第2話:優しい女神様と【変身】スキル

「あ、あんたは……誰だ? というか、ここは?」


目の前の女は、見るからに日本人じゃない。しかも、なんか神々しい感じがした。


『私は女神のイナビスです』


「は? 女神?」


そういえば、天使とか女神系の格好をしている。


『あなたは異世界転生したのです』


「異世界……転生……?」


(この女は、何を言っているのだ?)


『思い出してください。あなたは死ぬ前に、一冊の本を持っていたはずです』


そう言われて、俺はあの本を思い出した。


〔ブラック企業勤務の俺は異世界転生した~ネ……〕


やたらと、タイトルが長かった。後半はよく見ていなかったが、確かに異世界転生と書いてあった。


「そういえば、そんなことも」


『カワルさん、現世では大変でしたね。お疲れ様でした』


イナビスと名乗った女は俺の肩に手を置き、とても優しい声で言ってくれた。お疲れ様でした、なんて何十年ぶりに言われたのだろう。


「あっ……」


いつも罵倒されていた俺は、なんて返事をすればいいのかわからなかった。


『あなたはクズでもノロマでも無能でも、ましてやゴミでもありません』


「うっ……」


『もう、頑張らなくていいんですよ』


その目を見ているだけで、心が洗い清められていく感じだ。未だかつて、女性に優しくしてもらったことなど、ただの一度もない。俺は自然と涙が出てきた。


「うっ……ぐずっ……ずみまぜん」


この仕打ちは、満身創痍の俺の心に効きすぎる。後から後から、涙が溢れてきた。


『実は……お呼びしたばかりで申し訳ないのですが……カワルさんを見込んで、相談があるのです……』


「はい! なんでしょうか!? 何でも言ってください!」


俺はイナビスのためなら、何でもするつもりだった。


『この世界には、極悪非道残忍冷酷最恐最悪食気の女魔王がいるのです』


「極悪非道残忍冷酷……」


さすがは、異世界の魔王。聞いただけで、恐ろしい名前だ。しかし、変な熟語が混ざっていた気がした。


「なんか最後の方……」


『彼女は私たち善の存在を、攻撃しているのです。この傷を見てください』


俺の言うことを無視すると、イナビスは腕をまくった。透き通るような白い肌に、あざができている。


「ど、どうしたんですか!?」


俺はイナビスの身が心配になった。こんな優しくてキレイな人(女神)を傷物にするとは、万死に値する。


『うっうっ、彼女は自分勝手なんです。この世の物は、全て自分の物だと思っているのです。昔は良い子だったのに……』


イナビスは、ヨヨヨと泣いている。それを見て、俺は怒りが湧き上がった。


「なんてひどいヤツだ!」


『妹のくせに』


「え、妹?」


『じゃなくて! 私の妹になりすまして、悪さをしているのです!』


「なるほど、なりすましですか。許せねえ」


現世でも、卑劣極まりない存在だ。他人のフリをして、本人に迷惑をかける。俺はまだ見ぬ女魔王とやらに、強い憎しみを感じた。


『カワルさん、どうかお願いします。女魔王を倒してください』


イナビスは俺の両手を、ギュッと握ってきた。考えるまでもない。俺の答えはただ一つだ。


「もちろん、俺が倒してやりますよ!」


『ありがとうございます、カワルさん!』


イナビスはとても嬉しそうに笑っている。そこで俺は、当たり前のことを思った。


「でも、どうやって倒せばいいのでしょう?」


『ご心配いりません。私はスキルを与えることができるのです。あなたに、【変身】スキルを授けます』


「【変身】スキル?」


強いドラゴンなんかに変身するのだろうか。


(でも、モンスターより魔王の方が強いんじゃないのか?)


俺が不思議な顔をしていると、イナビスはひそひそ声で話してきた。


『女魔王はネコ好きなのです。迷いネコに変身して、忍びよってください。相手がネコなら、さすがの女魔王も油断するでしょう。隙をみて、暗殺するのです』


「そういうことですか」


キレイな顔をして、怖いことを思いつく。しかし、女神様が暗殺とか言っていいのだろうか。


(いや、きっとそれ以上に恐ろしい目にあっているに違いない!)


『それでは、【変身】スキルの使い方を説明しますね。まず、使うときは裸になってください』


「は、はだか!?」


『服を着ていると、発動できないのです』


「そ、そうですか」


スキルが使えないのなら、仕方がない。


『ネコになるときは、“ネコになれ!” と思ってください。人間に戻るときは、“人間になれ!” です』


「は、はあ……」


『あとネコになっているときは、何を喋ってもネコ語になります』


「ネコ語……」


『にゃ~ん、とかです』


「あぁ~」


『他はありません』


もう注意点は終わってしまった。俺は変な感じがする。


(やけにあっさりしている気がするが、異世界転生ってこんな感じなのか?)


無論、異世界転生など初めての経験なので、俺はよくわからなかった。


「え、え~っと、女魔王って、どんな見た目なんですか? あとは、名前とか」


それでも、情報は集めておいた方が良い。


『名はフルシアと言います。私にそっくりの顔なので、すぐにわかると思いますよ』


「え? そっくりな顔? どうしてですか?」


『ふた……ウウン! 私の妹になりすましているからです』


「あぁ~」


そうだった、女魔王はなりすましのクソ野郎だった。


『ではさっそく、私の転送魔法で魔王城までお送りしますね』


いきなり、イナビスは魔法陣みたいな絵を描き始めた。


(あれ……冒険はしないのか? 異世界転生って、ファンタジーっぽい感じだよな?)


あの本屋には、似たような本がいくつかあった。どれも中世ヨーロッパのような背景で、いかにも冒険が始まりそうだった。そしてチラ見しかしていないが、あの本の表紙には女の子がたくさんいたはずだ。ハーレムになりそうで、俺は少し期待していた。


『魔王城近くの森に転送しますから、そこでネコに変身してください。森の近くには、お城は一つしかないので、すぐにわかると思います』


「あ、あの、ちょっと」


『なんですか?』


「もう魔王城に行っちゃうんですか? レベル上げとかは……?」


『そんなことは、気にしちゃいけません』


その直後、俺は光に包まれた。

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