて嬉しくないわけないでしょ」
「ちょっ//////いきなり何で素直になってるのよ!」
俺は、終わりの見えない言い争いに終止符を打つべく、最終手段『素直』を発動した。知ってるんだぜ?柚は押しに弱い。素直な気持ちを向けられることに慣れていないのだ。
「確かに、柚の言う通り、俺はどうやら柚と寝る機会が減ることが寂しいみたいだ。あのモフモフした柔らかさを失うのは実に残念だ」
「へっ、へぇ~そっ、そうなんだ~へぇ~//////」
「寝てるとき甘えてくる柚が好きだったし、朝起こしてくれる柚の声が好きだったんだけど、そっか~、非常に残念だよ……」
「好き!?えぇ//////……えっと、その、あの~」
「柚はもう、俺とは寝てくれないんだね……俺のことが嫌いになっちゃった?」
「まっ、まって!きっ、嫌いだなんて言ってないでしょ!ごめんなさい。ホントは私だって!私だって冬君と一緒に寝たいの!」
「……」
「私が冬君のことを嫌いになるはずがないでしょ!冬君は、私にとって命の恩人で、大好きな人なんだから!」
「ふーん。そっかそっか~柚は俺のことが大好きか~」
「あっ!?//////」
俺がニヤニヤしているのを見て、柚が明らかに動揺している。
「たばかったな!」
「ごめんごめん」
「もう知らない!」
「柚」
「何よ!」
「俺も、柚が好きだよ」
「そっ、そう//////……」
「猫としてでもなく、一人の女の子としてね」
「!?」
柚は俺が中学生の頃、学校帰りに出会った黒猫だ。初めて出会ったとき、彼女は車に轢かれたのか、足を怪我して道端に倒れていた。俺は、意識のない彼女を抱きかかえ、夢中で病院を探し、奇跡的に一命をとりとめた。あの日から、彼女は徐々に元気を取り戻し、俺の家で暮らすようになったのだった。初めて彼女の声が聞こえたときは驚いた。何故か俺には彼女の言葉が分かるのだから。だからだろうか?一緒に暮らしていくうちに、俺は彼女を飼い猫ではなく、女の子としてみるようになった。他の人から見れば変に思われるかもしれないが、その気持ちはいつまでも変わらないだろう。
「冬君てさ」
「ん?」
「ホントずるいよね」
そう言うと、柚は俺の布団に入り込んできた。ふわふわした毛並みが、何とも心地よい。柚は俺のことをずるいと言ったが、それはお互い様であると心底思う。こんなに暖かい冬をこれからも感じられるのは、君のおかげなのだから。
暖かい冬 星の影 @cozmic1115
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