第3話 妖狐芽衣

「芽衣」


「芽衣」


「芽衣」


呪いのように仲間の声が頭にこびりついている。失った仲間……もう既にこの世に存在しない尊い命の雄叫びが、芽衣の心を痛いくらいに突き刺し、鼓膜を叩いた。


幻聴……と言えばそこまでだろう。だが、過去の仲間の声が、呪いの様に芽衣の脳にこびりついている。


だが、不思議と苦しみはない。


仲間達が自分を恨んでくれているのなら……少しだけ気が楽だから。

「芽衣さん。芽衣さん。聞いてますの?」


「…………」


「芽衣さん!」


「っ! あ、あー、ごめん。それで……なんだっけ?」


運命の焦れたような怒鳴り声で、芽衣はようやく夢から覚めた。人の話を聞いている途中に眠ってしまうとは、我ながら情けないものだ。


「この少女の処置について、ですわ。裕人さんの前ではなんとか濁しましたけれど……この子、妖狐ですわ」


運命の言葉に、芽衣はぴくりと眉を揺らす。


芽衣が怪訝に思うのも無理はない。妖狐とは、ただでさえ希少な狐族の中でも、特段魔力が高い者のことを指す。


狐族の中でも異端と称される……要は化け物である。


その存在は一般人に秘匿されている。何故なら……妖狐はその存在だけで、国が動いても不思議はない危険因子でもあるからだ。


大方おおかた、劣勢思想が闇市で売り出そうとでもしていたのだろう。それを阻止してくれた裕人は中々のお手柄だった。


何より……


「ここから先は……裕人が関わって良い問題ではないね」


妖狐芽衣。亜救隊隊長である彼女は、自分が拾っただけの一般人である裕人に、これ以上踏み込ませるわけにはいかないと判断した。


少女は二十四時間体制の護衛付きで、亜救隊の保護下に置かせてもらうとしよう。が、その考えを察した運命が意を唱えた。


「そうですかしら? 彼は人一倍優しいですから、妖狐の少女もしっかり護衛してくださるのでは?」


秘匿存在なため、裕人に少女が妖狐であることは隠したが、運命としては裕人に少女の世話をして欲しいというのが本音だった。


(これ以上仕事が増えては溜まりませんわ)


このままだと、空間移動能力を持っている運命に白羽の矢が立ってしまう。誰が妖狐の護衛などやるものか。


悪いが裕人に押し付けることにしよう。


「まぁ確かに……妖狐の力は強大。もしかしたら亜救隊私たちの中にも利用しようとする人が現れるかもしれない。

でも心配ないよ。護衛は運命に……」


「私急用を思い出しまして」


「こら」


運命が空間剣サモナーサーベルを召喚して逃走しようとした瞬間、芽衣が接近して空間剣サモナーサーベルを取り上げ、運命の頭をこてんと叩く。


それらに気がついたのは、運命が頭を叩かれた後だった。


(これでも……危機察知能力は長けているつもりですが)


全てが終わるまで全く気が付かなかった。運命はほうっとため息を吐く。


「流石は、妖狐ですわねぇ……」


運命の愚痴を無視し、芽衣は運命を見据える。


「運命。確かに裕人は優秀だよ。特に精神面が。人を救うという活動において、最も重要なのは力ではなく信頼だ。

その点に関して言えば、裕人はこれ以上ない人材なんだ。ただ……」


芽衣は小さく目を伏せた。


「水晶のように美しい思想は、脆く、儚い。君の言う通り裕人を亜救隊として活動させ続ければ……裕人の水晶は確実に割れる」


やけに現実感が籠った言い方に運命はほうっとため息を吐いた。


「貴方のように、ですの?」


無言で首を縦に振る。運命はやれやれとまたため息を吐き芽衣から空間剣サモナーサーベルを取った。


誰かを救う。


そんなことを繰り返していては、いつか必ず地獄を見る。その言葉に現実感がこもっているのは、彼女がその経験者であるからだろう。


そして、そんな事が過去にありながらも、未だ懲りずに人を救っているのは芽衣くらいだろう。


「なら彼の水晶を硬くすれば良いのでしょう? お任せくださいまし。私、人を鍛えるのは得意ですの。特製スパルタメニューで彼を逞しく仕上げた見せましてよ」


瞬間、運命は空間剣サモナーサーベルの権能でその場から消えた。


「勝手だなぁ……あの子は」


もうそこにはいなくなってしまった少女の愚痴を、芽衣は呟くのだった。


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半異世界のような不思議な世界の物語! 疾風神威 @shippuu

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