放課後、ファミレスで

しの

名言


「いける!獲れる!………あー!!!」

「惜しい〜」

 サヤカが言うとほぼ同時に次のコインを入れる。

 チャリンという硬貨が落ちる音の後、筐体から音楽が流れる。店内全体が音に満ちているため、誰も気にかけることはない。

 ユイの操作でクレーンが横、縦へ動く。

 クレーンが落ちる最中、バンッと勢いよくボタンを叩く。ユイがつかむボタンを叩いたらしい。

 クレーンがぬいぐるみを掴み、上がりながら元の位置に戻ろうと動く。

「お願いお願いお願いお願い……」

 ユイがアクリル越しに祈る。

「おぉっ!」

 サヤカが驚きの声を上げる。

 ぬいぐるみが取り出し口へ落ち、獲得の音楽が再び筐体から流れた。



「はー、かわいい〜」

「よかったねえ」

 ユイは先ほどUFOキャッチャーで獲ったプライズをスマホで撮影し始めた。

「あー、でもお金使いすぎた。絶対メルカリした方が安かったよぉ〜……」

「なんでUFOキャッチャーって獲れそうで獲れないんだろうね」

「ほんとに。クレーンで掴めはするからさ、動くと獲れるって思っちゃうよね」

「まあそれがゲーセンだよね」

 ウェイターが近づいてきて2人の会話が一旦止まる。

「お待たせしました。トリフアイスクリームのお客様」

 ユイが手を挙げる。

「こちらプリンとティラミスクラシコの盛合わせになります」

 消去法でサヤカの目の前に置かれる。

「以上でご注文お揃いでしょうか。ごゆっくりどうぞ」

 ウェイターが去っていく。

「えー、記念に撮っとこ♪」

 ユイが提供されたデザートと、先程獲得したぬいぐるみを撮り始めた。

「いただきまーす」

 サヤカは黙々と食べ始め、お互いにスマホを見ながらしばし沈黙が出来た。

 ユイはふと、メルカリだといくらだろうと思いアプリを立ち上げる。

「いやー、やっぱかわいいわ。メルカリでこんな可愛い子売ってない」

「ぬいママ?みたいだね」

「そう思わないと、この課金額、自分で許せないよーーっ。」

「結局いくら使った?」

「3,000は溶かした……かな」

「……メルカリは?」

「ちょうど見てた。1,980円から……」

「あー」

「なんかさあ、この子を獲るぞって思ってる時って100円の事お金だと思って投入してないんだよね。」

「クレーンが動くための物って感じ?」

「そうそう。何百円使った!って感覚が飛んじゃう。両替してる時すらお金だと思ってない。ゲームコイン…みたいな?ギャンブラーとかってそういう気持ちでお金かけてんのかな」

