ブラック企業勤務の俺は異世界転生した~ネコ好きの女魔王を暗殺するため【変身】スキルで迷いネコになったが、ナデナデされるのが気持ちよすぎて動けない~

青空あかな

第1話:あっけない人生

とある世界で……。


『なに勝手に……私の……!』


『だって……ないと……思ったのよ!』


『……い……ったでしょ!』


『そんなの……い!』


『……もう許さないんだから!』





*****


「おい、猫山! 何やってんだ! さっさと仕上げろ!」


今日もハゲ上司の怒鳴り声が、鳴り響いている。悲しいことに、これは日常の光景だった。


「はい、すみません……」


「何回同じことを言わせるんだ! 謝ってるヒマがあったら仕事しろよ! お前のせいで、みんなが迷惑しているんだぞ!」


怒鳴っている本人はどうなのか、俺はずっと疑問に感じている。だが、そんなことを聞けるわけもなかった。


「はい……」


「お前は本当に使えないな! クズ! ノロマ! 無能! お前なんか粗大ゴミだ! まだネコの方が仕事できるぞ!」


まだネコの方が仕事できる……今まで何千回と、言われてきた言葉だ。だが、聞きなれてしまったので、もはや何も感じなかった。


「はい……すみません……」


「どうしてそんなに、ノロノロしているんだ! 俺が若い頃はもっと……」






俺は猫山カワル。今年で35歳になる。見ての通り、ブラック企業勤務のリーマンだ。いつものように、俺は暗い気持ちで考える。


(俺の人生って、このまま終わっちゃうのかな……)


不景気の中、高卒で何とか就職できたまではよかった。しかし、入った会社が良くなかった。パワハラの毎日、安月給に名ばかりの福利厚生、取れない有給、サービス残業の嵐、めちゃくちゃな上司、なんでもござれだ。


おまけに、年功序列で長くいただけのハゲ予備軍君が、俺の上司だった。無能なくせに態度だけ偉そうな、半人前のハゲかかっているオジサンに、毎日怒鳴られている。それが俺の人生だった。


(どうして、こうなっちゃったんだろ……)


しょぼい会社に、仕事のできない上司たち。俺が生きる世界は、最悪だった。


「おい、猫山! これやっとけ!」


ドン! と俺の机に、書類の山が置かれる。


「え? いや、これは俺の仕事では……」


全て、ハゲ予備軍君が担当だった。


「俺はお前に成長してほしいから、俺の仕事を分けてるんだよ! どうして、そんなこともわからないんだ!」


この意味不明な論理もまた、悲しいことに日常だった。抵抗する方が疲れるので、そのまま受け取る。


「はい……」


「じゃあ、俺は帰るぞ! お前はちゃんと仕事終わってから帰れよ! 勝手に帰ったら、その分の給料を引くからな!」


「はい……」


ハゲ予備軍君は、必ず定時で帰る。そして、いつもしばらく会社の前で待機していた。俺が帰らないか、見張るためだ。


(バカだよなぁ)


言われた通り、俺は仕事してから会社を出る。もうすっかり夜は遅い。トボトボと、帰路についた。目的地は、格安のオンボロアパートだ。


(はあ……疲れた……)


俺はもはや、心身ともにボロボロだった。手取りだって、12万円くらいだ。とてもじゃないが、裕福な暮らしとは言えない。


「晩御飯、何にしようか~?」


「ハンバーグ!」


「よっし! 今日はお父さんも手伝うぞ!」


歩いていると、家族連れとすれ違った。キレイな奥さんに、かわいい娘。そして夫は、見るからにエリートのイケメンだった。そこだけキラキラしている。俺の現実と違いすぎて、涙が出そうになった。


(なんでこんなに……人生が違うんだ)


もちろん、俺は女と付き合ったこともない。中学、高校は男子校だったし、就職してからは仕事100%の人生だった。俺は頑張って、泣くのを我慢する。


(耐えろカワル、みっともないじゃないか……)


本屋の前を通りかかったとき、カラフルな本が並んでいた。表紙には、アニメっぽいイラストが描かれている。かわいい女の子がいっぱいで、見ているだけで心が明るくなった。


(そういや、最近は本も読んでない)


その事実に気づき、俺は少し悲しくなる。俺の生命力は会社に吸い取られているので、何かする気力などなかった。せっかくなので、少し見てから帰ることにする。俺は中に入って、適当に眺めた。


(たしか、こういうのをラノベとか言うんだよな)


どの本にも、剣とか魔法の絵が描かれている。その中で、一冊の本が目に入った。


〔ブラック企業勤務の俺は異世界転生した~ネ……〕


(異世界転生かぁ)


なんという魅力的なフレーズだろう。俺は少しの間、妄想する。今より若返って、素晴らしい仲間と一緒に異世界を冒険する。会社も上司もいない、最高の世界がそこにある。人生をやり直すには、最高のシチュエーションだ。


(帰ったら少し読んでみるか)


俺はその本を買った。ボンヤリしながら信号を渡る。


(少しでも気が紛れるといいな)


そのとき、ドン! と音が鳴った。その直後、俺は道路に横たわっていた。


(……え?)


瞬間移動したのかと思った。しかし、痛くもなんともないのに、なぜか身体が動かない。不思議だ。


「きゃああああ! 事故よ!」


「早く救急車を!」


「大丈夫か、あんた!」


通行人の叫び声が聞こえる。俺の周りに、人が集まってきた。道路に赤い液体が流れている。たぶん、俺の血だ。そのとき、俺は何が起こったのかわかった。


(ああ、そうか。俺は死ぬのか……)


冴えない人生だったという寂しい気持ちと、もう明日から会社に行かなくていいんだという、安心した気持ちが半分半分だった。


(あっけない人生だったな……)


そして、俺は眠りについた。










「ぐっ……うっ……ここは……?」


目が覚めたとき、俺は白っぽい空間にいた。死んだと思ったが、俺は生きているらしい。


(いや、確かに死んだよな?)


車にはねられた感触を覚えている。俺は何がどうなっているのかわからなかった。


『お待ちしていましたよ、カワルさん』


(え?)


後ろから、女の声が聞こえた。振り返ると、そこには美しい女がいた。

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