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「殿下、まだ誕生日プレゼントに悩んでるんですか?」


 学園に向かう馬車の中、徐にヒカリが問いを放った。

 僕はそんなに分かりやすかっただろうか。


「もう9回目なのだ。以前と被らず、なおかつ好みに合った物を探すのは骨が折れる」

「あたしが同世代女子として一緒に考えてあげましょうか?」

「“夜の乙女”が頼りになるとは思えないが?」

「それはそうですけどー……でも、ひとりで考えるよりはよくないですか?」


 冷やかしたい、という気持ちが透けて見えるが、どうせ移動中にやれることなどないのだ。乗ってやるのも一興か。


「そういうことにしておこう。それで、どう協力するつもりだ?」

「まずは殿下のプレゼント候補を聞くところからですね!」

「……やはりやめておこうか」

「なんでですか!? 別にからかおうと思って聞いたんじゃないのにっ」


 そこでその弁明をすること自体が、“からかおう”という発想があった裏付けなのだがな?


「口ではなんとでも言えるだろう」

「誓って、扱き下ろしたりしません」

「僕の言葉を聞いていたか?」

「だって移動時間暇じゃないですかぁ……本当にちゃんと考えますから」


 そもそも“夜の乙女”は邪悪な人間ではありえない。

 暇なのはこちらも同じなのだから、少し癪に障る程度は目を瞑る方が有意義そうだった。


「候補はインク・ハンカチーフ・ティーセット・ジンジャーブレッド……どれも今ひとつだ。実用的なものは使用頻度が高い点で魅力的だが、婚約者への贈り物として味気ないだろう。勤勉な彼女に甘い物で休憩を取ってもらいたいが、失せ物はな……」

「……殿下、アビゲイル様大好きですねぇ」


 ヒカリの口から出たそれが、揶揄の文言にしか聞こえない。


「ここから学園まで歩きたいようだな?」

「そっそんなつもりじゃ! ほんとに感心したんですってば!」


 馬車から放り出してやる、と暗に伝えると、方向音痴らしい目の前の少女は大袈裟に慌てだした。

 その姿に少し溜飲が下がる。


「ひとまずその言葉を信じることにしようか。それで、あなたの考えはどうだ?」

「じゃあ率直に聞きますけど、なんで身につけるものを候補に入れないんですか?」

「もう二年半は会っていないのだ……そんな危険な選択を進んでするものか」

「堅実ですねぇ」


 本気で感心しているのか小馬鹿にしているのか、ヒカリの声音は判別しがたかった。

 反発ばかりしていても仕方がないので流してやる。


「そもそも彼女は着飾ることが好きではない。装飾品など、喜ばれないだろう」

「逆ですって! “つけなきゃいけない物”が“つけたい物”になるんですよ? アクセサリーをプレゼントするのがいいと思います!」


 やけに力の入ったヒカリに不信感が湧いた。結論ありきの話運びにしか聞こえない。


「……何を企んでいる?」

「えっ! や、やだなあ殿下、そんなこと……」

「声が上擦っているが」

「……社交界慣れしてる人たち怖すぎますよぅ……」


 肩を落としたヒカリはもう隠す気もなさそうだった。


「アビゲイル様へのプレゼントの相談っていう名目でウォルターさんに話し掛けに行ってたんです……そしたら、雑談って感じで“殿下から贈ってほしい物”を聞いてきてくれて……」


 動機は確かに不純だが、これ以上なく有用な情報だ。むしろ初めからそう言ってくれた方が心証も良かった。


「間違いなく正解のものを、何故婉曲に伝えようとしたのだ」

「だ、だって、殿下のこと利用したみたいですし……なにより、なんだか恥ずかしくて……」


 想い人との会話を他人に知られるのは“恥ずかしいこと”なのかもしれない。

 アビゲイルとの会話を誰かに話そうとは、確かに思わないな。


「とにかく、情報提供に感謝する」

「折角聞いてもらったのにお伝えしないわけにもいきませんよ! みんな悲しくなります」


 アビゲイルに話を聞いたウォルターも、ウォルターから欲しい物を伝えられたヒカリも、アビゲイルの望む物を贈れない僕も、欲しい物がもらえないアビゲイルも。この話が僕に伝わらなかったら、確かにみんな不幸になる。


「そうだな……。だが、アクセサリーと一口に言っても多岐にわたるだろう」

「一番使いやすいのは髪飾りですよね? あたし、数回しかドレスアップしてませんけど」

「僕に女性の事情を問われてもな。ヒカリの助言通りに髪飾りを贈るとして、アビゲイルの好みが分からないという問題も……」

「ウォルターさんに頼ろうにも、そこまで踏み込んだら怪しまれちゃいそうですしね」


 流石にここからは自力で考えねばならないようだ。


「物は決まったのだ。あとは僕だけでもなんとかなるだろう」

「最近、花を模した髪飾りが流行りみたいですよ? あっ! 

 花言葉を使って殿下の気持ちを伝えてみたらどうです?」

「花言葉? 初めて聞くが……その名の通り、花それぞれに言葉が振られているのか?」


 異世界人のヒカリしか知らない概念があることにはなんの不思議もない。


「花言葉ないんですか!? ……ちゃんと近世イギリスに沿ってるんだ……」

「今なんと言ったのだ?」

「いえ、なんでも! えっと、殿下のおっしゃる通り、花に意味を持たせているんです。例えば、オリーブは“平和”ユリは“威厳”スズランは“戻ってきた幸福”といった」

「単語だけでなく、短文もあるのだな」


 思っていたよりも奥の深そうな話だった。

 これだけ淀みなく花言葉が出るのだ。ヒカリは余程好きだったのだろう。興に乗ってきたようで、続けて喋り出した。


「そうなんです! 中でもバラは特別視されていて、複数の花言葉を持つばかりか、色の違いや、数の違いでも花言葉が変わるんですよ! 赤いバラは“あなたを愛しています”“愛情”“美貌”白いバラは“私はあなたにふさわしい”“純潔”“清純”黄色いバラは」

「分かった。分かったから一旦口を閉じるのだ」


 話を遮るとヒカリはすぐ我に返ったらしい。

 申し訳なさそうに頭を垂れる。


「すっすみません……つい……」

「アビゲイルは花言葉を知らないだろうが、赤いバラの髪飾りを贈るのは良いかもしれないな。しかし、それでは使用の幅が狭いのではないだろうか」

「例えば青いバラの髪飾りとペアで贈る、とかで良いんじゃないですか? ちなみに青は“夢かなう”“神の祝福”が花言葉だったはずです!」


 隙あらば語ろうとするヒカリに少々呆れた。

 有益な情報だったので何も言うつもりはないが。


「複数贈るのは重たがられるかと避けていたのだが……ふたつくらいなら許容範囲か……?」

「髪飾りですしね。いいと思いまーす!」


 ふざけて挙手をしながら言うヒカリ。

 いつの間にか、馬車は学園に到着していた。



 アビゲイルの誕生日当日、宮殿から使いをやって届けさせた髪飾り。

 後日、ヒカリがウォルターに尋ねたところ「お嬢様は大層喜んでいらしたって、屋敷中の噂です」と教えてくれたそうだ。


 アビゲイルが実際につけている姿を見られるのは、半年以上後のこと――。

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転生先のヒロインが親友だったので悪役令嬢を全うします。 蒼月 櫻 @tree2shellf

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