「ギャンブラーの事は分からないけど、とりあえずユイはガチの賭け事はやらない方が良さそうだ」

「ほんとそれ。オタク、賭け事はソシャゲ課金まで」

「それも危ういわな…」

「無理のない課金、無課金が大事ね」

「いい言葉だ…人生の先輩は名言を残してくださったね」

「名言大好き。名言作りたい」

「名言作ろ。じゃあUFOキャッチャーで考えよ」

「サヤカよくノッてくれたね。そのノリの良さだいすきよ。UFOキャッチャーね。その前にドリンクバー行ってくる」

「私も行く〜〜」

 二人して席を立ち、ドリンクバーへ向かった。


 各々好きなドリンクを一杯持って席へ戻る。

 持ってきたカルピスを一口飲み、先に開口したのはユイだった。

「なんかさあ、ドリンクバー行きながら考えたんだけど、『無理のない課金、無課金』以上の名言が思い浮かばないんだけど」

「わかる……。でもあれってソシャゲの課金のことでしょ?今回はUFOキャッチャーだよ」

「うーん……」

「あー、今日授業で偉人の名言、みたいなの見たじゃん?ああいうのからパロディ?してみるとか?」

「いいね!検索してみよっ」

 ユイはすかさず手元のスマホでリサーチし始めた。

 しばし無言が続き、ユイが思いついたと言う。

「……『かわいい子には旅をさせよ。』から『かわいい子、絶対持ち帰るぞ。』はどう?」

「えっっやばい。それ……ナンパ師っ!?」

 ユイの発言にツボりながらも突っ込むサヤカ。

「いや、やっぱ自分でとろうとしている子は可愛くみえるものよ⁉︎…でもたしかにこれはナンパ師とか、合コンにお持ち帰り目的で行く男の人目線だったわ」

 ユイも自分で発した言葉ながら、男性目線に聞こえることに気付き、同じく笑った。

「どちらにせよ遊び人」

「次はサヤカのターンよ、なんかちょうだい」

 未だに笑いが収まらないが、自分ばかりが恥ずかしいのでサヤカに催促した。

「えー、えーとね…」

 笑いすぎて涙が出できたのを自分の指で拭い、呼吸を整え、スマホを見ながら考える。

「『諦めたらそこで試合終了ですよ』」

「いやまんま安西センセーイ」

 ユイが勢いよくツッコむ。

 笑いながらユイが続けた。

「それはもうそのまま名言よ、UFOキャッチャーとか、そんなレベルの話じゃないのよ」

「ごめんごめん、いやー待って、もうちょっと探すわ」

「たのみますよ」

 しばしの沈黙のあと、

「じゃあこれ。『オタクの、オタクによる、オタクの欲求のための遊戯』」

「それっぽい!今の誰の言葉?」

「リンカーンのやつ」

「リンカーンって、ああ、アメリカ大統領の。え、あれ人権がどうとかめちゃくちゃいい事言ってるやつじゃん。すごく、私利私欲にまみれた言葉になってしまった……」

「オタクは欲にまみれたニンゲンだからね……しょうがないよ……」

「たしかにね…オタクの欲全面に出ちゃって、きれいじゃないね……」

「次、次」

 サヤカが促す。

 ユイは指で数を数えながら考えている。

「……一枚のコイン、一人の友人、一つの筐体、一つのプライズ、それで世界は変えられるのです」

 何故か釈迦ポーズで諭そうとするユイ。

「すごい、仰々しい…オタクがプライズ取ってるだけなのに…」

「ね、マララさんごめん……。日本は平和です……」

「マララさんの言葉か……。友人もいるのね」

「えー!一人でやってもなんだか寂しいじゃん。取れても取れなくても、友達がいたらまあしょうがないって諦めがつくけど、多分一人でやったら財布のお金が無くなるまで永遠と筐体に向かってる」

「たしかにユイのその姿、想像つくわ」

「友人がいたら冷静に今いくら使ったか聞いてくれるし今日はやめなって言ってくれそう。……今さっき言われなかったけど」

「まあ流石にあと一回両替行ってたら止めてた」

「ありがと。そういうことよ。友人もいる」

「コインは一枚じゃ足りなかったが」

「くうぅぅぅぅぅっ」

 ユイがテーブルを軽く拳でドンと突く。

 スマホの画面で時間を見ながら、サヤカが言う。

「あ。ごめん、そろそろバイトの時間だ」

「あー、もうそんな時間。じゃああとは宿題だね」

「え、これまだ考えるの?」

「LINEして〜」

「ユイが忘れそうだけどなあ…」

「いやいや、覚えてますよ、考えますよ」

「そうかなあ」

 ユイはテーブルの上の食器をざっとまとめて、伝票を持って席を立った。

 カバンから財布を出しながらサヤカも後に続く。

「お会計別でお願いします」

 会計係の店員へユイが言う。

 店員がてきぱきと画面を打ち、互いの会計が終わる。

「ありがとうございましたー」

「「ごちそうさまでしたー」」


 店を後にし、2人はしばらく一緒に歩いた。駅とバイト先への別れ道に辿り着いた。

「今日帰り1人かー、寂しいなぁ」

「まあまあ、気をつけて帰ってねー」

「ありがとー、サヤカもバイト頑張って。」

「ありがとー、推しのために今日も働きます」

「応援してます。てか今日はゲーセン付き合ってくれてありがと!私は帰ってこの子を愛でます」

 ゲームセンターからファミレス、そして店を出た今もずっと抱いているぬいぐるみを愛おしそうに撫でる。

「はーい。じゃあまた明日」

「また明日〜。バイバーイ」


 バイト先へ向かいながら、もう少し名言を考える。

 でも絶対ユイは忘れてるなあ…まあバイト終わってLINEがきてたら返してやろう。

 そう思いながらバイト先であるカラオケ屋の扉を開いた。

「おつかれさまでーす」

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