未来予報はずっと雨

高黄森哉

私は二人


 今は高校の冬、もうすぐ新たな門出、卒業を控えていた。

 帰り道は雨で、昨日も見た気がする光景は、切れ切れで脳に伝わってくる。まるで平坦な道を、なんの出来事もなくただ消化する。回す傘の庇に、科学の時間に見た、走馬燈を思い出した。水滴がたらたらと、透ける青の布を伝って、端っこにて落っこちる。

 私は木枯らしに背中を押されて、家に帰る。扉を開けると温かさで、直ぐに指が赤くなり、中で赤血球が弾けるような感覚を覚えた。『お帰り』と帰宅を告げ、炬燵に入る。

 炬燵には先客がいた。それは、だった。私の細く固い、色白のふくらはぎが足の裏に当たる。眠そうな顔で出てきた彼女は私の片方だ。私は炬燵に突っ伏して、私の高校の話を求めた。


「どうして学校に行かなかったんだろうなって。後悔してる。途中で通えるはずもないじゃない。出来上がった学校のコミュニティにどう入っていけというわけ?」

「それもこれも夢のため。小学生の時、取り決めで決めたでしょ。そういえば、漫画はどうなったの?」

「全然駄目。やっぱり、才能がないのかなって。あれは一過性の流行りだったんだよ。もう情熱がない」

「そういわず、書かないと。引きこもりだよ、引きこもり」

「そうだけど、引きこもりだけど」


 そういうと、彼女は顔を上げた。自分の顔を客観的に見るなんて、なんて不思議だ。そして彼女の顔は、不思議と全く自分の顔には見えなかった。それはバイアスのためだろうか。


「ねえ、私達同じなのに、なんで私だけみじめなのかな」

「みじめって、そんな。夢を追えていいじゃない。私は諦めたから、だからそう簡単に諦めず、書きなよ」

「なんで私だけ。いいな、学校」


 私の中で何かが解けた気がした。だから、こんなひどいことを叩きつけてしまう。それは静かな仕返しだった。


「それもこれも、あなたが怠惰だからよ。私は私の役割を果たしたというのに」

「イジメに耐えるのがそんなに高尚なことかしら」


 喉の奥にリンゴがつかえたような居心地の悪さをその三文字に覚えた。そうだ、私はいじめられてたのだ。でも、それに立ち向かったから今がある。努力した、ご褒美なのだ。私に全ての処理を任せたのだから、因果応報だ。


「私は、頑張ったから」

「だから、で。あの取り決めはジャンケンで決めたの覚えてる? 」

「だからなによ」

「うんなんだよ。私はあなたより怠惰じゃない。あなたより、少し運がないだけ」

「違うわ。自分を貫けないあなたが、学校に通い続けられるわけないもの」

「違ぅわ」


 私の上擦った調子を茶化すようにまねて、さらに、こう続ける。


「それに、ジャンケンをしたときは、私はまだ私だった。環境による多大なる影響を受けてなかったの」


 そうだ、私はあの時、寸分違わぬ私でしかなかった。だから、目の前の彼女は私の成れの果てなのだ。ジャンケンに負けた直後の彼女を学校に通わせても、私がしたようにうまくやるだろう。逆もまた然りだ。私は私なのだから。


「私は、私は、」

「そう、少しでも環境が違ってたら、あなたは私じゃない。なんでもかんでも、自分の能だと思う癖止めた方がいいわよ」


 また、私は突っ伏してしまう。まったく違ってしまった私は私ではなくなっていた。


 私は考えた。私がもしもあの時、ああなっていたら。ヒヤリハットの人生を振り返って、運が与えた影響を考える。まるでカオス。筋書きのない人生のレール。少しの初期値の違いが、重大な結果を生み続ける道。絶え間ない選択。

 私はまた顔を上げ、でこっぱちの上の乱れた髪を左へ流す。私も彼女の真似をしてみる。


「私、勘違いしてたみたい」

「そう、分かってくれたならもういいわ。私を、苛ませ続けるのは終わりね」


 すると、私が消えた。その時、私は、髪をかき上げたまま、だった。

 漫画家になりたくてもなれなかった平凡すぎる自分は、予測される未来に嫌気がさしていた。この人生は運のせいだと信じたくて仕方がなかった。それが幻覚を見せていたのかもしれない。彼女は幻覚だったのだ。

 しかし、彼女の話で分かったことは、未来に予測なんて建てられないということだ。私が考えた真っ直ぐな予想なんて混沌の中でもみくちゃになって消えるだろう。それで初期案と、まったく違ってしまうのだ、そして着地点も。それはちょうど私と私のように。

 それは何時か。もしかしたら、もう始まってるのかもしれない。窓から見える雨を眺めながら、私は小さく呟いた。


「明日、転機になぁれ」


 ずっとこのままなんてあり得ない。全ては、運しだい。

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未来予報はずっと雨 高黄森哉 @kamikawa2001

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