第2話 必霧運命
「この世には…どうしようもない理不尽があることを信じまして?」
左腕が切断され、右耳は切り落とされている。明らかな重傷を負った俺を治療するでもなく、目の前の少女は問うた。
切り揃えられたものの、瞳を半分隠してしまっている前髪。均等に括られたツインテールの白髪が特徴の少女だった。
「…………は?」
勿論の事。俺はそんなことを聞かれてすんなりと答えられるような哲学者でも詩人でもない。
「い、いえ…そんな真面目に考えられても困るのですけれど……」
少女は困ったように口を紡ぐ。
「いや……わかんないよ」
「私…そんなあまっちょろい答え方をする人は大嫌いなのですけれど」
「別に大嫌いって言われて傷つくほどの関係じゃねえだろ」
だって名前すら知らないんだから。妹を襲った人間を無事倒し……傷ついた俺たちの元に現れたのがこの少女。
安全な場所と言ってどこかの一軒家に連れてこられて来たと思えばこの質問だ。
「理不尽ね……どうしようもない、なんてことはないんじゃないか?」
「何を根拠に言いますの」
「いやさ……どうしようもないなんてこと、有り得ないだろ。世界には現象があって、現象には説明がつく理由がある」
「それは……理不尽な状況に照らし合わせたとしても同じだと言いたいのですか?」
「うん。できないことなんてない。しようと思えば…諦めないでいられる。諦めなかったら……何万通り、いや何億通りとある方法の内、成功の道を見つけ出すことだってできるんじゃないかな?」
「甘っちょろい、精神論ですわね」
少女は失笑し、俺の左腕…の断面に手をかざした。
瞬間、その場に転がっていた左腕が一人でに動き、接合する。なんとも奇妙な絵面だった。
同じように耳も治療してくれた。魔法って、今更ながら凄いよな。
俺は左腕や耳の感触を確かめながら呟いた。
「でもさ…お前の言うどうしようもない理不尽って…ホントにどうしようもないって思っちゃうくらいに最悪の状態なんだろ?」
「……そう、ですわね」
答える少女の表情は、過去を悔いるように見えた。
「なら、理屈が通った論理的な考えじゃ突破できねえじゃねえか」
本当にどうしようもない状況を覆すことなど不可能だ。と続ける。
当たり前だ。だってどうしようもないんだから。
亜人が人と肩を並べるくらい、不可能で不合理。
「そんな状況を覆せる不思議な力を持ってるのは…結局精神論だけなんじゃないかな」
「…………」
長い、長い沈黙。やがて少女は微笑した。
「悪くない話を聞かせてもらいましたわ。どうもありがとうございます。貴方、お名前は?」
「
「裕人さん…よろしくお願いします。私は…」
少女は窓から覗ける月明かりに照らされた街並みを見つめた。
「
顔は見えない。否、彼女が顔を合わせている窓ガラスに…彼女の表情が映し出されていた。
悲哀に歪む、悲痛な決意の表情。すぐに少女は振り向いた。が、俺に向けている顔は既に、微笑に戻っていた。
「クソッタレな呪いの名を冠する哀れな女です」
それが本心の笑みなのかは、問うことができなかったのだけれど。
「裕人さん、裕人さん。きな臭いですわ…」
「何が?」
黒い覆面パトカー。それだけを手がかりに、俺はこの街…
そんな中、並走ならぬ並跳をする運命が難しそうな顔をしながら呟いた。
「ただのゴロツキにしては手が込み過ぎていますわ……劣性思想は普通、理不尽に亜人を襲う困った連中というイメージなのですけれど」
「劣性思想について……何か知らないのか? っても、知らない方が良いんだっけ?」
「その通りですわ」
運命は何を思ったのか、指をまたもパチッと鳴らす。空間を捻じ曲げる仕草だ。
予想通り、運命の右手の上の空間がぐにゃりと歪み、やがて刀身が長い軍刀をその場に出して見せた。
運命が使う武器……【
「面倒臭いから裕人さんに押し付けるつもりでしたけど…これは私がやった方がが良いかもしれませんわね」
「何言ってんだ。俺はやるぞ」
「…………」
それなりに長い付き合いのためか、言っても無駄であることを察したらしい。諦めたように深くため息を吐いた
「本当にまずい情報が漏れそうになったら意識を摘ませて頂きますわよ?」
「怖すぎだろ」
冗談のようなそうでないような会話をしつつ、俺たちは目的の乗っ取られた覆面パトカーを発見した。
「当たり前ですけど、追いつきそうにありませんわね」
魔力を使えば別なのだろうけど、戦闘前に悪戯に消費したくはない。だとすれば先回りか?
「面倒です。魔法を使いますわよ」
「まじで言ってんの?」
「おおまじですわ。移動程度で消耗するほどか弱い少女ではありませんもの」
運命が言って
「
一閃。力を込めた剣筋が、文字通り空間を斬った。
そして、斬られたものは必然、この世から無くなる。
条理を捻じ曲げる常識破りの刀、
瞬間、俺と運命は覆面パトカーのボンネットの上にいた。狼狽する中の男たちが見える。
原理は簡単だ。斬られた空間を埋めるように空間が詰められる。その結果、俺と運命はあたかも瞬間移動したような状況になったのだ。
「さて裕人さん。私、野蛮なのは嫌いですの。道は切り開きますのでその先はお願いできますこと?」
「何が嫌いだって? どの口が言ってんだか!」
俺は
その間にも車は動き続け、車道を外れて歩道へと侵入した。幸い人がいない場所だ。こいつらがそういう類の場所に逃げて来たのだから。存分に利用させてもらうとしよう。
「化け物が!」
中にいる劣性思想の男二人が慌てて逃げ出そうとする。
「逃しませんわよ」
運命の凍りの眼差しが一瞬、男たちを怯ませる。
そして、数々の死闘をくぐり抜けて来た(らしい)運命にとって、そんな隙は数時間に等しい余裕だった。
「
瞬間、男たちの動きがぴたりと止まった。疑問の声すら上げることもできず、冷や汗すらも流さない思考のみが存在する停止の空間。
三太刀とは別種の
「炎一斬。炎舞斬り!」
その隙に男たちをぶった斬る。勿論峰打ちだが。
パタリと倒れ気絶した男たちは運命が担いだ。それを確認して、車の中にいるであろう拐われた亜人の子を探す。
「おーい。もう安心だぞ?」
返事、なし。
「うふふ。嫌われてますのね」
「うるせ…」
普通考えればそうだ。突然やって来て刀をぶんぶん振る得体の知れない人物など、俺がその立場であっても信用しない。
さて、どうしたものか。
「面倒ですわね。理二太刀(ことわりふたたち)。空間消去」
運命の持つ空間剣(サモナーサーベル)の剣先が車に触れると、次の瞬間車の姿は跡形も無くなっていた。代わりに、その場には金髪の亜人の女の子が眠っていた。
「あら、良かったではありませんの。眠っていただけですわね」
「ったく…ほら、大丈夫か?」
語りかけるも、よほど疲れてるのか起きる気配もない。
「…………裕人さん。この方…」
「ん?」
運命に言われて眠る女の子を凝視するも、別に知ってる顔ではない。
「いえ、そうではなく。彼女、狐ですわね」
「狐?」
当たり前だが、亜人にも種類がある。犬、猫、獅子、虎、etc....
その中の一つに、狐がある。狐の亜人は、魔力が他の種より強く、膨大。それ故に、狐の亜人を狩れば魔力が手に入るだなんて風潮も流れてもいる。
何を隠そう、俺も狐の亜人だ。この女の子と同じ。
「まさか……彼らは狐を?」
「別に不思議じゃなくないか? 腹立つけどさ」
「いえ、裕人さん…気づいてないかもしれませんが、この方たちはかなりの手練れでしてよ」
運命が見遣ったのは、先ほど秒で鎮圧してみせた男たちだった。そうだったのか、知らんかったわ。
「彼らほど魔力も高ければ、わざわざ狐を狙うことなど有り得ないでしょうに。もしかしたら…この子、何か特別なのかもしれませんわね」
特別、か。特に魔力が高いとか? そんなのは流石に単純すぎるか。
「ん……とにかく亜救隊が保護するのか?」
「勿論ですわ。狐の亜人なんて、数が希少ですし…このまま返してあげてもまた劣性思想共に狙われるのがオチですわ。狐の亜人で普通に暮らせている方なんて……裕人さんくらいでしてよ」
言って運命は俺から
「裕人さん、これから本部に向かいますので、貴方は高校に」
「おう。その子、頼んだぞ」
「承りましたわ。
その言葉と同時、狐の少女を背負った運命はその場から消えていた。おそらく亜救隊の本部に戻ったのだろう。
さて、一仕事終わったことだし、俺はとっとと高校に向かうとしよう。入学式で遅刻は勘弁願いたいね。
色々と気になるところはあるけど、真相がわかるまでは運命に任せるとしよう。
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